「Natural Security」 第5章 生物学的レンズから見た会社と官僚 その2

Natural Security: A Darwinian Approach to a Dangerous World

Natural Security: A Darwinian Approach to a Dangerous World




脅威の不確実性に続いてプレスコットの取り上げる2番目の問題は政治的なプロセスの設計に関する分析だ.

プレスコットはちょうど政治プロセスなどの政治環境を生態系に見立てて分析することを提案している.理想的には民主主義的な政治環境は社会に益なすものに報酬を与え,害なすものを罰するようなものであることが望ましい.そのような政治プロセスを設計するのに進化生態的な考え方が有効だという趣旨だろう.
実際にはこのプロセスは非常に複雑で,資源の配分は選挙民の期待や政治家の希望によって様々な影響を受ける.特に将来価値の割引によりゆがみが生じる.また適応の概念も政治家にとっては選挙に勝つことだし,選挙民のそれはまた異なるものになる.
また政治というシステムに特有の問題もある.政治においては行動の前にまずリソースの確保が必要だ.そして民主主義ではリソースの配分には予測ができてアカウンタビリティのあるものでなければならない.信頼されるためには言ったことは守らなければならない.だから不確実なものには対応しにくいし,柔軟に対応を変えることも難しい.


以上のことから資源配分は予測できないものには配分できないし,いったん決めると変更が難しいものになる.「予算」システムはまさにそのような特徴を持っており,インフラの整備には向いているが,不確実性への対処には向いていない.
脅威は見えるようになって初めて予算が付くし,うまく対処すると,予算の取り過ぎと批判される.だからうまくいっている危機対処システムは予算が切られることもある,この例は種痘の中止で,再立ち上げには莫大なコストがかかる.

では本書のテーマである進化的なアプローチによればどのようなことが示唆されるのか.
プレスコットの主張は,免疫を例にとり,危機対策は,危機が実際に生じるまでは低コストでスケールダウンしておき,危機が生じたら一気にスケールアップできるようなものが望ましいというものだ..

それはわかるのだが,これのどこが進化生態的な分析なのだろう.単なるアナロジーに過ぎない印象だ.


プレスコットの3番目の課題はセキュリティ環境の進化といっている.環境が進化するというのはあまりいい言葉の使い方ではないが,さらにセキュリティも進化のアナロジーで考えていこうということだろう.
セキュリティ生態系がうまく進化していくためにはネットワーク,統合,適応可能性がキーになるという.米軍は既にネットワークをリアルタイムのオペレーションが可能なように統合しているが,シヴィリアンの部分は10年単位で遅れているという.この遅れは1つには政策目的がばらばらなためだという.(例えばメキシコとの国境警備には人道的な目的も持たされている)
本書執筆現在でコンドリーザ・ライスの元,政務官僚を軍に常勤させるなどの方策で,リアルタイムでの情報収集を図っているという.これによりワシントンからの中央集権アプローチよりも迅速な対応ができる.著者はこれは進化的なアプローチだと言っているが,ここもそう呼ぶのはちょっとどうかという感じだ.
さらに複雑な事態に対処するためには各セキュリティエージェントの協力とコーディネーションが欠かせないという.これにはキャリアパスや教育の設計で対応すべきだと言うことになる.このような試みがうまくいけば,各種のリソースをもっとダイナミックに使用することができる.著者はこれも進化的なアプローチだと主張したいようだ.



結局この問題についても進化とはあまり関係のない生態系とのアナロジーに過ぎないようだ.本章はちょっと期待はずれの章であった.