今年の日本進化学会は東大の駒場キャンパスで開かれた.8月に開かれるこの学会は(どこで開かれても)いつも結構暑いのだが,今年は9月下旬並という涼しい気象条件で大変快適である.いつも通り発表者の敬称,及び共同研究者のお名前は原則的に略させていただくこととする.
大会初日 (8月22日 金)
9時ちょうどに駒場に到着,登録手続きを済ませて,早速最初のシンポジウムに参加する.「協力の進化」シンポジウムも面白そうであったが,「ヒトの生活史」の方に参加.オーガナイザーは颯田葉子.
シンポジウム「ヒトの生活史」
最初の発表は長谷川眞理子の「ヒトの生活史とヒト固有の性質の進化」
これは大変興味深い内容だった.現在深く考えている仮説の筋道を説明してくれたもので,当然ながら裏付けデータをとるのはこれからだろうと思われるが,非常に面白かった.
ヒトとチンパンジーのクリティカルな違いはいろいろあるが,ヒト固有のいろいろな性質,特にいわゆる人間らしさの進化を考えるときに生活史が与えている影響は非常に大きいだろうというもの.
共同作業の基礎のなる認知能力の1つの例として3交関係の理解(gaze sharing joint attention)をあげ,チンパンジーにこのような能力があるかどうかについて,チンパンジー研究者はあるといっているが,少なくともそれをフルに使って社会生活はしていないことをちょっと説明.
そしてこのような能力が進化した背景として,子供を育てるのに非常に手がかかる生活史になっていることが重要だと指摘する.すなわちヒトはチンパンジーより離乳までの期間は短いが,独り立ちするまでが非常に長い.そしてその間子供は無力であり,ずーっと面倒を見なければならない.これは実は大変な負担であり,ペアレンティング,共同作業はすべてこのニーズに対応するためのものではないかという仮説だ.
そしてこの子育てをする動機付けのために感情も進化する.あんなややこしい子育て(離乳期の特別食,おんぶ,だっこ,つれて歩く,指図,教示,注意その他諸々)は「可愛い」と思っていなければとてもできるものではない.だから親と子の絆形成,親子間の深い愛情,その裏返しの憎しみ,悲しみが進化しただろう.(チンパンジーはもっと個人主義だ)
よく議論されている女性が閉経後も長く生きることについて
これはおばあちゃん仮説で説明できるとする.特に狩猟採集民の研究データからは閉経後の女性はきわめて強いことが知られており(握力のデータ)何らかの適応である可能性が高いと示唆している.
父の子育てはnever reliableだが母にとっては重要なオプション.子育てを助けてもらうからこその男女の絆形成だと考えるべきで,女性による男性の選別基準は決してGood Geneなどではないだろう.子育てのコミットメントは10年,20年にわたる長期のもので,たまたまそこで発情してむらむらとしたからといって選んで良いはずがない.だから発情はオスにも自分にも隠すべきであり,こうして排卵期の隠蔽が進化したのではないか.また父の子育ては,直接的な世話から,敵からの防衛,食べ物等のリソース供与,教育など様々で非常に重要だ.これに比べるとよい遺伝子は分散も低く,重要性が低いだろう.逆に父親の世話は非常に分散が大きい.これは文化差も大きい
こういう観点から考えると,発表者としては,ソーンヒルやバスの「男性顔」の魅力とテストステロンとよい遺伝子を結びつけようとするリサーチには批判的だ.そもそも「よい遺伝子」仮説は父親の世話のない種でもメスによる配偶者選択が見られることを何とか説明しようとした仮説であって,父親の世話があってそちらの方が重要であれば不要ではないだろうか.
そして女性が閉経後も長く生き,健康で強いということが,(女性の年齢が一見してわからない先史時代では)男性に対しては繁殖可能な女性を見分ける方向に強い淘汰圧をかけ,若い女性への好みを進化させただろう.そして女性はそれに対抗して若さを宣伝するようになったのだろう.だからヒトでは配偶者選択の広告宣伝をメス側も行うのだ.
