「Kluge」第8章 真の知恵

Kluge: The Haphazard Construction of the Human Mind

Kluge: The Haphazard Construction of the Human Mind


さて本書もこれが最終章だ.まとめということになる.

ヒトの知的能力は前例のない素晴らしいものだがいくつかバグがある.並べると,関心バイアス,心の汚染,アンカーリングフレーミング,不適切な自己コントロール,反芻サイクル,焦点幻想,動機による理由付け,間違った記憶,さらに心ここにあらずという状況になること,曖昧な言語,精神障害になりやすいことがある,ということになる.

マーカスは本書で行ってきた議論を,現代と異なる環境で形作られた祖先システムの上に乗っかったオーバーレイシステムの不完全さだとまとめている.
私も,本書を読みながら,その議論の詰めの甘さについては批判的だったが,この2つのシステムの統合が進化適応地形上の問題で最適になっていないという議論は,十分その可能性があるもので一定の説得力があると思う.


そしてこれらはグールドの言う歴史的痕跡やダーウィンの頃からある痕跡器官と同じものであり,それが「心」にあるのだと主張している.
マーカスは続いて,これらのことを認めた上で,現代生活をおくる上でのハウツーを13提案している.

1.可能な限り代替仮説を検討しよう.
証拠を解釈する時にはいろいろ考えるようにしよう.反対に考えたり,望ましくないシナリオを検討してみるのは役に立つだろう.


2.フレームを変えてみよう.
問題を捉える別の見方を探るのだ.


3.相関と因果を区別せよ


4.サンプルサイズを常に考えよう
少ない例から結論を出すべきではない.最近10試合の打率.今日のストックマーケットの上昇は単にランダムなずれかもしれないのだ.


5.自分自身の衝動,プリコミットを予測せよ.
柱に自分を縛り付けたオデュッセウスを見習おう.おなかがすいているときに食料品店に行かない.クリスマス貯金クラブにはいるなど.


6.ただ目的を作るだけでなく,コンティンジェンシープランも作ろう.
ただ「痩せよう」というのでも「6ポンド痩せよう」というのでもうまくいかない.「フレンチフライを見たら避けよう」などの条件と行動パターンのプランが有効だ.
このような具体的なやり方により祖先システムでも理解できる行動となる.


7.疲れたりほかのことが気になるときに重要な決断をしない.
疲れているときに考えるのは飲酒運転と同じだ.より反射祖先システムに頼ってしまう.休息と集中が必要だ.


8.利益とコストを常に比較衡量しよう.
当たり前のようだが,これは普通ヒトが自然に考える方法ではない.通常どちらかだけを強調して考えてしまうのだ.
特に「機会コスト」には注意しよう.


9.自分の決断はチェックされると想像しよう.
あとで理由を説明しなければならないときはヒトはより合理的に決断する.目の絵が貼ってあるコーヒーマシンではよりただのみが減るのだ.


10.より遠くから自分を見よう.
今行おうとしている判断がより長期的ゴールに合うかどうかを将来の自分自身になったつもりで考えよう.


11.鮮明で個人的でアネクドータルなことに気をつけよう.
祖先型システムはどうしてもこのようなエピソードに重きを置いてしまう.


12.自分の状況を考えよう
最も重要なことについてもっとも注意して判断しよう.


13.合理的になろうと努めよう
そんなことはわかっているみたいに聞こえるかもしれないが,意識してそう努めることには意味がある.強い感情的な状況でも,「より合理的に考えよう」というアドバイスには効果がある.自分自身にそう言い聞かせることでこのリストにあるいろいろな方策が使えるようになる.


これらは反射システムをうまく出し抜いて,合理的な判断を行おうという方向だ.このような提案は,それがクリュージであっても,EEAの適応が現代に不適応だと言うことであってもどちらでも有効だろう.

そしてこれにはトレーニングが必要で,そういう視点から学校教育も考え直すべきだと主張している.確かに携帯デバイスでいつでもネットにアクセスできる今,些末な事項を暗記させるより,ヒトの心にはバグがあると教え,それを出し抜くためのより賢い消費者教育トレーニングの方が有効だろう.


マーカスは最後にこう言っている.

これらは心理学者がメタ認知と呼ぶものだ.なぜあることを知っているのかを知ることは世界の理解を深める上でとても重要なのだ.ヒトの心のユーザーズガイドを示すだけでも非常に有用だろう.
私たちは認知のバグを知り,それを乗り越えることをトレーニングできるのだ.そして私たちのうちにあるクリュージを出し抜くことができるのだ.


本書は全体としてちょっとずつ詰めが甘くて残念なところもあるのだが,読んでいて大変楽しい本であるのも間違いない.批判的なことを書き連ねているが,楽しんでいたことも確かである.ともあれ読了.