HBES 2008 KYOTO 参加日誌 その3


進化心理学の総本山,HBES 2008 KYOTO.3日目も天気はよい.梅雨入りしたばかりだが何よりだ.


第3日 6月7日


朝のプレナリーミーティングはニコラス・ハンフリーによる「意識の必要性」
これは「赤を見る」の内容を骨格にしたものだった.(「赤を見る」自体講演が元になっているので,そのプレゼンの進化形なのかもしれない)ヒトのクオリア的な感覚が進化的な考え方の中でどのように説明されるのかが主題.本に比べて違いがあるのは,実現不可能に見える物体を説明の中にうまく取り込んでいるところと,最後のクオリア感覚の適応価と主張する「生きていることのすばらしさを感じることができる」という点の強調の仕方だった.いろいろなスライド,いろいろなはっとする瞬間を次々に見せて語りかける.美しいものを感じることができることを非常にうまく表現していたのが印象的.
「赤を見る」についてはhttp://d.hatena.ne.jp/shorebird/20070111 を参照.



赤を見る―感覚の進化と意識の存在理由

赤を見る―感覚の進化と意識の存在理由




朝のセッションは文化系統学,嵐山のサル,血縁と親の投資の進化ダイナミクス,富のトレードオフの適応.
トゥービイ,コスミデスの弟子達が統一テーマについて議論し,トゥービイ自身も登場する富のトレードオフの適応セッションに参加した.


最初は大御所ジョン・トゥービイ直々の登場で,「統合されたアロケーションの意思決定への適応としての富のトレードオフシステム」
ヒトは自分と相手との間で富のトレードオフの問題(限られたリソースとどう分配するか)を決定しなければならない.しかし,血縁関係,社会的な地位,互恵的交換などいろいろなモジュールが独自に配分を決定すればシステム相互間で矛盾してしまうはずだ.だからこれを統合するメカニズムがあるはずだ.そのメカニズムは統合された「富のトレードオフ比率;WTR」(自分の利益=WTR*相手の利益となる比率)があって,それが各種の刺激によって調整されているという形を考えている.そして「感謝」「怒り」などの感情はその調整メカニズムとして理解できるという統一テーマを概説した内容.



2番目はAndrew Delton による「富のトレードオフを解決する進化した内部調節変数」
血縁,配偶,互恵,地位など数々のリソース配分について考慮すべき事柄を統合して判断するために,WTRという変数があるだろう.それはある相手について1変数,そして相手ごとに異なる変数があるだろうという仮説を考察する.
自分は全部でいくらもらえば友人,知り合いなどの相手に46ドル渡すかを配分シートを見せて選択してもらって計測する.すると結果は大体0-1の範囲に集まる.極端なケースではマイナス0.45(自分がコストを払っても相手に利益が渡るのを阻止する)とか1.55などの数字が出るそうだ.
この数字は強く一貫しているとは言えないが,友人の順序をばらばらにしてやってみても一定の再現率がある.(アメリカで80パーセント,アルゼンチンで60パーセント)また友人>知り合いという結果ははっきり出る.実際に配分させてみると数字が少し下がる(友人0.55→0.4,知り合い0.4→0.35)が傾向は一貫している.
カニズムがあるだろうというところは納得,マイナスが計測されたり,最後のところの実際の配分の下がり具合が面白い,もっとも自分が嘘つきでないと解釈されないために高めに出ていることはあり得るのでは.


3番目はJlian Lim による「感情と富のトレードオフ比率の調整」
「感謝」は相手の自分に対する高いWTRに対する反応と考えることができる.そしてそれは自分の相手に対するWTRを高めに再調整する.逆に相手の自分に対する高いWTRが低いことが観測された反応が「怒り」であり,相手へのWTRを引き下げると解釈できる.
この相手の自分に対するWTRの計測は,実際のやりとり,表情,口調,さらに意図的であったかの判断によってなされると考えられる.
ターゲットが特定されていて意図的であればよりその調整がなされるだろうという仮説を考察する.
実験として,自分が冷蔵庫が壊れて困っているときに,ある人の部屋の外に冷蔵庫が出されていて1「何らメッセージ無し」2「誰でも持っていっていいよというメッセージ」3「被験者の名前と,もしよかったらもっていってというメッセージ」4「さらに困っていると聞いたよというメッセージが加わる」という4条件を想定してもらい,Deltonが説明した手法でWTRを計測する.
結果は12と34の間に有意差があるというもので,相手の特定と意図が重要だと結論づけていた.