検証データはこれからの仮説と言うことだが,生活史から,共同作業,女性の閉経,親子・夫婦の絆形成,排卵隠蔽,男性の配偶者選択の好み,女性の広告まで説明しようという野心的なお話だった.そもそもなぜそういう生活史になったのかということについては脳の増大ということをあげているが,このあたりはなかなか難しそうだ.そもそもヒトの脳の増大や二足歩行についてはどれが原因でどれが結果が微妙ないろいろな事象が複雑に絡んでいるようなので,どれが原因でどれが結果を明瞭に示すのは難しいだろう.しかしこの考え方だといったん生活史に結節点ができそうで興味深い.
次は東京都老人研の鈴木隆雄による「ヒトの生活史におけるビタミンD」
老人の虚弱化の予防という視点からの発表.サルコペニア(筋肉の減少)骨粗鬆症のデータとビタミンDのデータから見ると,ビタミンDは筋肉量にも効いている可能性がある.日本人女性の場合,40歳以上においてビタミンDをより摂取,(日光に当たり)生産することにより転倒リスクを軽減できるのではないかというもの.発表前半のくる病のスライドが結構な迫力であった.
3番目は浜田穣による「ヒトの成長・加齢パターンの進化」
最初にヒトの生活史の特徴を列挙してチンパンジーとの差を示す.女性の閉経後が焦点になる.ここで雄のマンドリルの生涯繁殖成功カーブが示されていて犬歯が大きくなると繁殖成功が増え,折れて短くなると成功しなくなるデータが面白かった.
発表者はこのヒトの閉経後の長さについてエネルギーと時間の最適化から説明しようとして,仮説を組み立てていた.ヒトは共同作業により質の高いエネルギーの獲得が可能になったので,もっとも高品質の子供を残せる短い時間にのみ繁殖するようになったのではないかという仮説のようだった.
しぶとく繁殖を続けるよりも打ち切った方が得になるという部分は説明が無く,私的にはよくわからない議論だった.
最後は尾本恵市による「ネオテニー仮説の再検討」
アシュレイ,モンターニュのヒトのネオテニー仮説,グールドの幼形成熟と過形成,幼形生殖の区別などをふまえてヒトのネオテニーについてもう一度よく考えてみようという発表.大家の悠然として講演で,今後はゲノム的な知識からの光が当たるだろうと締めていた.
午前中はここまで,本日は金曜日ということもあり,学食を始めすべての施設が開いている.最近移設された駒場の生協や学食の設備はなかなかおしゃれだ.独法化の影響だろうか,イタリアントマトが学食のとなりに併設されているのも時代を感じさせる.午後はまず口頭発表の「疫学.共進化」セッションの前半部分と「動態と行動」ワークショップを聞いてみることにした.
口頭発表「疫学と共進化」
最初は蘇知慧による「イチジク属送粉コバチの宿主転換の可能性について」
イチジク属とコバチの送粉共生系はよく知られているが全世界には750種もあるそうだ.これらは宿主転換するのか,それとも同じように系統分岐しているのか,日本とメキシコのイチジク・イチジクコバチについて系統解析してみたもの.
結果は日本のものは同じ系統樹になり宿主転換していなかったが,メキシコのものは宿主転換が見られた.発表者はコバチのイチジク認識機構のうち花の形状に注目して解析.花柱の長さ・ハチの産卵管の長さと受粉効率を調べ,日本のイチジクは雌雄異株で花柱の長さの差がはっきりしているのに対し,メキシコのイチジクは雌雄同株なため花柱の長さにバリエーションがあり,よりコバチを柔軟に受け入れられるのだろうと推測していた.
