「生態リスク学入門」

生態リスク学入門 -予防的順応的管理-

生態リスク学入門 -予防的順応的管理-


松田裕之先生による入門書.副題が「予防的順応的管理」となっている.汚染などの健康被害,絶滅等生物資源枯渇に対する管理をどう行っていくか,特に不確実性だらけの知見の中でどう行動するかという問題に関する実学的なアプローチを説いている.だから生態学という理学的な学問を,農学的実学的に応用する形になっている.


それは冒頭にも断り書きがあって,一般に理学的な学問では第1種のエラー(リスク事象が偶然であるのに仮説が成り立っているように考えてしまう)を避けるように実験などで詰めていくわけだが,このようなリスクを管理する場合には第2種のエラー(リスク事象が偶然でないにもかかわらず仮説を棄却して対策をとらない)をどう避けるかが重要になるということだ.


題材はそれぞれ身近な実例がとられていて興味深いものばかりだ.汚染物質の健康被害リスクでは,実際の微量物質による発病データはとりにくいため,その当てはまりが閾値ありなのか無いのかが問題になる.そして水道の塩素殺菌による発ガンリスクと原虫感染リスクのトレードオフを考える際の問題点が解説されている.魚の水銀含有量の問題も身近で,これは妊娠中に高濃度の魚種を食べないことが推奨されている.


生物資源枯渇問題は,環境収容力をカウントした生物集団の大きさのロジスティック式が基本になるのだが,それに乱数によるリスクを加味してシミュレーションをすることによりリスクを測定する.さらに詳しく見るときにはおなじみの行列式を用いた年齢別個体群動態の計算も登場する.これもリスクを加味してシミュレーションによる解析をする.
このような手法は水産資源の管理,汚染物質による環境リスク,絶滅危惧種の判定などに使われる.絶滅危惧種の判定は特に個体数が減っていったときの不確実性が大きく,一定程度個体数があるものは現状の減少率だけで判定するしかないという難しさがよくわかる.


個別問題では,風力発電と鳥の衝突リスク,(ほとんどの場合鳥の衝突リスクは非常に小さいし,管理可能だと思われるが,1羽でも衝突すると環境保護団体が硬化するという難しさがある,一般に日本では猛禽類に対する保護が強く,ほかとのバランスを欠く場合もある)ヒグマの管理問題(よい熊と問題熊に分けた動態分析が秀逸)ダム問題(数々のトレードオフがある)などが印象深い.また最初の方に登場する化学物質のリスクコミュニケーションにおける誤解という表も深く考えさせられる内容だ.(誤解の例として「化学物質は危険なものと安全なものに二分される」とか「詳しく解説すると理解や合意が得られる」「学者は客観的にリスクを判断している」「一般的市民は科学的なリスクを理解できない」などがあげられている)


通して読むと,各種の数学的な手法にあわせて現代の日本が抱える各種の環境問題がコンパクトに解説されていて要点が頭にはいる仕組みだ.環境問題に興味のある人は数式に恐れをなさずにまず読んでみることをお勧めしたい.