「Missing the Revolution」 第2章 フェミニズムと進化心理学 その1

Missing The Revolution: Darwinism For Social Scientists

Missing The Revolution: Darwinism For Social Scientists

  • 発売日: 2005/12/01
  • メディア: ハードカバー


さて第2章はアン・キャンベルによるフェミニズムの章だ.アン・キャンベルは進化心理学的に女性の犯罪傾向を含む心理について考察した本を書いていて,フェミニズムを語らせるにはうってつけの人選だろう.
前回も書いたが,フェミニズムはポストモダニズムと並んで進化生物学者からは評判の悪い議論だ.事実を説明するより女性の地位向上という政治的なアジェンダが先にたつので価値中立を目指す科学者から評判が悪いのは当然といえば当然だが,さてどう裁いてくれるだろうか.


キャンベルはフェミニズムを「社会運動」と定義して,進化心理学者は敵であると認識されているという.そしてフェミニズムを3つの派(社会構築派,環境リベラル派,進化心理リベラル派)に分けて,最初の2派について個別に議論していく.(最後の進化心理リベラルというのは,キャンベル自身を含む「進化心理学は女性の抑圧の問題にとって有用なものだ」という立場を指している.ディックマン,ジョリー,ハーディ,ゴワティ,スマッツ,ウィルソン&デイリー達がこの立場に立って議論に参加しているということだ.女性の抑圧を問題にするのはアメリカでは「保守」ではあり得ず,「リベラル」ということになるのだろう)



<社会構築派>
社会構築派の主張を分析すると,生物学的な因果,科学の価値を否定することが浮かび上がる.この派を特徴付けるのは「関係,政治,方法」の3つだという.


関係としては,まずリサーチャーと対象(女性)の壁をなくすことにこだわる.そして女性の性質としての連結性を評価し,共感することをリサーチの利点とする.男性の分離的な関係を否定し,このような男性心理を「分離的な関係は自由を失うことへの恐怖から来る病理的なものだ」と位置づけるのだそうだ.どのような理由や証拠に基づいてそう断言するのかは書いてくれていないが,ちょっとついて行けない感じだ.


活動目的は女性の生活の向上という点で明快であり,政治的実情に無関心な心理学はフェミニズムと相容れないものだと決めつけ,極端な場合には心理学を否定するそうだ.学問ではなく政治運動ということであれば,それは理解できる.目的のためにはすべては手段になるわけなのだろう.


方法論としてはポストモダニズム的な真理の否定.大きな理論による問題の解決の否定であり,言説はツールということになる.リサーチの評価は,自分の価値観がいかに現れているか,政治的な影響力があるか,女性の経験に共鳴するか,によってなされる.これも政治運動としては理解できるものだ.


キャンベルは例を挙げている.父権主義的な社会をどう取り扱うか.
この派の考え方によると「ジェンダーは社会構築されたもの.そして主観的なジェンダーが再生産される.言説がその差を作る.」そしてこの言説を分析する,その言説の真偽は問わないということになる.


キャンベルは,しかし真偽こそ問われるべきだと主張する.「男性の性欲は強いのかどうか」強いのならそういう言説が広がって何の不思議もない.「女性は淫乱だといわれるとコストがかかるのか」かかるならそれを気にするのは当然だ.そしてその真偽を問わないなら「言説」は単なる会話と変わらないという.
私にとってフェミニズムがよくわからないのはこの辺からだ.政治運動だということはわかる.しかしだったら分析するのは,どのような手段で政治目的が達成できるかということではないのか?なぜ父権社会が社会的に構築されたと決めつけてそれを内容の真偽を無視して分析するのだろう.キャンベルはさらに「真偽を問わない」という手法はかえってフェミニズムの政治的な影響力にとってマイナスに働いているのではないかと示唆する.


もっともほとんどのフェミニストはそこまで極端ではないそうだ.要するにすべての科学的な因果を認めないわけではなく,物理的な因果,生物学的な因果のうち,病原体や免疫に関するものは認める.脳の領域特殊性なども認める.懐疑は精神,心について,そして社会についてから始まるというわけだ.ここでキャンベルは「心についての事実も都合の良いものは認め(女性の実存主義への不満足など),都合の悪いもの(性差の実在)などはそれを見いだした方法がエセだと主張して認めない.」とちょっと皮肉っている.


真偽を問題にしないことに関連して,社会構築派は,都合の悪いことに関する一般的な言説がなぜ流布しているのかを問題にしたがらないそうだ.要するにそもそも社会構築派は「原因」について考えたくないということらしい.その理論は「宣言」のようなものであり.「そもそもなぜ男が女を抑圧しようとするのか」については問題にしない.どのようにして抑圧するのかだけを問題にする.
このあたりもよくわからないところだ.女性への抑圧を取り除く政治運動であれば,どのようにすればそれが達成できるかを知りたいはずであり,それには「原因」がわかった方が対処しやすいのではないだろうか.