Q&Aで産卵管の長いコバチはジェネラリストになれるのではという質問があって,花の形状以外の認識機構があるのでそうはならないと回答していたが,素朴な疑問としてはハチから考えると産卵管は長い方が有利そうで,何がトレードオフになっているのか気になった.単に長いと作るのにコストがかかったり損傷しやすいということなのだろうか.
2番目は井磧直行による「数理モデルによるマツノザイセンチュウ病の流行解析」
日本ではカミキリムシの媒介によるマツノザイセンチュウによる松枯れが問題になっている.本発表は抵抗性の松を植樹する場合の問題点を数理解析したもの.センチュウ側に毒性タイプが多様にあるとして,抵抗性のない松の樹の中では毒性の強いセンチュウはそのコストにより不利になるが,抵抗性の高い松の樹の中では有利になる関係があるとする.当然ながら抵抗性のある松を多く植えるほどセンチュウの毒性は高く進化するのだが,数理解析すると相転移する部分があり,この部分を越えると毒性が急速に進化することがわかった.だから抵抗性のある松は一定割合以下にした方が良いというもの.
3番目は真田幸代による「細胞内共生細菌スピロプラズマによるヒメトビウンカの性比偏向」
イネにつくウンカはボルバキア感染しているが性比偏向はしない.しかし台湾では性比偏向していて,これがボルバキアとスピロプラズマの2重感染が原因だという報告.
4番目は土田努による「昆虫の植物適応を変化させる共生細菌の生理機構の解析」
エンドウヒゲナガアブラムシは,ブフネラに加え,レジエラに感染することでシロツメグサへの適応が改善されることの報告.必須アミノ酸合成に関連しているらしい.
聞いていた感想としては,感染したことで改善したのか,感染したために必須アミノ酸の合成が不要になり,その能力が失われたのかがよくわからなかった.何となく後者ではないかという感じもする.
5番目は山内淳による「ミトコンドリアかボルバキアか:細胞内共生体の2つの戦略の進化」
ミトコンドリアとボルバキア,リケッチアは近縁であることが知られている.片方は相利共生系としてゲノムサイズまで小さくなっているのに対し,片方は宿主操作を行う場合もあるようだ.このような進化についてゲノムサイズが小さい方が複製には有利だが大きいと宿主操作により性比を偏向させられるとしてモデル化したもの.
基本は細胞質経由で宿主の次世代に入り込むが,確率pで父親からも感染できるとしてモデルを組み立てた.その結果.通常はミトコンドリア的な進化が均衡解になるが,いったん均衡状態になったあとに入ってきた寄生体は性比操作側に進化できる(履歴効果がある)ことがわかったというもの.
6番目は細川貴弘による「トコジラミとボルバキアの相利共生」
通常は節足動物に寄生するボルバキアは性比操作をするなど寄生的だが,トコジラミでは相利共生系を作っていて,相利共生菌を住まわせるための菌細胞に偏在していることの報告.ビタミンBなどの必須栄養素の生産に関係しているらしい.トコジラミの培養装置がなかなか面白かった.
7番目は深津武馬による「吸血性昆虫類の内部共生細菌:多様性,起源,平行進化」
吸血のみを食物とする様々な昆虫が存在するが,吸血という生活様式ではビタミンB類が不足しがちであり,これらは皆その生産に関連した共生細菌を持っている.系統解析したところ起源はばらばらで,独立して何度も進化し,平行進化したものだと考えられるという発表.
クモバエ,シラミハエなどあまりなじみのない昆虫類のスライドが興味深かった.
8番目は中林潤による「gene-for-gene宿主病原体間相互作用に基づくイネいもち病菌レース長期変動予測モデル」
イネといもち病菌はgene-for-geneの防御,対抗進化モデルが妥当すると考えられている.稲の品種とそれに感染可能な菌レースの長期的な変動モデルを作り,過去データからパラメーターを推定したもの.
ここでワークショップに移動.