4番目はDaniel Sznycer による「ヒトは他人の富のトレードオフ比率を正確に見積もる」
ではいったい相手のWTRの見積もりはどのぐらい正確なのだろう.
1.自分の相手へのWTR,2.相手のWTRの見積もり,3.相手から自分のWTR,4.相手が見積もった自分から相手へのWTR,の4つを,計測,アンケート調査する.すると,2と3,1と4は有意に相関していた.また複数の組み合わせでこれを行うと,それぞれ異なる数字を見積もっている.このことから見積もりはある程度正確だと結論していた.
また感情を読むことの失敗はWTR見積もりの失敗と相関していることも示しており,感情とWTRに深い関係があることを示唆していた.



午後は優秀発表コンペのファイナル.
まずNew Invesigator 部門


最初はHanne Lee による「遺伝的多様性は,男性,女性の顔の魅力を予測する」
男性の顔の魅力と女性の顔の魅力には遺伝的多様性が効いていて,さらにその両者には本質的な違いがありそうだという興味深い内容.
まずいろいろな顔写真を見せて,その魅力をアンケートする.さらに,シンメトリー,平均度,男らしさ/女らしさを測定する.また顔写真の対象者のMHCマーカー,nonMHCマーカーの多様度を測定する.
その結果男性の顔の魅力はMHCマーカーの多様度と,女性の顔の魅力はnonMHCマーカーの多様度と相関していることが発見された.(この発見のところでワオというフリップが入って初々しさを出していたのが印象的)
さらに多変量解析によるとMHCマーカーの多様度→平均度→男性顔の魅力,nonMHCマーカーの多様度→シンメトリー→女性顔の魅力という語りでつながっていることが示唆されているというもの.
解釈はこれからだがとても興味深い知見だ.


2番目はIan Rickard による「産業革命前のフィンランドでは息子を生むと繁殖価が下がる」
トリヴァース=ウィラード仮説などでは息子と娘に対する投資量が問題にされているが,ヒトにおいては両者はあまり違わないと仮定されていることが多い.しかし実際にヒトにおいて息子と娘でどのぐらいコストが違うのだろうかという問題意識.
1730-1900のフィンランドのデータで調べてみる.
第一子が息子だった場合と娘だった場合を比較してみると,第2子以降の子の生存率に差はないが,子の数には差がある.第一子が息子だったときの方が生涯の子の数が少ないのだ.さらによく調べると,この効果は第二子以降の性によらない,第2子以降の性の順番にもよらない,さらに第一子が幼児死亡していてもこの効果が残るということがわかった.また土地をもっているかどうかでこの効果が変わることはなかった.
発表者は息子を生むことに何らかの高いコストがあるという可能性があると結んでいた.
会場からのいくつか質問が出ていたが,幼少時死亡していてもこの効果が残るというのは非常に興味深い.もし本当にそんなにコストがあるのなら性比はもっと歪んでいるはずでにわかには信じられない.それにしても幼児期死亡でも残るコストとはいったい何なのだろう.


3番目はJosh Tybur による「病原体,配偶,道徳」
月曜朝のセッションで「嫌悪の異なる領域」を発表した Debra Lieberman の共同研究者で,同じ研究からの発表.
嫌悪が病原体由来のもの,配偶選択由来のもの,道徳由来のものでカテゴリー的に異なり,それが性比に現れるという内容.また性格によりこの3タイプの嫌悪の現れ方が異なることも示唆していた.


