「Female Infidelity and Paternal Uncertainty」

Female Infidelity and Paternal Uncertainty: Evolutionary Perspectives on Male Anti-Cuckoldry Tactics

Female Infidelity and Paternal Uncertainty: Evolutionary Perspectives on Male Anti-Cuckoldry Tactics


本書は2006年に出版されたヒトの男性の対寝取られ戦略についての論文集だ.


パートナーの浮気に対する男性の戦略には大きく分けて3つのフェイズがある.まず予防戦略.パートナーがそもそも浮気をしないように働きかけるというもの.これにはガード,嫉妬などが含まれる.第2フェーズとしていったん寝取られたあと受精までの間に,自分もパートナーと性交におよび,浮気相手の精子に対する精子競争をしかけるというもの.最後の第3フェーズに,生まれてきた子に対して選択的に投資量を決めるという戦略がある.
本書はそれについて様々なリサーチが収録されている.非常にまっとうな論文集であり,奇をてらったような仮説は出てこないし,ある意味重複した話も多い.真剣なリサーチを読み続けたあとにだけ得られる真実への接近感覚が本書のような論文集の醍醐味だ.



最初は Platek と Shackelford によるイントロダクション.ヒトの男性と女性の間に父性の不確実さと父親から子供への投資を巡ってコンフリクトがあること,男性はパートナーがほかの男性と子供を作るという戦略に対して対抗戦略を進化させているであろうことが解説される.


第2章もD. C. Geary によるイントロダクション.
ここで面白いのは,ヒトの配偶システムはチンパンジー型からよりもゴリラ型のシステムから移行したと考える方がわかりやすいという説だ.ゴリラ型のハーレムでは40%の群れが複数オスを抱えており,オス同士は通常血縁で仲がよく,群れ同士も友好的だ.オスとメスの関係は長期的で父性の確率も95%以上だ.そして配偶者防衛も少なく,父と子の間に絆形成が観察される.
これでオス同士がもう少し協力的になればヒト型に近くなる.ヒト型に移行すればより強く一夫一妻的になるので,劣位オスのパートナーメスはより浮気戦略が有利になりやすく,父性も不確かになるだろう.これに応じてオスの配偶者防衛戦略も強く現れると予想されている.


第3章から第5章まででまず第1フェーズの配偶者防衛戦術(Mate guard)にかかる論文が並んでいる.


第3章はまず女性の浮気戦略が適応かどうかについてのS. W. Gangestad による論文.冒頭で,子の質説(よい遺伝子説),子殺し防止説,物質的な利益説(売春説)が概観される.
そして,実際の浮気率はどのぐらいかということについての数々のリサーチが紹介される.著者はEEAにおいて5%未満程度ではないかと推定している.
しかし直接的な調査はできないのだから,現在見られるデザインフィーチャーから考えようというのが本論文の骨子.生理周期によって好みの男性のタイプが変化することは重要な特徴で,適応である可能性が高いと議論している.好みのどこが変化するかについても詳しく書かれているが,面白いのはより妊娠しやすいときに金持ちより才能ある男性に引かれるというデータだ.
対立仮説(生理周期により性交への意欲が変わりその結果好みが変わるという説)についてこれでもかこれでもかと反論している(データ不足,それが適応価をあげる説明がない,などなど)のがちょっと面白い.


第4章はTodd K. Shackelford と Aaron T. Goetz による男性の配偶者引き留め行動としての暴力についての論文.
多くの男女にアンケート調査を行って分析している.結果はより女性を引き留めようとする男は様々な手段を使い,より暴力的だったというもの.ある意味常識的な結果だ.


第5章では同じくTodd K. Shackelford と Aaron T. Goetz がパートナーレイプについて論じている.
ソーンヒルの「レイプの自然史」では著者が見知らぬ相手へのレイプについて強い仮説と弱い仮説を提示していたが,ここではペア内でのレイプ,およびより広い「親密な関係における性的強制」について男性の対寝取られ戦略の視点から考える.これは精子競争上有利なことからパートナーの浮気が懸念されるときの男性側の戦略ではないかという論点だ.
リサーチの結果「親密な関係における性的強制」は女性の浮気と相関し,男性のほかの配偶者防衛戦略の行使とも相関するというデータが得られ,上記仮説が支持されたかたちだ.わりと淡々と論文として記述されているが,一部の進化心理学批判派からは強い反応がありそうな内容だ.


第6章から第10章までは第2フェーズの精子競争に絞った論文が収められている.ヒトの精子競争については90年代のベイカー/ベリスのカミカゼ精子をはじめとするセンセーショナルな主張と,それに対する懐疑論が一時激しく論争していたようだが,冷静にその後の議論を見ることができる.


第6章は同じくAaron T. Gotz と Todd K. Shackelford によるヒトの精子競争の総説的な論文.
ヒトでの精子競争の淘汰圧が大きかったことはペニスの大きさ,形状,精巣の大きさ,男性の嫉妬心理から推測できると主張している.面白いのは精子生産にかかる遺伝子は通常の遺伝子より10倍速く進化しているというデータがあるということだ.

イカー/ベリスの「女性はより精子競争を起こそうとしている」という仮説については,単に女性がEPCを好んでいるだけというデータの可能性がありまだ結論は出ていないとしている.
また同じくベイカー/ベリスの「男性は条件に応じて精子生産を調節している」(パートナーと離れていた男性はより精子を多く産出する)という仮説については,逆因果の可能性(より精子生産量の多い男はより離れても平気)もあるとしている.
さらにカミカゼ精子仮説については現在のところ追試に失敗しており,結論は出ていないとしながらも,クラとナカシマによる数理モデルによると兵士精子が進化する条件はあり得ないというほど厳しくはないという結果が出ていることを紹介している.これはまだわからないみたいだ.

