「Natural Security」 第4章 バクテリアから信念まで その1

Natural Security: A Darwinian Approach to a Dangerous World

Natural Security: A Darwinian Approach to a Dangerous World


第2部「生命史とセキュリティ」の第4章は Luis Villarreal による「From Bacteria to Belief: Immunity and Security」となっている.副題からみて免疫の防衛が主題のようだ.ヴィラリアルはウイルス学者で,ウィルスの進化,癌,AIDSなどがリサーチエリアのようだ.


まずセキュリティは免疫に似ていると示唆している.多細胞生物が内部の敵,外部の敵から自分たちの統合を守るというところが似ているというわけだ.
これらの起源は進化的に考えなければならない.自己認識と免疫は進化史ではバクテリアから始まる.そして高等な動物のグループにおけるグループID(絆や利他行動)にも見られるようになるのだ.メンバーIDはフェロモンのように化学的に認識されることもあるし,ヒトのように認知がベースになっているものもある.ヴィラリアルはこのような認知ベースの免疫(言語,概観,宗教などによる認識)を「信念」と呼んでいる.

要するにセキュリティは自己と同じグループメンバーを認識し,メンバーを助けて他者を抑えることを意味するのだ.そしてどうやって認識すべきかという問題が生じる.
この問題はセキュリティも免疫も共通だ.だから免疫を調べることによりセキュリティのヒントが得られると主張している.ヴィラリアルは,基本形は過去の脅威をおぼえて,それに反応することだという.


まず免疫は分散系で,自動システムだ.ここが普通のヒトの認識ベースのセキュリティと異なる.


また免疫は全体の利益のために個々が犠牲になるシステムになっている.この例としてT細胞や白血球が説明されている.ヴィラリアルはこのような免疫の利他的な性質は,包括適応度やゲーム理論的分析で説明できるだろうかと問いかける.
ヴィラリアルによれば,このような性質の進化は包括適応度のような理論だけでは説明できないという.ここで鍵になるのは,共存を選んだウィルスのような遺伝的パラサイトはホストのIDを書き換えるという性質を持つことだという.


まずバクテリアは毒/抗毒遺伝子ペアというグループIDシステムを持ち,メンバーに利益を,非メンバーに攻撃をしかける免疫を持っている.
あまりなじみのない用語だがヴィラリアルによると次のようなシステムのことらしい

2つのバクテリア株が隣接しているとして,片方の株が,ウィルスのようなファージを生産しても片方を攻撃する.しかしファージ生産株は攻撃されない.それはその株のバクテリアにあるファージ関連遺伝子に抗毒の免疫遺伝子があるからだ.
これらを毒/抗毒遺伝子ペアと呼んでいる.
この結果このようなバクテリアは自分たちは攻撃せずに別の株だけを攻撃できる.これらのファージはもともとパラサイト的なウィルスから進化したようだ.そして自己認識の仕組みとしてはDNAのメチル化を使っている.

これらのシステムはホストのゲノムの中のウィルスの様なものになる.毒/抗毒遺伝子ペアはホストの中のパラサイトを中毒状態を作ることにより安定化させる.中毒状態ではホストはパラサイトを失わないし,健康なままである.


中毒モジュールは自己破壊にも使える.自己破壊は単細胞では非ダーウィニアン的に聞こえる.しかしヴィラリアルは免疫作用を考えるとこれは生じうるのだと主張している.
P1がホストの中の中毒状態のファージだとする.ここでこのホスト細胞が,別のファージT4に感染した場合,T4の遺伝子によりP1の毒/抗毒遺伝子が破壊され,細胞の自己破壊が生じる.ということはある細胞がP1とともにある場合,T4の感染を引き金にアポトーシスが生じることになる.そして外形的には利他行動とよく似ているのだ.このグループIDはP1ファージにより移転することになる.


ここでの教訓をまとめると以下のようになる.

  1. 新しいウィルスを安定的に受け入れることが,中毒モジュールとして働くウィルスの毒/抗毒遺伝子により新しいグループIDを得ることになる.
  2. そのIDは,そのモジュールが破壊されたときに自己破壊が生じることにより示される.
  3. だから,共存に耐えること,グループID,グループの免疫はリンクしている.
  4. 血縁淘汰やゲーム理論はグループIDを説明するためには不要だ.
  5. 利他的な自己破壊はグループIDと中毒の直接の結果だ.


ここまでのヴィラリアルの説明はわかりにくい.ことさら血縁淘汰理論は不要だと主張している意図もよくわからないところだ.基本的には一冊の本になっているものを3ページに要約したようなことになっているのでやむを得ないのかもしれない.


考えてみると包括適応度は遺伝子同士の回帰があれば利他行動が進化しうるという主張であり,ここで取り上げているプログラム的かつ利他的な自殺は同じグループのバクテリア同士が単性生殖で突然変異をのぞいてクローンであれば十分に説明原理になるところだ.
直接のIDのキーが,自分たちが生産して同じIDを持つために共存可能になっているウィルス感染であるということだが,結局それをさかのぼるとクローンであるからだということではないだろうか.


このことが問題になるのは,冒頭で示唆しているIDの書き換えが生じたときだろう.確かに書き換え後にはもはや包括適応度は問題にならない.しかしどのようなウィルスに書き換えを許すのかの部分で結構関わってくるような気もするし,まったく別の株に寄生した場合にはそれは利他的なプログラム死というより単に寄生者による操作ということになるのではないだろうか.いずれにせよヴィラリアルは関連ない株のファージがホストIDを書き換えた場合の議論を本書では行っていないのでその主張の力点はよくわからない.これ以上は著書を読むしかないようだ.


関連書籍

Viruses and the Evolution of Life

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本書の関連部分についての本のようだ.