「選挙のパラドクス」


選挙のパラドクス―なぜあの人が選ばれるのか?

選挙のパラドクス―なぜあの人が選ばれるのか?


ウィリアム・パウンドストーンは「囚人のジレンマ」とか「パラドックス大全」とか「ライフゲームの宇宙」とか「天才数学者はこう賭ける」などの著者で,ちょっと面白い数学の問題と実社会がどうつながっているかをうまく裁いてくれるコラムニスト兼サイエンスライターだ.

ただ本書はこれまでの本とちょっと雰囲気が違っている.原題は「Gaming the Vote」.投票者の投票を使ってゲームをする,手玉にとってもてあそぶという感じだろうか.出版は今年(2008年)の2月.大統領選挙の年にあわせてリリースされていて,いまの投票システムに関するかなり先鋭的な問題意識が背後にあるのだ.


また本書は導入部分がなかなか濃い.1970年代から90年代までのルイジアナ州知事選挙を巡る奇怪な状況を延々と説明するのだ.そしてエドワーズという(著者によると)悪徳政治家がいかに票を操って知事になり得たかが語られる.そして本書の本題は,通常の「1名に投票しもっとも得票の多い人が当選する」というシステム(これを相対多数投票と呼ぶ)がどのような欠陥を持っているのか,そしてどうしたら改善できるのかというところにある.特に問題になるのは「票割れ」だ.これは米国のような2大政党制では共和党から1人民主党から1人候補が出るのだが,第3の候補がたまたま民主党よりだと民主党支持者の票が割れて共和党候補者が有利になってしまうという問題だ.まさに2000年ラルフ・ネーダーの立候補によりフロリダでゴアがブッシュに敗れたように.本書では冒頭にはこの例を用いずに(後には出てくる),ルイジアナの醜悪な例を出しているのだが,これはなかなかのお話だ.


このあとゲーデルノイマンの考えから始まってケネス・アローの不可能性定理が簡単に触れられる.アローが証明したのは,いくつかの常識的な条件を満たす投票システムを作るのは不可能だということだ.ここではその条件は簡単に述べられているが,証明についてほとんどふれられずにちょっと不満の残るところだ.恐らく通常の読者には難解だというところで見送られたのだろうが,少しでも多くのアメリカ人に読んでもらい問題意識を持って欲しいという気持ちがこんなところにも現れているのかもしれない.


本書はここからとても濃いアメリカの政治史に戻る.票割れの実例が詳細に次々に説明されていくのだ.ちょっとした数学の話を期待して読み始めた日本の読者はここでたまげてしまうだろう.しかしアメリカの現代政治に,あるいは今度の大統領選挙に興味があれば,ここは相当面白い.南北戦争前の1844年,1848年,1860年の大統領選挙.ここでは奴隷制の問題が票割れと結びつき,南北戦争への道にも直結している.1884年,1892年の大統領選と禁酒運動.1912年の大統領選と共和党のタフトとローズヴェルトの争いがウィルソンを有利にした古典的票割れ事例,1992年の大統領選とペローの出馬.そして2000年のラルフ・ネーダー(ネーダーはゴアに個人的な恨みがあったのだということがほのめかされている,それで世界の8年間が変わったとすれば確かに何かがおかしいのだろう).おなじ2000年の大統領選関連では共和党の予備選でのブッシュとマケインの争い(この事例は票割れではなく,カール・ローヴの「汚い」手口に関するものだが)も描かれている.


次は政治コンサルタントの実態暴露だ.彼等は相手候補への中傷(ネガティブキャンペーン)と票割れの誘導が仕事なのだ.ネガティブキャンペーンに関しては,1960年から1980年代まではテレビの影響が大きく中傷合戦はやや下火だったが,インターネットの時代になってこれは元に戻っているという.
そして票割れの誘導だが,これは密かにやっていたのがだんだんおおっぴらになっているという.共和党はもはや「敵の敵は味方」とばかりほとんど公然と緑の党の候補者に寄付したりしているのだそうだ.2004年大統領選で共和党はひそかにネーダーに支援の手をさしのべ,民主党はムーアを応援しようとしたのだ.2006年以降この傾向はいよいよ激しくなっているとして,いくつかの具体例もあげられている.いずれもすさまじい.


ではこれにはどのような対策があり得るのだろうか.本書は後半部分でいろいろな一見うまくいきそうなシステムがなぜ完全な解決策になり得ないのかを具体的に解説する.ここはまさに「悪魔は細部に宿る」を地でいく感じだ.
まずすべての候補者をそれぞれ一騎打ちさせてすべての対戦で勝てばそれを当選者とする方法.(これはコンドルセ勝者と呼ばれる)それからすべての候補書に順位をつけさせて,最下位に1点,上位に行くにしたがって1点ずつ増した得点を与える.(4人いれば,順位1位が4点,2位が3点という具合)これを合計した得点が最も多いものを当選者とする.(これをボルタ式と呼ぶ)
コンドルセ式は循環が生じる可能性がある.ボルタ式はうまくいくように感じるが,実はひいきの候補者を有利にするためにわざと有力ライバルを最下位におくという戦略的な投票が生じることを防げない.3人の争いで有力ライバル陣営双方がそうすればもっとも望まれない泡沫候補が当選してしまうのだ.
では即時決選投票はどうか.これは有力ライバル双方が過半数をとれないときは,決選投票を行うという考え方だ.このためには投票時には全員の順位を投票してもらい,一位の票が最下位だった候補者から脱落させ,その票が第2位にしている候補者に足していくというプロセスを繰り返す.これは本当に泡沫候補しかいない場合にはうまくいくが,当選可能性がある3者の争いではうまくいかない.これも戦略投票が生じるのを防げないのだ.決選投票で負けるかもしれないある有力候補者の支持者は,ライバルが決選投票に来ることを阻止するために,第3の候補に一部の1位票を与えることができる.