ペニスについては,その長さは精子競争への適応である可能性があること,模型を使った実験で,その形にはそれ以前にある精子を掻き出す効果があることが確認されていることがなかなか興味深い論点だ.なお掻き出しに関しては自分の精子まで掻き出さないために射精後は萎えるのだろうと推測されていて面白い.


第7章ではGordon G. Gallup と Rebecca L. Burch により,精液の物理的性質からいろいろな考察がされている.
精液の粘着性には,粘着性が高い方が排出されにくいが,高すぎても泳いでいけなくなるので不利になるというトレードオフがあることが説明され,また女性が性交後垂直な姿勢をとると,より流れ出てしまうから,それに対する適応があるだろうと推測している.オーガズムにはより寝ている姿勢を長く続けるという機能があるのかということが議論されている.またペニスの形状とその民族差のデータに意味があるのか(具体的にはアフリカ系でより精子競争が激しかったのか)が議論されていて,これも合わせちょっと微妙な感じだ.


第8章には同じくRebecca L. Burch と Gordon G. Gallupによる精液の化学成分とその適応的な議論が収められている.
精液には,女性ホルモンなどの各種ホルモン,ニューロトランスミッターなどが含まれているのだそうだ.それもちょっと驚きだが,この論文では20以上の成分について細かくいろいろな作用と適応的な議論が繰り広げられていてなかなかすごい.
大きく分けると女性の性的な意欲を高める成分,排卵誘発する成分,女性の鬱を防ぐ成分などがあるようだ.実際にコンドームを使っている女性は鬱のリスクが高いなどのデータもあるようで結構衝撃的だ.


第9章ではAaron T. Gotz と Todd K. Shackelford により,精子競争リスクと男性の戦略との関連が議論される.
実際に浮気リスクが高いときにより掻き出し行為(深く長く激しいスラスト)が見られ,さらにほかの配偶者防衛戦略の行使とも相関しているというデータが示されている.ある意味常識的だが,スラストについてまで調べているのもなかなかだ.


第10章はJennifer A. Davis と Gordon G. Gallup による子癇前症についての議論.
これは面白かった.子癇前症は一般には「子癇前症とは妊娠高血圧症候群に蛋白尿が合併した状態を言い,これが重症化して痙攣や意識障害などの中枢神経症状が起きた場合に子癇と呼ぶ」などと説明され,高血圧,タンパク尿が原因だと理解されている.しかし進化医学的な視点に立てば,そもそも高血圧,タンパク尿は胎児がより強く栄養要求しているから生じる症状であり,胎児に対する栄養不良が原因なのではないかと考えられる.
データとしては,いつもと異なる精子は子癇前症のリスクも高める,また妊娠前に同じ精子にさらし続けると不妊治療にいい効果がある,またバリアメソッドによる避妊により子癇前症リスクは2倍になる,そしてこれはオーラルでも同じ結果が得られるなどの事実が示されていて精子の成分と子癇前症に関連があると議論されている.
本論文ではいつもと異なる精液にさらされた母胎が,この子供に対する父親からの投資不足リスクに対応して栄養をカットして流産するような反応をしているのではないかという仮説を提示している.なかなか説得的だ.また自然流産,分娩後の鬱も同じ結果にかかる適応ではないかとも議論していてこちらもあわせ今後の進展が興味深い.


第11章と第12章は第3フェーズの生まれたあとの投資調整戦略について.


第11章ではRebecca L. Burch と Daniel Hipp により,父親は子供と自分が似ているかどうかをどう知覚し,どう反応するかが議論されている.母親及びその親族が子供が父親に似ていると有意に言い張るというのはよく知られた事実だが,父親はどう対処しているのか.本論文ではコンピュータ上にモーフィングした写真を並べて,「どの子に○○したいですか」と質問するというリサーチを行っていろいろな議論をしている.
これによると,子供の顔が誰かに似ているかどうかの判定能力には男女の性差はないのだが,男性は投資が含まれる文脈(どの子を養子にしますか,どの子といっしょに過ごしますか)では(無意識に)自分と似た子供を選ぶが女性はそうではない.これは男性特異的なモジュールがあるのではないかと議論されている.
また面白いのはEEAには鏡がなかったはずで,現在よりもさらに自分の親族(特に兄弟)や友達の意見を重視しただろうという議論だ.


最後の第12章はSteven M. Platek と Jaime W. Thomson によるもの.第11章にあるモジュールについてfMRIで確かめる.すると投資文脈では男性のみ反応する回路があるというのだ.実際に顔の類似度と投資判断が絡んだ男性特異的なモジュールがあるのかもしれない.ちょっとした驚きだ.


全体を読み通すとヒトの進化において父親の投資判断にかかる淘汰圧が大きく,いろいろな男性心理に大きく影を落としていることがよくわかる.精子競争を巡る議論ははベイカー/ベリスが批判されたあといったんあまり聞かなくなっていたが,やはり着実に知見が増えているのがわかりうれしい.ペニスの掻き出し機能や精液の化学的な性質およびそれに関連した適応仮説の面白さなどには驚かされる.子癇前症の仮説も見事だ.ちょっと固い論文集だが興味のある人にとっては,大変興味深い記述が多く,便利にまとまった情報源だと思われる.



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私の書評はhttp://d.hatena.ne.jp/shorebird/20060805