ワークショップ「個体群動態と行動生態の相互作用がもたらす適応進化」
最初にワークショップの趣旨説明があり,行動生態は通常遺伝子の頻度を考えることによっているが,それは当然個体群内の状況により影響を受ける可能性がある.するとこの2つを組み合わせたダイナミズムを考えなければならないはずだという問題意識が提示される.これはハミルトンが赤の女王仮説を説明しようとしたときに,寄生体と宿主のダイナミズムを遺伝子頻度変化とともに解析しなければならなくなったのと同じ問題意識だ.ハミルトンの場合はカオス型になりシミュレート解析に道を見いだしたが,それ以外にどのような問題があるのだろうか.楽しみだ.
最初は長谷川英祐による「なぜみんなが働かないのか?アリの社会における無駄の意味」
ネットなどでよく,「アリの社会は常に一定の比率のアリが怠けていて,それは働いていたアリだけを集めてきても,怠けていたアリだけを集めてきてもやはり同じ比率のアリは怠けるのだ」などという言説があるが,実は誰もそれをきちんと調べた人はいないというつかみから始まって研究が発表された.
これまでアリはあるコロニーの個体のうち70%が働いていないことが知られていた(まったく動かないが典型的).通常これは「反応閾値モデル」で説明されていて,このモデルによると働くという反応を起こすための刺激の閾値は個体による異なっている.このためまず閾値の低いアリが働き始め,それが刺激が上昇するのを妨げるために閾値が高いアリは怠けることになると説明される.この説明が正しければ働くアリだけを集めても怠けるアリだけを集めても,変異が残っている限りはやはり一部のアリしか働かないことになる.
そして実際にやってみた.アリを個体識別してその労働頻度を1ヶ月間観察してデータをとる.発表はなかなか細かくて,そもそも働くアリは何らかの要因で決まっているのかどうかをテストしている.年齢,卵巣の発達具合などには相関が無く大きさには若干の相関が見られたそうだ.
そしてより働いたアリ20匹20コロニー.怠けたアリ20匹20コロニーを選別して,選別前,選別後の労働頻度を(またもデータをとって!)回帰させる.
さらに,もしランダムであればより働いたアリは次の期間ではそれほど働かなくなることが予想される(平均への回帰)ために当初のデータ採取期間の前半と後半でいったん回帰をとってその回帰直線と比較する.結果,働いたアリは選抜後働く頻度が下がり,怠けていたアリは働く頻度が増加した.これは反応閾値モデルが正しいことを示唆している.
(もっとも大きさと働く頻度が相関していることからもわかるように,働いたアリコロニーと怠けたアリコロニーを比較すると働いたアリコロニーのほうがより働くようだ.その点ではネット言説は都市伝説であり,正しくないと言うことになるだろう)
ではなぜそのような閾値特性が進化しているのか.アリが疲労するという前提を置いて,一様な閾値特性と分布型の閾値特性を持つコロニーの生産性を比較するとコロニー密度と,仕事の頻度のパラメータによって分布型閾値特性の方が生産性が上がることを確かめた.これによって一定の条件下でこのような閾値特性が進化しうると結論づけている.
発表内容も面白かったが,何より(説明は淡々となされたが)アリの個体識別と労働頻度のデータ取りは実は大変な作業ではなかったのだろうか.行動生態の研究はなかなか大変だ.
2番目は富樫辰也による「配偶子の行動と異型性の進化」
配偶子が精子と卵子という大きさの異なる2型に進化した理由については3つほど提唱されていてまだ定説はないそうだ.メイナード=スミスの本に理論分析が示されていてすっかり解決済みと思っていたのでこれはちょっと驚き.
まずパーカー,ベーカー,スミスらによる配偶子の接合効率と,接合子の生き残り確率のトレードオフから2型に進化するというPBS説,次にレビタスによる精子不足状況に対する適応だという説.最後にコスミデスとトゥービイらによる有害細胞内オルガネラのブロックのためというコンフリクト説だそうだ.うちに帰ってメイナード=スミス本をもう一度確認してみたら,この本で解説されているのはPBS説をゲーム的に解析したもののようだ.