ここまで読むと何となく力学がわかってくる.票割れ回避のためにどのようなゲームのルールを作っても,3人以上候補者がいるときに「敵の敵は味方」としてライバルをけ落とすために第3者を支援するという戦略が生じてしまうのだ.原題の「Gaming the Vote」というのは政治家サイドだけでなくまさに投票者たちの問題だということなのだろう.


次の試みはすべての候補者をOKかNGか決められるというもの(つまりそれぞれに1票いれられる,これを是認投票と呼ぶ).是認投票は,一見票割れを回避でき,中間候補にも当選のチャンスがありうまくいくように思える.しかし中間順位の候補者にチェックを入れるかどうかという恣意的な選択が大きな結果の差異をうみ,このためある意味で他の投票者がどうしているかの読み合いが重要になり,すべての投票者が戦略的にならざるを得ない状況を作る.そして最悪の戦略投票の問題もやはり回避できない.リベラル2人に保守1人という候補者に対し,過半を占めるリベラル支持派が票割れを防ぐにはこの両候補をともに是認すればいい.しかしここにいたると突然両リベラル候補者同士の争いになり,片方の候補が勝つには,もう片方の是認票を少なくする必要が生じる.そしてこの戦略をやり過ぎると保守派が勝ってしまうのだ.

次はコンドルセ勝者を見つける投票だ.これはコンピューターの発達がアイデアを実現可能にした.全候補者に順位をつけさせて,その順位を元にしらみつぶしにすべての対戦をおこなう.そして循環が生じたときには複雑な方式で勝者を選ぶ(シュワルツ式耐クローン性逐次消去法などと呼ばれるアルゴリズムがあるそうだ).しかしこれもまたライバルを最下位におくという戦略投票の問題を解決できない.特に循環が生じそうな場合にはその解決アルゴリズム次第で結果は大きく動き,戦略投票の問題が過激化する.


最後の試みは範囲投票だ.これは各候補者に5点満点(7点でも10点でもよい)でそれぞれ評価点を与え,それを合計するというものだ.一見これは投票者に大変な負荷を与えるように思えるが,実はよく考えると全員の順位をつけるよりはずっと易しい課題なのだ.しかしもちろんこのシステムも戦略投票を排除できるわけではない.(完全に戦略的になれば,このシステムは是認投票とほぼ同じになる)


アローの不可能性定理からわかるように完璧な投票システムはないのだ.ではどれがもっともましなのだろうか.本書はここでウォーレン・スミスの研究を紹介している.N個の政治的な焦点がある場合にM人の候補者をN次元にランダム配置し,投票者が正直な場合と戦略的な場合に分けてシミュレーションを繰り返したものだ.これによるともっとも望ましくない投票方式は相対多数投票,もっともロバストなのは範囲投票ということだ.


最後に本書は政治的現実について補足している.相対多数投票を改めようとする動きは2000年の大統領選挙というショッキングな選挙があったにもかかわらず大きな動きになっていない.それは,1つは学者間でどの方式が良いかの論争が続き,お互いに足を引っ張っているからのようだ.しかしそれだけではなく,このような技術的な詳細があまり大衆の興味を引かないことにもあるのだろう.また著者は現在相対多数投票だから2大政党制になっているのであり,票割れを防ぐ投票システムになればより多党化するのではないかという指摘もしている.それも真実だろう.本書はしかし最後にそれでもいまの投票システムがよいものでない以上何らかの一歩を踏み出すべきだというメッセージを送って終わっている.


本書はアメリカの政治状況も面白いし,投票システムの詳細も面白い.しかしやはり純粋におもしろがってばかりいるべき状況ではないのだろうと思わせてくれる本だ.日本でも衆議院小選挙区や多くの首長選では相対多数投票方式であり,原理的にはまったく同じ問題を抱えているはずだ.次の衆議院選挙では共産党がすべての選挙区に候補者を立てることを止めるため,そのような約半分の選挙区では民主党が有利になるといわれている.これは一種のスポイラー(票割れを起こさせる候補)の裏返しだ.実際に多くの選挙で公認漏れの無所属の立候補が票割れを生じさせて選挙の行方を変えている.これに対して正しい民主主義の観点からの議論はあまりなされていないのではないだろうか.
近い将来自民党が自候補以外に票割れ目的で環境重視派候補を立候補させようとしたり,民主党が別の保守派を密かに支援したりすることが生じるのだろうか(あるいは私が知らないだけで既にそうなっているのだろうか).仮に日本で範囲投票が実施されたらどのような結果が生じるのだろうか.それは今より望ましくなるだろうか.このような票割れ回避システムは既存政党の公認を通じた議員への締め付けを行う力を減少させるので政党側からは嫌われるのではないだろうか.読み終わったあといろいろと考えさせてくれた本であった.



関連書籍


原書

Gaming the Vote: Why Elections Aren't Fair (and What We Can Do About It)

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パウンドストーンには邦訳された本も多い.その一部.


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