
- 作者: ヘンリー・ウォーターベイツ,Henry Walter Bates,長沢純夫,大曽根静香
- 出版社/メーカー: 平凡社
- 発売日: 1996/10/01
- メディア: 単行本
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過日,偶然ベイツの伝記の新古本を入手することができて*1読んでみた.生い立ちからウォーレスと共に出かけたアマゾンへの博物学標本収集の旅,そして英国に戻ってからの日々が簡単に書かれていたが,やはり面白いのはアマゾンの日々だ.
そういえばダーウィンの「ビーグル号航海記」,ウォーレスの「マレー諸島」,および「熱帯の自然」は読んでいるが,ベイツの「アマゾン河の博物学者」まだ読んでいなかったなあと思い,この機会に読んでみることにした.
本書はA5版,2段組,500ページと結構なヴォリューム(価格も5000円だ)で,「完訳」とあるように,原書のいろいろなバージョンの中からもっとも削除の少ない版を選んで全訳されたものだ.*2本書はダーウィンの熱心な励ましと仲介によって生まれたもので,冒頭にはダーウィンその人による序言がある.
著述はアマゾンへの到着から英国へ向けての旅立ちまでの11年にわたる旅の記述がなされ,土地風景の描写,人々の生活,様々な標本採集の苦労,博物学的に興味深い事例の紹介と一部考察などが描かれている.博物学への思いからほぼ徒手空拳で大西洋を横断し,いっしょに渡ったウォーレスと別れたあとも現地に残り,なんと11年にわたる採集を続けた記録はずっしりと重いのだが,ベイツはその重さを感じさせないように淡々と様々な描写を続けてくれる.
博物学的な記述は現在の視点から読んでも大変面白い.ベイツの渡米は1848年,帰国は1859年で,ちょうどダーウィンの「種の起源」が出版された時期を挟んでいる.そもそもの渡米の意図も種の起源の謎に迫りたいという動機が大きいのであるが,11年の採集生活の中でダーウィン説が(それも友人のウォーレスが関わった上で)発表されていてベイツにとってはさぞいろいろな感慨があったであろう.本書が書かれたのはベイツの帰国後,ダーウィンの自然淘汰説が発表されていろいろな論争がなされていたちょうどそのときであり,ベイツの観察はダーウィン説を裏付けるものとしてダーウィンを喜ばせたのがよくわかる.
残念ながらベイツの名を高らしめているベイツ型擬態の考察は本書には収録されていないが,地理生物学的な記載は非常に多く,現在でいうところの環状種的な分布を見せるチョウ,河の両側ではっきり区分されているようで,一部地域に中間形が見られるチョウの記載,およびその解釈,大きくは新大陸と旧大陸のサル類の系統分岐の推測など,様々なダーウィン擁護的な考察がなされている.
個別の行動観察的な記載も多く楽しめる.ハキリアリ,グンタイアリ,シロアリ,ハチ,チョウ,様々な鳥,ワニ,カメなど周囲の情景描写とともに語られていて魅力にあふれている.標本としては甲虫の方が多かっただろうが,ダーウィン的に考えるとハチの社会性について強い関心があったのだろう,チョウの分布と並んで,アリやハチについては詳しく生態が示されていてベイツの関心の高さが窺える.
そのほかの風景,土地土地の人々の描写はまさに旅行記の魅力がよく出ている.ベイツは淡々とした記述振りなのだが,その控えめな書きぶりの中に読者を引き込むうまさがあって,当時よく売れたというのも頷ける.一般向けの旅行記としてはダーウィンやウォーレスより面白いかもしれない.
蚊やブヨやアリに悩まされながら,日常としての標本採集,標本作り,記載の日々,時に挟まる大冒険,人々との交友,出会いと別れ(中には現地インディオの少女の病死に涙する物語もある),社会慣習の違いとそれに慣れていく自分,信じられない熱帯の自然,150年前のラテンアメリカの状況など次から次に語られる.政治状況の解説,人種に対する記述(人種間にどのような差があるのかという博物学的な興味からいろいろな記述がある.現代的なスタンダードでは不適切といわざるを得ないだろうが,価値中立的で,カテゴリーとしての記述と個人的な例外にもきちんと目配りがあり,当時のスタンダードでは大変リベラルな記述だろう)や奴隷制についての記述(当時英国では大変先鋭な政治的な意見の対立があったことはダーウィンのビーグル号航海記でもよくわかる.当時のブラジルではまだ奴隷制が制度としては残っていたが,アフリカからの供給が途絶え,子供の頃に奴隷として使われても長じると自由の身になることが多かったとベイツの記述にある.本書においてベイツ自身は奴隷制について明快な価値判断を表明していないが,行間からは批判的であることが窺える)を読むと,大きな時代の流れや歴史を感じることもできる.
読んでいた10日ほどは,ベイツに150年前の大河のほとりに連れて行ってもらい,アマゾンををゆったり漂うように,時に地図を見ながら,時に様々な挿絵を見ながら,時空を越えて楽しませてくれたように思う.なかなか得難い読書のひとときであった.
関連書籍

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伝記としてはこれしかないということのようだ.生い立ち,アマゾンへウィーレスとともに旅立つ経緯,帰国後の苦労,なぜウォーレスのように自然科学の研究を続けなかったのかなどが語られている.アマゾンの標本採集の日々も背景がいろいろ書かれていて,あわせて読むとより深く旅の事情がわかる.

- 作者: チャールズ・ダーウィン,島地威雄
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ダーウィンのビーグル号航海記はいろいろなバージョンがあるようだ.私の手元にあるのは岩波文庫の上中下3巻本だ.

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ウォーレスの旅行記はいずれもちくま学芸文庫から出ている.このほかにも出ているようだ.

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ダーウィンの種の起原もいろいろ出ている.スタンダードなのは岩波文庫版.図説版は一部省略があるが,図版が豊富で最初に読むには取っつきやすい.この2つは原書の初版からの翻訳だが,槇書店のは最後の第6版が収録されていて,その間のダーウィンの考え方の揺れと,変わらなかった芯の部分がわかって興味深い.

- 作者: ヘンリー・ウォルターベイツ,Henry Walter Bates,長沢純夫,大曽根静香
- 出版社/メーカー: 新思索社
- 発売日: 2002/10
- メディア: 単行本
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(10/18追記 書店で見かけたのでぱらぱらとめくってみたが,どうも縮約版を元にしている違う本のようだった.自然科学に興味のある方は平凡社版をお求めになる方がよいだろう)