「Natural Security」 第4章 バクテリアから信念まで その3

Natural Security: A Darwinian Approach to a Dangerous World

Natural Security: A Darwinian Approach to a Dangerous World


セキュリティの教訓を進化の自然史に見てみようというヴィラリアルの第4章.
ヴィラリアルはバクテリアから脊椎動物までたどり着いたところで,ヒトについて考察する.


ヒト特有の認知ベースのIDは,ノンメンバーを認識し,利益/加罰システムを構成しているという枠組みで捉えることができると説明される.メンバーからの情報入力(視覚,聴覚情報や感情反応)は受け付け,ノンメンバーからのものには抵抗するというシステムだ.

言語はよくこの特性を示すという.異なる言語は理解できないし,母語はいったん獲得すると安定する.これが社会構造のIDとして用いられる.ヴィラリアルは言語は読み書き能力によってより深いIDシステムになっていると主張している.
また言語の中の「単語」の意味は安定して脳内に保存されている.このような脳内にある安定したものを「信念」とよび,「信念」は認知的IDの免疫ということになると説明している.ここはちょっと面白いとらえ方だ.ヴィラリアルによると,ヒトは単に正しいと思うから物事を信じるわけではなく,グループIDに結びついた非常に深い生物学的な理由により物事を信じるのだということになる.このことと関連する事象として認知的不協和や宗教などの現象をあげている.


特に宗教は多くの民族で見られ,中毒的で強い安定性を持っている.何らかの集団に属すれば入信せざるを得ない場合が多い.そしてシステム内ではメンバーを支え,ノンメンバーを攻撃する.殉教ということが生じる場合があり,これは免疫細胞による自殺的攻撃に似ている.さらにイスラムによるテロは病原体と類似しているとまで示唆している.


最後にヴィラリアルはこのように進化史を見渡した上での対テロリズムのセキュリティにとっての示唆をまとめている.

  1. 世界のセキュリティに脅威を与えているテロリズムは信念システムに立脚している.
  2. テロリズムの,有毒で,エージェントに自殺を強いるような信念は安定している.
  3. 対抗方策の第1は弱毒化だが.どうすればいいかについての認知の仕組みはよくわかっていない.
  4. 2番目に,幼児期にテロの信念システムに染まらないような教育的インプリンティングを行うことが考えられる.これもどうすればうまくいくかはわかっていない.
  5. 現在の脅威はテロリストが,IDを乗っ取り,ターゲット国内に侵入し,隠れ,複製を作って,襲撃すること.特にいったんIDを乗っ取られて潜伏されるとやっかい.
  6. トラウマ(テロの結果の悲劇)的な現象により免疫が発動される.
  7. 結果が一定以上残虐であれば,テロリズムに共感していたグループも反発するようになる.この反応を利用することもできるだろう.例えばテロの残虐性を強く強調して世界に訴えるなどが考えられる.
  8. 宗教的な信念は非常に強く安定的なので,合理的な方法で改宗させることは難しい.テロの信念そのものに対しては鳥インフルエンザと同じような取り組みを国際的に行うことが必要になる.


テロリズムの攻撃が病原体とのアナロジーで表現されていて,ところどころその深い構造が似ていることがあるのが興味深い.グループIDが本質的な部分だということだろう.あとの示唆は取り立てて進化史からの視点を強調しなくとも出てくるような平凡なものではないかというのが率直なところだ.例えば7番目などは進化史とはあまり関連がないような気もする.
ヴィラリアルは特に自殺テロについての生物学的アナロジーにご執心だが,少なくともアポトーシスや鮭の1回産卵などの例はあまりうまく結びついているとは思えない.白血球などの免疫細胞にはちょっと似たところもあるが,それでもあまりセキュリティ上の教訓にはならなさそうな感じだ.逆にアメリカ人が9/11でいかに衝撃を受けたかがわかるような気がするところだろう.




関連書籍


ヴィラリアルの本を紹介しておこう.私はすべて未読だ.

Origin of Group Identity: Viruses, Addiction and Cooperation

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AIDS: Science and Society

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Biology of AIDS

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Viruses and the Evolution of Life

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