では進化心理学では父権主義はどう説明されることになるのか,キャンベルによると父権主義は以下のように説明できる.

オスがメスを抑圧する理由については,それによって繁殖成功が得られるという要因から考察することができる.
オスとメスの間には性差がある.これは配偶子の大きさ,さらに子供に対する投資から生じる.ヒトでは幼児への投資が大きく,母親だけでなく父親も投資する.そしてオスのメスに対するコントロールがオスの繁殖成功への要因として大きくなる.
祖先環境では女性はカロリーの多くを自ら採集しており,リソース的に独立していた.しかし農業が社会構造を変えた.男性は資源を持ち,女性をコントロールしやすくなった.これが服装制限,外出制限,女性割礼などに現れる.さらに女性の浮気の刑罰化,男性間の格差拡大,女性間の連帯の価値減少が生じ,女性の親族にとっても女性をコントロールする方が利益を得られるようになった.そしてコントロールのための暴力は容認される傾向が生じた.

要するに生物学的なオスの反応が農業文明により強化されているというとらえ方だ.この考え方からは資本主義は父権主義の原因ではない,男性間の格差がポイントになる.


キャンベルは社会構築派のアジェンダは「1.言語による構築物であるところの現実の解釈に関心がある.2.これらの記号が社会的にどう戦略として使われているか.」というところにあり,性差の生じる文化的なプロセスにのみ関心があるのだとまとめている.
これに対し進化心理学はヒトの行動が文化がなければ完全には説明できないことを認めている.文化は共有知識ということになる.そしてこのような知識の進化伝達,社会学習能力自体進化による適応.他人の信念と意図を理解する「心の理論」,知性とは独立したヒトのユニバーサルな適応産物としてのモジュール,さらに操作とだましの問題が進化学者の関心の範囲ということになる.


キャンベルによると社会構築派も言語による操作の問題には関心があることになる.しかしキャンベルにいわせれば「嘘」「操作」を扱うには真理のアンカーが必要ではないかということになる.また社会構築派は心理的には分析したがらない,(社会構築派は話し手の内部モデルを否定しているので,操作を議論しても操作者の意図を議論できない)超個体としての社会を分析するばかりで,個体としてのヒトを分析しないと批判している.


真偽を問題にせず,原因に関心がないという政治運動を自然科学の土俵で考えてもしょうがないだろうなあと言うのが私の感想だ.しかし,政治運動でありながら,政策実現のために直接役立つかどうかを離れて文化的なプロセス分析に精を出すという極端社会構築派はやはり謎だ.恐らくそれは非常に極端な主張のエッセンスであり,個人個人はそういう認識はないのだろう.それともわかっていながらもフェミニストのインナーサークルではそう振る舞うことが社会的に合理的なのだろうか.




関連書籍


アン・キャンベルの本.
女性の様々な心理傾向を考察し,犯罪傾向についても分析している本だ.未読.

A Mind of Her Own: The Evolutionary Psychology of Women

A Mind of Her Own: The Evolutionary Psychology of Women

  • 作者:Campbell, Anne
  • 発売日: 2002/04/11
  • メディア: ハードカバー




本書で紹介されている「進化心理リベラル」による著書・論文など



Human Nature: A Critical Reader

Human Nature: A Critical Reader

  • 発売日: 1996/10/10
  • メディア: ペーパーバック

入手はしたもののこれも未読.2段組でぎっしり論文が詰まっている.
ここにDickmann 1997, Parental confidence and dowry competition と Smuts 1995, The evolutional origins of patriarchy が収められている.



Mother Nature: A History of Mothers, Infants, and Natural Selection

Mother Nature: A History of Mothers, Infants, and Natural Selection

  • 作者:Hrdy, Sarah
  • 発売日: 1999/09/21
  • メディア: ハードカバー

これはハーディの有名な本

マザー・ネイチャー (上)

マザー・ネイチャー (上)

マザー・ネイチャー (下)

マザー・ネイチャー (下)

邦訳




Lucy’s Legacy: Sex and Intelligence in Human Evolution

Lucy’s Legacy: Sex and Intelligence in Human Evolution

  • 作者:Jolly, Alison
  • 発売日: 1999/11/29
  • メディア: ハードカバー

Feminism and Evolutionary Biology: "Boundaries, Intersections And Frontiers"

Feminism and Evolutionary Biology: "Boundaries, Intersections And Frontiers"

このモニュメント的論文集にWilson & Daly 1992, The man who mistook his wife for a chattel が収められている.