つづいてPostdoctral部門


最初はVaughn Becker による「対人脅威は動機特定的な利益を与える」
対人関係で脅威を感じたときには,それに対して警戒しなければならないが,それを見つめることは相手への挑発につながりコストがかかる.これに対しての適応として,記憶エンコードが強化されているのではと考え,ホラームービーを見せたあとは有意に外部グループの顔に対する記憶が高まることを示したもの.これは男性において強い.
女性は魅力ある同性のライバルに関してこの効果が現れる.これは配偶の文脈における適応ではないかと示唆している.


2番目はRussell Jackson による「進化した距離認識メカニズム」
これはなかなかユニークだった.人は高いところから落ちるリスクに適応して,垂直の距離を上から見積もったときにはより大きめに間違うのではないかと考え実験したもの.実際に実験してみるとその通りで,15メーターに対して20メーターぐらいに見積もり,さらに高くなると誤差率が大きくなる.これは水平距離では現れず,下から上を見たときにも現れない.


3番目はKeith Jensen による「チンパンジーは合理的最適主義者」
ヒトはフェアネスに対する感覚が強いがチンパンジーではどうなのかを実験したもの.チンパンジーに究極ゲームをやらせる.配分を示したトレイを2つおいて片方に選択させる.もう片方はそれを受け入れるか拒否するかしかない.選択は10:0,8:2,5:5,の中の2つから選ばせる.相手は気に入らないとひもを引っ張ってトレイをひっくり返して拒否できる(チンパンジーが拒否するビデオも紹介があって面白かった)
チンパンジーは5:5と8:2の選択肢では間違いなく8:2を選び,相手は拒否しない.(10:0については拒否されるし,選ばないこともあるようだ)これからチンパンジーは経済的に合理的で,ヒトのようなフェアネスの感覚が小さいと結論づけていた.
10:0はどういうときに選択し,拒否は必ず生じるのかに興味がわくが,そこはあまり説明されなかった.


夕方のセッションは魅力,文化系統学,応用進化心理学,協力.
応用進化心理学セッションに参加した.


最初はPete Welch による「ミクロ経済と進化心理学
E. O. ウィルソンのコンシリエンスを例外として進化心理学者は経済学を重視していない.また経済学の方も進化心理学に無関心だ.(これは雑誌における検索語の検索件数から)
しかし両者には共通点もあるのだという内容.それは利己的なエージェントから生じるダイナミクスが問題になり,一見生じるパラドクスの説明が問題になるところだ.また相違点としては経済学は,物理,化学,生化学,生物学のような垂直に統合された知の体系になっていないこと,進化のような最適化の制約についての焦点があまりないことだと説明していた.
内容的にあまり面白いことはなかった.そもそも経済学をミクロに限る必要はないのではないかと思われる.神経経済学については言及があったが行動経済学には言及もなかったし,経済学だって最適化の制約には興味があるだろう.それに何より進化生物学オタクを自認するポール・クルーグマンへの言及が無かったのが残念.


2番目はDetlef Fetchenhauser による「何故ヒトは経済学を理解しないのか?」
フォルク物理学,フォルク生物学のような形でフォルク経済学というものはあるのかという内容.
まず経済の成長については指数関数的に成長するので,ヒトは何十年かでどれだけ成長するかを理解できない.
それから交換・通商・貿易は双方に利益を生むということが前提だが,ヒトはどうしても物事をゼロサム的に捉えフェアネスの文脈で判断してしまう.これは最低賃金規制を支持するか,CEOの高額年俸規制を支持するかという設問で経済学者と一般人の強いコントラストで説明された.
最後に貿易については特に外部グループとの抗争文脈で考えてしまう.これは関税を支持するか,国内産業保護政策を支持するかという設問での経済学者と一般人の強いコントラストで説明された.
よくいわれているような内容の総説という感じ.もっとも指数関数が理解しにくいことが問題になるのは経済学だけではないだろう.


