ウォーレスの「ダーウィニズム」 第9章

Darwinism: An Exposition of the Theory of Natural Selection - With Some of Its Applications

Darwinism: An Exposition of the Theory of Natural Selection - With Some of Its Applications


第9章 Warning Coloration and Mimicry 警告色と擬態


ウォーレスの動物の体色と模様に関する議論は続く.第9章はさらに巧みな適応的な説明が必要な警戒色と擬態についてだ.


まず警告色について.スカンク,スズメバチ,ドクチョウ,様々なアゲハチョウ類の幼虫などの事例を持って説明している.様々な捕食者にいろいろな昆虫を与えてみる実験の詳細なども記されている.面白いのはアゲハチョウ類の幼虫の鮮やかな色についてはダーウィンがウォーレスに考えてみないかと持ちかけているという部分だ.ウォーレスの動物の体色についての知識と研究ぶりにはダーウィンも一目置いていたことが窺える.


次は擬態について.まず友人でもあるベーツの業績を紹介している.このあとこのようなベーツ型擬態がどのように適応的に説明できるかを議論している.ベーツは毒のない種が毒のある種に擬態している場合(いわゆるベーツ型擬態)の場合,擬態される種の地域的変異が大きく,擬態種の頻度が極めて小さいことに気づいていた.ウォーレスは被擬態種の変異の大きさを説明しなければならないことに加え,擬態種の頻度が上がればこのシステムが崩壊すること,そしてその頻度について説明しなければならないことに気づいている.ここはなかなか鋭いと言えよう.


ウォーレスは,まず捕食者にはこの両種を見分ける強い淘汰圧があること,変異の大きさは被擬態種の方が集団が大きいために進化速度が大きいために生じていること,そのために被擬態種の特徴は動き,それを擬態種が追いかけていること,そして擬態種の頻度が小さいのは,擬態種の幼虫が警告色を進化させられず捕食されるために頻度が上がらないためであり,そのため上記淘汰圧に対して完全に追随できないためにわずかに見破られ捕食を受けているためであると論じている.
集団規模が大きい方が進化が速いというのは間違った理解というほかない.(ダーウィンがそのような議論をしているのは個体数が大きな種は分布域も広くて生態的ニッチが多いという理由による)現代的には被擬態種は上記捕食圧力から擬態種から離れる方向に淘汰圧がかかり,擬態種はそれを追いかけているというアームレース的状況であると考えられるだろう.ウォーレスは被擬態種が逃げようとしているという明確な理解まではなかったようだ.


被擬態種の頻度が抑えられている力学はなかなか難しい問題だ.基本は擬態種の頻度が上がると,捕食者が避ける頻度が下がるので擬態の利益が減る一方コスト(色素形成コストや逆に目立ってしまうこと)はかかっているので,擬態種の擬態は一定頻度に抑えられるだろう.しかしその頻度が被擬態種の警告色利益を奪ってしまうほど高くてはシステムは崩壊してしまうだろう.これは現代的にいうと擬態種,被擬態種の両集団の大きさの動態と,各集団内の擬態性質の進化動態が組み合わさった問題であり,生態学的なモデルと集団遺伝学的モデルを組み合わせて解かなければならない問題だということができる.恐らく様々なパラメーターがあり,それが条件を満たした場合にこのような状況になるということなのだろう.なかなか難しい問題だ.


これに関連してある種のベーツ型擬態種のチョウではメスのみ擬態し,オスは擬態しないことが知られている.ウォーレスは,これについて第10章でオスが鮮やかでメスが保護色になっている例の1つとして議論している.
ウォーレスの説明を現代的に言い換えると,メスとオスで何らかの生態条件が異なっていてメスのみ擬態することのコストベネフィットがあうということになるだろう.あるいは(ダーウィン的に説明するなら)これは配偶選択を通じたコストベネフィットが効いている例であり,オスの模様は性淘汰形質でメスは擬態により保護を受けているということかもしれない.どちらもあり得るし,排他的なわけでもないような気がする.実証的に見ていくほか無く,これもなかなか難しい問題のように思う.


なぜ擬態種の幼虫は擬態警告色を進化させないのかも興味深い問題だ.ウォーレスはまだ進化的にそれを獲得していない状態なのだろうとコメントしているだけだ.そういうわけではなく,恐らく,その生態条件の中では警告色形態より保護色形態の方がそれぞれの利益とコストの差としてネットの生存率が高いということなのだろう.これも実証的にはなかなか難しい問題だろう.
この擬態の議論を読んでいるとベーツ型擬態には面白い問題が非常に多いことに気づかされ,大変啓発的だ.


ウォーレスはこのあとミュラー型擬態についても紹介,議論している.ある種の毒性と警告色が存在した場合に,他種が毒性と警告色を進化させる場合に類似した警告色のほうがより有利に進化できることをわかりやすく説明している.このミュラー型の場合には捕食者に見分ける方向への淘汰圧がないので,類似はベーツ型の擬態ほど完全ではないこともコメントしている.ただ,この場合に被擬態種に逃げる方向に淘汰圧がないことまでは明示的に触れられてはいない.


このあとチョウを離れて,別の昆虫(アブ,甲虫)などの例,ヘビ,鳥などの擬態を議論している.ここは楽しいところだ.ウォーレスはカッコウの形態がタカ類の擬態であるとしている.ここもなかなか鋭い観察だ.


関連書籍


擬態についての進化的な問題を扱った書物としてはこのシリーズがまず頭に思い浮かぶ.
様々な研究者が小論を寄せていて,読んでいて楽しいシリーズだ.


擬態―だましあいの進化論〈1〉昆虫の擬態

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擬態―だましあいの進化論〈2〉脊椎動物の擬態・化学擬態

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