- 作者: Martin A. Nowak,中岡慎治,巌佐庸,竹内康博,佐藤一憲
- 出版社/メーカー: 共立出版
- 発売日: 2008/02/20
- メディア: 単行本
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本書はMartin Nowakによる進化現象を説明する数理方法に焦点を絞った本であり,原題は「Evolutionary Dynamics」.Nowakは進化ゲームの数理解析などで有名な数理生物学者.本書は昨年の初めに出版されていたもので,私自身は巌佐先生の「生命の数理」を読んだ勢いでこの本にも突入したものだ.
本書の構成は,まず前半で基本になる現象とそれを解明する方程式を解説し,後半で具体的な解析例としてHIV,毒性の進化,ガンの進行,言語を取り上げている.
前半の解説は基本となる方程式が非常にエレガントに一般化されていて,その背後にある共通の「進化」現象の奥にある数理メカニズムが浮かび上がってくるようになっている.これは非常に見事な現れ方になっていて読んでいて理解が深まるのが快感に感じられる.
具体的には進化の基本方程式は次のようになる.
ここでは集団全体の平均適応度を表している.
これは相対的に適応度の高いものがより増えるということを簡潔に記載している.
そしてそれが一定確率でiからjに変異するとするなら擬種(quasispecies)の方程式となる.
これにより適応地形に対してどう反応するのかが理解できるようになる.進化は適応地形に関して高い平衡分布を持つように動く(最高点が鋭い傾斜を持つなら必ずしも最高点にとどまるとは限らない)し,またエラーには閾値があることが理解できる.
またあるタイプの適応度が集団の各タイプの分布状況によって異なる場合(つまり頻度依存する場合)には方程式は以下のようになる.これは進化ゲームのレプリケータ方程式と呼ばれるものだ.
ここではESSとナッシュ均衡の関係が整理されて語られ,またこの方程式がロトカ=ヴォルテラ方程式と同値であることも示される.進化ゲームのところでは,当然ながら繰り返し囚人ジレンマゲームについて深く解説され,本書では特にエラーがある場合のダイナミクスが取り上げられている.エラーがある場合TFT同士の利得はランダム戦略のそれに近づき,ESSどころか有力な戦略ですらなくなる.相手の行動,自分の行動を1手前までのみ覚えられるという制限下ではWSLSという戦略が(直感に反して)有利になる状況を解説している.(これは最初は協力,次からは相手が協力なら自分の手を変えずに,相手が裏切りなら自分の手を変えるというもの,ALLDに対して一回おきに協力してしまうため成功しそうもないように思われるが,実はあるパラメーター下では非常に有力になる)細かな具体例を解説することで,このダイナミクスが非常に複雑で面白いことがわかる.
次に有限集団の場合が考察される.この場合には浮動と固定確率が重要になってくる.
固定確率は以下の式で与えられる.
そして木村資生の中立説もここから解説される.さらに有限集団における進化ゲームの解析に進み,無限集団とはESSの条件が異なってくること,そして興味深い1/3法則が説明される.このあたりは有限になったとたんにダイナミクスがどのように変わるかが示されて大変興味深い.
理論編の最後は進化グラフと空間ゲームだ.これはまさに今後の興味深い発展が期待されるエリアであり,理論の初歩が解説されている.簡単な利他性進化の解析,囚人ジレンマゲームを空間の近隣個体とだけゲームをする場合の広域的な戦略の動きなどが示されている.
応用編ではまずHIVがどうして非常に長期の潜伏期を経て少しずつ免疫が弱まり最後にAIDSを発症させるのかについての理論的なモデルが解説されている.患者体内でのウィルスの挙動を進化過程と捉え,特異的免疫と交差反応からの仮説を数理的にモデル化してうまく説明できるもので,この様な解析手法の成功事例なのだろう.
毒性の進化については,すべての寄生者が進化とともに弱毒化するわけではないということを説明するモデルが検討されている.これまで私が見てきた進化的な解説では,寄生者の目から見て毒性を強めた方が利益があるかどうかという視点のみから解説されるものが多いのだが,本書ではそれを数理的に定式化して,毒性と感染力の関数型の議論として整理し,さらに重複感染の有無による違いなども考察されている.
発ガン過程も詳しく検討されていて,抑制遺伝子の点突然変異と,染色体不安定(CIN)のメカニズムのどちらが重要かということを解説している.結論は大まかにいってどちらかが明らかに重要だということはないということだが,その解析の難しさと複雑さは大変印象的だ.
最後に言語進化が取り上げられているところが本書のユニークなところだ.まず言語,文法を数理的に定義して,チョムスキーが言う普遍文法は存在しているはずだという結論を説明しているが,その説明様式はいかにも数理的で強力でケーキを日本刀で切るような面白さがある.
また複数の文法間の淘汰という観点で言語進化を取り上げたところでは,理論編の擬種の方程式と進化ゲームの方程式を組み合わせたレプリケータ・ミューテータ方程式で議論しており,なかなか興味深い定式化だ.具体的な言語進化へのあてはめはまだまだ先の話という感じだが,原理的に大変強力なことはよくわかるので今後の進展が楽しみだ.なおこのレプリケータ・ミューテータ方程式は以下の形になる.
全体を通して,要するに集団の中にあるタイプがあってそれが変異したり相互作用したりして適応価が定まり,増えたり減ったりするものは共通の枠組みで解析できるのだということが明瞭に示されている.さすがにこの分野の第一人者であるNowakの手になるだけあって,本書は非常に美しい定式化と一般化による骨組みの提示,さらに成功した具体的解析,今後の興味深いエリアの提示と並んでおり,力のこもった一冊である.読後感は充実の一言であった.
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