3番目はDaniel Kruger による「消費者のショッピングの進化心理学
ショッピングに関する性差を進化心理学的に説明したもの.男性は狩猟文脈でショッピングを捉え,女性は採集文脈で捉えているというもの.だから女性は狭い地形の中で毎日よく知っているものを眺め,パッチ的な商品展示を楽しみ,小さいものを探し,商品の細かなところに気づき,シーズン制に敏感で,買ったものは家族のみに分配し,子供を連れて楽しむのだ.男性は広いところにたまに出かけて大物を買うことのみ興味があり,できれば一度ですませ,買ったらすぐ家に戻りたいのだ.
これを目的物オリエントかどうか,距離と方向的か,採集的か,狩猟的か,レクリエーション的か,社会活動的か,新しい場所で買い物したがるかなどの項目に分けてアンケート調査して,はっきりとした性差を示している.
ショッピング関する細かな違いの説明が会場の笑いを誘っていた.


4番目はMareik Hoffmann による「リーダーシップの質の直感的把握」
ヒトは始めてあった相手のリーダーシップの性質を短い時間で見抜いているだろうか.ある会社のエキュゼクティブとそうとそうでない人83人に同じ服装で同じようなことをしゃべるビデオを撮り,被験者にリーダーシップを判定してもらう.その結果有意に判定できていることがわかったというもの.


5番目はKazumi Shimizu による「ライフデス判断におけるサイズ効果」
ライフデス問題とは以下の有名な問題だ.
<ポジティブ表現>600人に対するある医療措置Aが,200人を確実に助け,Bは確率1/3で全員助けるとする場合にどちらを選びますか.
<ネガティブ表現>Aは400人を確実に死に追いやり,Bは確率2/3で全員死ぬという場合どちらを選びますか.
通常ヒトはポジ版の時にAをとり,ネガ版のときにBをとるというフレーム効果にかかるバイアスがかかる.
ワンとジョンストンの先行研究は600人をEEAにあるような6人という人数に変えるとフレーム効果がなくなり,かつよりB(リスク先行的)になることを見いだした.ワンとジョンストンはこのフレーム効果消失に焦点を当てているが,実はこれは追試が安定してでないことが知られている.発表者は少人数でリスク選好的になる方が興味ぶかいと考え実験を行ったところ,600人,60人,6人でおおむね小人数になるほどリスク選好的になる結果が得られたというもの.結果の微妙な部分について説明しているうちに時間切れとなり大変残念だった.
なおその中で,ピンカーが言っているようにこのフレーム効果の結果は200人を確実に助けるとだけ言っているので,残りの400人の中からも助かる人がでるかもしれないと設問を誤解しているからではないか(ネガ版では400人が確実に死ぬので,残りの200人の中にさらに死ぬ人がいるのではないかと誤解しているからではないか)という疑問について,アンケートを採ってみたところ40%の人が誤解していたという面白い知見が紹介されていて興味深かった.(発表者の結果はこれを調整してなおフレーム効果があるという内容だった)


休息なしでキーノートスピーチの時間に.
スピーカーはまさに大御所のリチャード・アレキサンダー.渋くレジュメ方式でスピーチを行った.話はこれまでの進化生物学の進歩を振り返り,なお興味深い問題についてというもので,大河の流れのように果てしなく続き(最後は事務局から巻きがはいったがあわてず騒がずの大物振り),それまでの発表とまったく異なって楽しかった.(もっとも英語は聞き取りにくかったが)
まず強調したのはフィッシャーの性比理論の偉大さ.フィッシャーが自明だといったことはいつも何年も何十年もあとになって正しいということがわかるのだ.原論文に数式はあまりないが,きわめて美しい理論だとコメント.
今後のトピックとして強調していたのはまず女性の閉経.これは血縁淘汰を考えないと解決できない.
そしてオスがグループを作る類人猿の一種として,ヒトの生活史・配偶システムを考えるときに特に重要なのが排卵の隠蔽だという.現在も研究を続けているウマについては排卵隠蔽の連続的な態様がみられるそうで,力が入っていた.
最後にはダーウィンの偉大さを強調していた.このような事実があれば自分の理論のすべてを破棄すると明言する知的誠実性,そして累積的な進化適応は自然選択以外では生じ得ないことの洞察などについてコメントがあった.


ダーウィニズムと人間の諸問題

ダーウィニズムと人間の諸問題


このあとバス4台を連ねて大懇親会に向かうということで,カンファレンスの第3日目は終了である.(この項続く)