さてこの発表では緑藻類にある少しだけ大きさの異なった配偶子の2型を具体的に説明するモデルを説明していた.この緑藻の場合にはコンフリクト説や精子不足説は状況的に妥当しそうもないのでPBS説だけが残る.PBS説をモデル化し,粘性,スピード,接合子の大きさと生存率の過程などを入れ込むと大きさの比率が1.2程度のサドル解が見つかりうまく説明できるというもの.説明が難しそうなちょっと異なる異型性をうまく説明できるということで興味深い.
モデルの前提やパラメータをいじると同型接合や極端な異型接合解が出てくるのだろうと思われるが,どう変えると極端な異型性になるのかについてはこの発表ではよくわからなかった.メイナード=スミス本をよく見ると可能な限り最小の配偶子サイズと接合子の大きさに対する生存確率の関数の形状が非常に重要だということがわかる.このあたりも合わせて解説してもらえるとより興味深い発表だっただろうと思われる.
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3番目は吉村仁による「オスとメスの出会いから見た進化」
発表者はちょっと前に「素数ゼミ」の本を出していて,その本「素数ゼミの秘密に迫る!」も紹介していた.
17年と13年だけ大発生?素数ゼミの秘密に迫る! (サイエンス・アイ新書 72)
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発表はこれまでの性淘汰等を解析する行動生態の手法は無限個体群を前提として頻度を使った分析であるが,個体が非常に低頻度で分布すれば,そもそもオスとメスが出会えるかどうかということが重要になるのではないかという問題意識からのもの.
提示されたのは2つの分析で,まず平地にいるチョウが出会い確率を高めるために行動するとして,オス,メスがそれぞれ逐次的に行動.少し高いところに登ると見晴らしがよくて出会いやすいという条件を加えると次々と高いところに登って山頂に集まるというモデル.
2番目に格子型モデルでオス,メスの出会い最適化を条件にシミュレートして,死亡率をオスがやや高いと設定すると少しオスに偏った性比が実現するというもの.
発表者はこれらを例にして,ESSがすべてではないと力説.素数ゼミの論文がネイチャーからもサイエンスからも「ESSではない」としてリジェクトされたことを批判していた.「素数ゼミの秘密に迫る!」のなかで冒頭に「この本は実は,アメリカン・ナチュラリストという世界でトップの学術雑誌に載った私の論文(実はSF)を紹介したものです」というエキセントリックな一文があって印象に残っていたのだが,なるほどと背景がわかったような気がした.
もっともこの発表自体にESSが成り立たない例があるとは思えない.最初のチョウの出会いの例はまさにより交尾確率が上がる行動のESSと表現できるだろうし,性比の話は,よくわからない部分もあるが,現在のいろいろな生物のわずかにオスに偏った性比の説明について,ESSよりも出会い確率の方が成功しているとはまったく示せてはいないのではないかと思う.
逆に死亡率が極端に異なる生物でもほぼ1:1の性比になっていることからESSの説明は非常にロバストであると思われるし,出会い確率が繁殖成功に大きく影響するほどオスメスが出会いにくい生物もまれではないだろうか.それより何より,仮に出会い確率上死亡率からESS性比よりオスの性比が少し高い方が(そのオスにとって,あるいは集団にとって)良いとして,なぜ親はESSではない,自分にとって不利になるそのような産み分け性比を進化させるのだろうか.この部分を説明できなければまったくナンセンスのように思われる.(それとも親にとってもオスに傾けた方が有利になるという趣旨だろうか,であればそれはESS性比そのものになり,ESSとして表現できるはずである.)
4番目の発表は浅見崇比呂による「同時雌雄同体の種間対称な交尾前隔離と種間非対称な交尾中隔離」
日本語の学術的な表現能力の限界を思わせるタイトルだが,雑種による稔性の低下がどちらの親種がオスだったかによって異なる場合に生じる現象を扱ったもの.両親種をA,Bとしたときに,Aがオスの時の方が稔性が低下するとすればミトコンドリアの分子マーカーはAからBに浸透しているはずである.
