読書中 「The Stuff of Thought」 第7章 その7

The Stuff of Thought: Language as a Window into Human Nature

The Stuff of Thought: Language as a Window into Human Nature


ここまで冒涜語の意味論を論じてきたピンカーは本節からプラグマティックス(語用論)にうつる.


まずここまでの意味論のおさらいをしておこう.
冒涜語の共通の要素は,(神への)畏れ,(地獄や病気などへの)恐怖,(排泄物への)嫌悪,(異分子への)憎しみ,(性への)堕落などの(帽子を落としたようなときとはまるで異なる心の動き)感情的なチャージだった.
スピーチ解析はオートマチックなので,タブー語を聞くと,普段自ら禁じている思考をしてしまうのだ.


語用論としてピンカーはまずどのように冒涜語が使われるかの5類型をあげている.

1.記述的 Let's fuck
2.慣用語法的 It's fucked up.
3.罵倒的 Fuck you, motherfucker!
4.強調的 This is fucking amazing.
5.カタルシス的 Fuck!!!


そして根本的な疑問は「一体同じものを指している普通の言葉とタブー語では何が違うのか?」ということだ.


ピンカーは最大の違いは偽悪的なところだという.

それは対象物を単に指し示すのではなく,それのもっとも汚いところを心に呼び起こす.人々は大便を見たりさわったり嗅いだりするのが嫌なのと同じぐらい,それを考えることも嫌だ.しかし人々はそれをしないでは生きられないし,それを何とかしなければならない局面があるのだ.これの解決として言語はそのようなものについて,単にそれを指し示すだけで感情を起こさない婉曲的な用語と,タブー語を含む偽悪的な用語を分けるのだ.


そしてどの言葉が婉曲的でどれが偽悪的かは時代とともに変わると指摘している.なんと英語には性交を表す単語は800,ペニスについては1000,ワギナは1200,みだらな女性については2000語以上累積しているという推定があるそうだ.


日本語でもそれなりにたくさんあるのだろうか?大便でいえば,くそ,ふん,大便,うんち,肥やし,落とし物等々と思いつくが,100を越えるのだろうか,方言を全部入れるとそういうことになるのかもしれない.ピンカーは英語の例をいろいろ挙げながら,こうしてみるとなぜエスキモーの言語に雪の語彙が1ダースあるからと騒いでいたのか不思議だと皮肉っている.


礼儀正しい言葉のほとんどはそれを議論しなければならない文脈(肥料として使う,おむつを替える,医学的に分析するなど)に特殊化したもので,英語の場合それが極端なため普通の会話でニュートラルに使うことが難しくなるという.
英語話者間ではfeces, flatulence, anus などの用語を使えば,それは堅苦しい印象を持たれるし, penis, vagina などの用語はほかの単語がアングロサクソン的な中でラテン語を使うことを強制されるような感じだそうだ.
日本語だとそこまで特殊化した言葉は少ないのではないだろうか.


そして叙述的な迫力を求めて,あるいは怒りの中で,私達は何かがどんなに嫌かを伝えるためにはタブー語を使うという.ピンカーはたくさん例をあげているが,さすがにニュアンスはよくわからない.
1例: Will you pick up your dog's shit, and stop him from pissing on my roses!


このような用法の婉曲語との差は,言葉の持つ感情力だというのがピンカーの説明だ.
男性中心のののしり語には,ののしりは聞き手の心の中に汚いものを呼び起こすわけで,それはやや攻撃的であり,男性が,自分が乱暴に耐えられることを自慢し,乱暴にお互いを扱っているようなところにフィットするような部分があるとも説明している.
さらにこの感情力は話し手が自分の苦痛を伝えるためだけでなく,聞き手の心に苦痛を初めて作り出すことにも使える.だから冒涜を侮辱,罵倒,言語上の虐待に使えるということになるそうだ.


このような用法が洗練された例としてシェイクスピアイディッシュ語アフリカ系アメリカ人の伝統なども紹介されている.
1例:おまえの歯など抜けてしまえ,でも1本だけ残って歯痛を煩うがいい.


続いてののしり言葉を作る要領が説明されていて面白い.
そのポイントは聞き手に不愉快な考えを起こさせるところだという.そのためタブー語がよく登場するのだ.


(1)ヒトやその一部はそこからの排出物や関連器官に似ているという考え:糞の1ピース,ケツの穴
(2)近親相姦のような望ましくない性行為:マザーファッカー
(3)異常性行為:bugger, sod
(4)フェラチオ:cocksucker, you suck!, you bite!, you blow!
(5)マスターベーション:wanker, jerk
(6)堕落した行為の勧誘:Kiss my ass, Eat shit, (まさに日本語で言う「糞食らえ」だ.最初の例は「おしりペンペン」ぐらいに当たるのか?)Kiss the cunt of a cow
(7)堕落行為を含む暴力での威嚇:ブタの足あそこにぶち込んで奥歯がたがたいわせたろか(日本からだと紹介されている.ブタの足というのは初耳だったりする)


2から4までの性的なタブー語を用いる用法ははあまり日本語では見かけないようだ.キリスト教的な倫理観が影響しているのだろうか?それとも私が知らないだけだろうか?

ピンカーはこのあと「fuck you」の解説を始める.




第7章 テレビで言っちゃいけない7つの言葉


(4)冒涜する5つの方法