「Natural Security」 第5章 生物学的レンズから見た会社と官僚 その1

Natural Security: A Darwinian Approach to a Dangerous World

Natural Security: A Darwinian Approach to a Dangerous World


ここから本書は第3部「現代のセキュリティ」にはいる.第5章「生物学的レンズから見た会社と官僚」第6章「淘汰,セキュリティ,そして進化的国際関係」ということになる.


第5章はエリザベス・プレスコットによる「生物学的レンズから見た会社と官僚」プレスコットは学際的な活動を行っている学者のようで,感染症の政治リスクなどのリサーチがあるようだ.


プレスコットは以下のような主張を最初から述べている.

現代のセキュリティは,冷戦終了後,非常に複雑な事態への対処を迫られている.このためには階層の少ない速度ある決断と分散処理が重要である.
このようにセキュリティ環境の変化にセキュリティはついていかなければならない.「ダーウィニアンセキュリティ」という概念はこのようなプロセスを援護するという目的のもとにある.

守らなければならないものも,健康,環境,食料と多様化している.この目的のためには多くのアクターの参加が必要で,社会,会社,個人などの民間セクターの重要度も増している.これはインフルエンザへの対処を考えれば明らかだ.このような多くのアクターは戦略目的に同意して同期をとって行動することが望ましい.
また新しい非伝統的な脅威は不確実性が特徴で,生物学的な脅威に似ているところがある.これに対してはコストとベネフィットから分析することが望ましい.

コラムではこの例として鳥インフルエンザの例が取り上げられている.この場合国際的な協力が必要で,国内においても政府間の各部門の協力が欠かせないし,疫学的モデルに基づいた事態の把握とコストベネフィット分析も重要になることが示されている.


導入に続いてプレスコットは各論をいくつかあげている.最初に議論されるのは脅威の不確実性だ.これをタイプごとに議論している.あげられているのはタイミングの不確実性,反応の不確実性,大きさの不確実性の3つだ.


<何がくるかはわかっているが,そのタイミングがわからない脅威>
干ばつ,疫病,洪水などが例としてあげられている.特に念頭にあるのはハリケーンカトリーナだろう.
対策としては前もって決めておいた対策を反射的にとれるようにすることが重要になる.例としては出血に対しての血液の凝固反応があげられている.


<脅威の性質が不確実なもの>
予測できない脅威に対しては,多様性,冗長性で対抗すべきだ.
多様性の例としては免疫があげられている.免疫は様々な手法をオプションとし知,さらに遺伝的な多様性が有効に働いている.冗長性の例としては代謝経路の重複化があげられている.
もっとも政策においては,対策を重複化したり多様性を持たせるのはコスト高になるために難しいと解説されている.特に政府の場合にはいったん対策を決めるとそれが固定化して均質な対応になりやすい.これに対して民間セクターではそれぞれのエージェンシーが独自に対策を立てることになり,それが多様性を生む.
また守ろうとする複雑なシステムの特徴もよく考えておかなければならない.プロセスの理解が対処の幅を広げるのだ.


<スケールが不確実なもの>
異なるスケールの脅威への対処は異なったものになるため,脅威のスケールがわからない場合には脅威のアセスメントが重要になる.ここでも免疫の例が引かれている.まず現場で即時に検出して対処する免疫機構はややマイルドになっている.これは過剰反応して身体に負担がかかるコストが大きいためだと考えられる.強い免疫反応は相手をきちんと認識する免疫機構によっている.
政策的も同じで,まだ相手のスケールがわからないうちにマキシマムの対策を打つのは政治的にコスト高になりやすい.ここでは政策のフィードバックが重要になる.


この説明は,進化生物学的な知見を応用したというより,現実のセキュリティ上の重要点について生物学的な類似物を例として使ってわかりやすく説明しているという域を出ていないように思う.