「代数に惹かれた数学者たち」


代数に惹かれた数学者たち

代数に惹かれた数学者たち


著者ジョン・ダービーシャーは数学科出身のシステムアナリストサイエンスライターリーマン予想を取り扱った前作「素数に憑かれた人たち」は大変面白かった.リーマン予想がそもそも何か,この予想のどこがそれほど重大なのかを丁寧に丁寧に解説してくれていて,これまでわからなかった数学の美しさにふれることができる経験をさせてくれた本だった.そういうわけで,代数を扱った本書は本屋で見かけて速攻で購入していたものだ.


さて本書のスコープは「代数」.全体を通してメソポタミアから20世紀までの代数の歴史をたどる旅の構成になっている.これを読んでいくと解析や幾何と異なる「代数」という数学のカテゴリーがどういうもので,どう発展してきたか,そして他の分野との関連が浮かび上がるという仕掛けになっている.


最初の重要人物はディオファントス.その表記法の解説や問題意識が大変興味深い.そして次々と数学者列伝を繰り広げながら,2次方程式の解き方,根と係数の関係,そして3次方程式の解法を巡る16世紀の確執などが語られ,4次方程式の解法へと進んでいく.多項式と方程式を解くということを通じて数の拡張が行われていることも浮かび上がってくる.


そして次の目標は5次方程式になる.この問題は17世紀18世紀を通じて解決されなかった.当然読者としてはガロアと群の解説を期待するところだ.ダービーシャーは期待に応えてゆっくりじっくり解説を積み上げる.1の累乗根,一般解の対称性,ルッフィーニとアーベルによる一般解がないことの証明.ベクトル空間,体,環,群,そして線形代数へ.さらにガロアが登場し,群の構造に関する初歩の解説まで漕ぎつける.ここまでのダービーシャーの扱いは一般読者向けとして見事だし大変わくわくして読むことができる.


しかし,ダービーシャーは詳しい解説はここのあたりまでと見切って本書を書いているようだ.このあとの20世紀代数の進歩については数学的にはあまり深く丁寧には解説せずに,あっさり流して,むしろ歴史物語として語っている.この手の本ではどこかでこの見切りをつけなければ読者はついて行けなくなるのでやむを得ないところだろう.しかし5次方程式の係数と群論の関係はもう少し丁寧に解説して欲しかったところだ.ここまで方程式で引っ張ってきてそれが対称性に焦点が移り変わっていく結節点でもあり(当然それは相当難しいので流されているのだが)理解できなくてもチャレンジして読みたかったという気持ちが(少なくとも私には)残ってしまった.(もちろん別のガロア解説書を読めばいいといえばそれまでなのだが)


ともあれその後の代数の歴史も興味深い.代数幾何トポロジーと代数,リーマン,ポアンカレヒルベルト,グロタンディークそして普遍代数へという流れだ.歴史の締めくくりとしてダービーシャーは代数はどんどん実用を離れて抽象化してきたのだが,思いがけず20世紀以降物理学に応用が見つかったことにふれている.そして最後に数学はすべて統一されるという見方もあるが,固有の思考様式を通してそれでもなお「代数」は進み続けるだろうと予想して本書を終えている.


叙述対象,年代が広いのでどうしても焦点は拡散し,前作ほどの読後高揚感は得られない.しかしそこそこ難しいところまで順序だった丁寧な解説が得られ「代数」の本質に触れられるという観点からいって本書は十分高水準の出来だと思う.多項式と方程式から始まって,それが対称性に深く結びつき,さらに行列と線形代数に拡張し,そして幾何とトポロジーとの関連に昇華する歴史は,その数学者列伝のさばきも良さもあり,読んでいてなかなか楽しかった.


関連書籍


前作


素数に憑かれた人たち ~リーマン予想への挑戦~

素数に憑かれた人たち ~リーマン予想への挑戦~