「Natural Security」 第7章 戦闘員と殉教者 その1

Natural Security: A Darwinian Approach to a Dangerous World

Natural Security: A Darwinian Approach to a Dangerous World


さて本書は第4部に入る.第4部は「進化のインプリント:心理学とテロリズムのルート」と題されており,テロリズムはなぜあるのかを探っていくということらしい.第7章がリチャード・ソシスとキャンダス・アルコルタによる「戦闘員と殉教者:宗教とテロリズムの進化的な見方」,第8章がブラッドリー・セイヤーによる「イスラム原理主義の原因と解決」,第9章がスコット・アトランによる「道徳的信念のパワー」となっている.


第7章の著者はリチャード・ソシスとキャンダス・アルコルタ.ソシスは人類学出身の行動生態学者で,協力について学際的に研究しているようだ.アルコルタも同じく人類学出身の行動生態学者で,こちらは宗教について研究しているようだ.


まず本章における主題は「宗教の進化的なリサーチは最近のテロの増殖,パターン,トレンドについての理解に役立つ」ということだと主張している.テロは,国家がスポンサーであったものから,宗教的な背景を持つものに移り変わっており,宗教的な動機があるほど殺戮的になる.
ではなぜ宗教的なテロが頻繁になり,それはより殺戮的なのだろうか?これに光を当てるのは進化的なリサーチだという主張だろう.


最初はテロと宗教の関係を見ていく.
すべてのテロが宗教的であるわけではない.しかし宗教的なテロは増えており,より殺戮的になっている.そしてそれは自殺テロに深く結びついているのだ.自殺テロは1983年から2003年の間のテロの3%に過ぎないが,死者の48%に絡んでいる.そして著者達は,宗教の進化的な特徴が自殺攻撃を可能にしているのだと主張したいという.


著者達はメディアによる人気のある考え方(自殺テロリストは妄想的な狂信者であり,絶望的なまでに洗脳されリアリティを持たない)を批判する.リサーチから浮かび上がるのは,自殺テロリストは教育も収入も平均以上であり,精神的に病んでいるという証拠はないという実態だ.リサーチャーは「自殺テロリストになるには,何らかの希望がなければならない,そうでなければ自殺自体に意味はない」と指摘している.ここはちょっとわからないところだ.そのような教育と収入がある人たちが自殺ボンバーになるには殉教者になることにメリットがなければならないという趣旨だと思われるが,あの世でいいことがあると思い込ませるならそれは「洗脳」ではないのだろうか.いずれにせよ理解できない狂人ではないということだろう.


著者達は,狂信者でないとすればテロと宗教の関係は何だろうと話を続けている.多くのリサーチャーの意見は,宗教はテロの究極的な原因ではなく,政治目的を持つテロリスト達に手段として利用されているというものだ.進化的に言い換えれば,宗教的な信念や儀式や組織はテロリズムの至近的な要因の1つだということになる.宗教がすべてテロリズムになるわけでないのは明らかなのでこれは納得できる結論だが,どうしてそう考えられるのかもう少し説明が欲しいところだ.


ではテロリスト達は宗教をどのように利用しているのか.
まず様々なローカルな争いについて宗教のフレームにいれて争いをあおる.特に「神」に関する重大な問題に仕立て上げる.例えばオサマ・ビン・ラディンは「アメリカの軍隊をムスリムの土地から追い払うのだ」というようなことをいう.
そうすることにより勝利の地平が広がる.非常に遠い将来に勝てばいいことになる.これは結果がすぐでなくともテロリズムが瓦解しないという点では重要なのだろう.


次に道徳的に正当化する.善と悪のフレームに当てはめ,相手を「悪」と定義するのだ.実際に自殺テロがその他のテロと異なる点の1つは,攻撃相手と宗教が異なる傾向が高いということだ.(ベルマンとラテン2005による研究では自殺テロでは90%の場合攻撃者とターゲットの宗教が異なるそうだ.)


そして殉教者に報酬を約束する.精神的な満足,来世の約束などだ.しかし著者達はここで殉教者の家族がコミュニティから手厚く扱われるという現象があるのかという議論は取り上げていない.そのような(血縁淘汰的な)主張もされているようなので議論自体なされないのはちょっと残念なところだ.


そして多くのシンボル,神話,儀式がこのような目的で利用されている.1つのバナーの元に多くの人を集め,グループとしてコミットメントさせるということになる.


ここまではテロリズムがどのように宗教を利用しているかという話題だ.所々リアルな数字があってなかなか面白い.