ところが雌雄同体のマイマイの間で逆にマーカーが浸透している現象が発見された.
調べてみると片方が途中で自分の精子を与えるのを止めている現象が原因であるようだった.これは交尾中隔離と呼べるだろうという趣旨.また地理分布的,系統解析的な分析からは,一度だけまれな逆方向で浸透したマーカーが広範囲に拡散していると思われるということだった.
最後は小林和也による「絶滅するESS性比」
有性生殖種で繁殖率が2未満であれば,その生物は性比をメスに傾けない限り絶滅する.通常ESS性比は1なので絶滅することになる.ここで環状になった特殊なサブポピュレーションモデルでパラメーターをうまく調節すると,メスに偏った非ESS性比個体が拡散するあとをESS個体による絶滅が回り,絶滅後に非ESS個体が侵入し続ける系を描くことができるというもの.
会場からもコメントが出ていたが,モデルに構造をいれて利他性が進化しうるというケースの特殊なものの1つであり,かなり非現実的なモデルという印象.普通に繁殖率が2未満なら絶滅だろうということで良いのではないだろうか.何とかして存続させたいということでも,無理して性比をいじる個体による集団の維持を考えるより,繁殖率が2以上になる強い淘汰圧からなにがしかの進化を期待するのが筋ではないだろうかという素朴な印象だった.
ワークショップはここまで.実際にはあまり個体群動態と行動生態を統合したモデルは見られなかったように思う.(厳密には最後の発表はそう評価できるかもしれないが)
さてここからはポスター発表.会場では軽食も出て和やかな雰囲気だった.印象に残ったものをいくつかあげておこう.
木村幹子ほか「戻し交配で戻らない アイナメ族の種間交雑におけるHybridogenesis」
カダヤシ,ヨーロッパトノサマガエル,ナナフシに続く4番目のHybridogenesisの例の発見.アイナメ族は種間雑種が多く見られるのにもかかわらず遺伝子の種間浸透がないことから,1つづつ仮説をつぶしていって発見したもの.ちょっとトリヴァースのGenes in Conflictを思い出した.
後藤龍太郎ほか「絶対相粉共生系の進化的安定性:ハナホソガによる種子過剰摂取に対するカンコノキの制裁」
確かに過剰に卵を産むほど種子を作らずに子房ごと落ちてしまうという現象の証拠をうまく集めていた.理論的にはあるはずだという現象がきちんと見つかるのはやはり感動的.
植松圭吾ほか「社会性アブラムシにおける繁殖終了後の利他行動」
兵隊アブラムシのいない種において繁殖終了後の個体による警戒行動などの利他的な行動が観察されたというもの.アブラムシはクローンのみで集団を作ることから血縁淘汰理論からはもっと多く利他行動が見つかっても不思議はない生物だ.兵隊アブラムシはいないが,ゴールで生活し,他クローン集団が混入しにくいことが効いているのではないかとの発表者のコメント.排卵数も近縁種に比べ抑えめだとのことで.もしかしたらこれも利他行為と評価できるのかもしれない.アブラムシのクローン集団はまだまだ面白い発見があるのかもしれない.
小見山智義ほか「キンギョの進化的起源」
キンギョの品種を系統解析したもの.キンギョはかなり古く家畜化されており,一気に品種が放散したのではなく,まず和金の形態と流金のような曲がった形態とに大きく分岐し,その後背びれの喪失という大きな分岐があるという内容だった.昔ちょっと飼っていたこともあり興味深かった.発表者がいなくて聞けなかったのが残念だったがキンギョにおいては異品種の交配ということはあまり多くないのだろうか.少なくともその2事象に関してはないということなのかもしれない.
ということで大会初日の夜は更けていくのであった(この項続く)