ウォーレスの「ダーウィニズム」 第11章〜第12章

Darwinism

Darwinism


第11章 The Special Colours of Plants: Their Origin and Purpose 植物の特殊な色―その起源と目的


ウォーレスは動物と違って植物の色についてはあまり適応的なものではないと考えているようだ.緑色は葉緑素の化学的な構造からくるもので,藻類や菌類のそれ以外の色についても特別な説明は不要としている.確かに緑色についてはもともと葉緑素の機能的なデザインからくる部分が大きいという洞察は当たっているのかもしれない.しかし一旦植物が緑になり,草食動物がその環境下で進化した後は植物の色彩にも様々な適応的な問題が生じ,緑色であり続けることに適応的な意味がある可能性はあるだろう.ここも至近要因と究極要因の区別がややあいまいになっている部分だろう.


ともかく緑色以外の植物の色彩のうち適応だと考えられるものについてウォーレスはいろいろと考察している.ウォーレスが取り上げるのはまず石に似ている植物(南アフリカの石礫菊)の例.サボテンに似ているトウダイグサイラクサに似ているオドリコソウ,受粉のために他種の花に擬態する植物などだ.なかなか面白い例が多くて楽しい.


次にウォーレスは種子分散をしてくれる動物に見つけてもらうための果実の色を取り上げる.そしてそうであれば,種子分散されたくないときは保護的であるはずだと議論を広げ,だから果実は熟れる前は緑で熟れると赤や黄色になるのだとしている.これも様々な楽しい例が紹介されている.
ナッツ類については保護的な色であり,これは食害を受けないためだと議論している.確かにドングリの色は保護的であるが,しかしリスなどの種子分散者には見つけて欲しいはずであり,考えて見るとこの問題はなかなか難しいように思われる.


当然次は花の色である.もちろんこれは送粉者を引きつけるためのものであり,ウォーレスは他家受粉の重要性にかかるダーウィンの様々な研究を紹介している.ここではいろいろな図版もあり眺めて楽しいところになっている.花の色については鳥媒花は赤く,ハチ媒花は青いこと,送粉者に同種の花に続けて訪花してもらうための様々な適応があること,そのために野の花は様々な花が咲き乱れて美しいことを紹介している.


ウォーレスはここで,単に他家受粉を確実にするだけなら簡単な方法(雌雄異熟,自家不和合性,おしべの位置,雌雄異株性)で達成可能であるように思われるのになぜ複雑な仕組み(異型性,おしべを跳ね上げたり葯を打ち下ろしたりして昆虫に振りかける仕組み,昆虫を一時的に閉じ込める仕組み,ランの驚異的に様々な仕組み)が進化しているのかを問題にしている.
また植物が自家受粉するように適応しているように見える場合があること(閉鎖花,自家和合性,多くの不完全花が他家受粉用の花から退化したものであること)も指摘している.
ウォーレスはこの問題に対して何らかの条件で他家受粉の有利さが変化する結果であると考察している.ウォーレスが本書で主張している条件(分布域の広さ,環境の攪乱度合い)は間違っていたというほかないが,実際にどのような条件依存で決まっているかということが研究されるようになるのはつい最近のことだ.それは有性生殖の有利さは何かという問題と絡み,1990年代まで有性生殖の問題は生物学最大の謎とされていたのだ.ウォーレスはダーウィンの研究をさらに深めようとしているのであり,その観察や注目点はなかなか鋭いと感じられる.




第12章 The Geographical Distribution of Organisms 生物の地理的分布


第12章もウォーレスが興味を持っていた問題を取り上げている.
ウォーレスは生物の地理分布において,例えばマダガスカルとアフリカのように近接していながら生物相がまったく異なる現象を説明が要するものだと取り上げている.これはウォーレス線を発見したウォーレスならではというところだ.そして生物の地理的分布に対してダーウィニズムは生物が移動可能であることを説明できなければならないのだと説明する.


ウォーレスは「種の起源」刊行以降わかってきた地史的事実として,大洋域と大陸域は基本的に不変だったことをあげている.これはライエルが大陸は「全時代通じて存在したがその位置を変えた」といっていることについて,大陸が浮上してきたり沈降するのではないかということが議論されていたということだろう.もっともダーウィンも陸橋の議論はしているが,沈降大陸の議論はしていないのでウォーレスのこの理解が正統的だったのかどうかはよくわからない.いずれにせよ,まさか大陸自体が移動しているとは誰も思っていなかった頃の話ということになる.


ともかくウォーレスは海洋島は一度も陸地とつながらなかったこと,マダガスカルニュージーランドなどは,かつてつながったことがあったのだろうがそれは非常に古い時代でありその後孤立していただろう.そしてそれは海底の1000ファソム(約1800メートル)のところは第3紀を通じて切り離されていたと解釈すればいいと主張している.そして有袋類などの分布を説明しようとしているが,さすがに大陸移動を想定してしないので,苦しい解釈になっている.これは時代の限界ということだろう.


一方海洋島への分散についてはダーウィンの説明をさらに進めており,見事である,船における陸生の昆虫や鳥類の目撃例,高山における昆虫採集例などをあげている.なお,ここでウォーレスはダーウィンが北半球と南半球の一部の植物相が似ていることについて氷河期により赤道を越えたと説明していることについて,これは風により種子が運ばれたと考える方がいいのではないかと反論している.これは現在ではどちらが正しかったとされているのだろうか.ちょっと興味が持たれる.


関連書籍


植物が自家受粉用の閉鎖花を作る進化的条件についての研究物語.とても面白い本だ.

花の性―その進化を探る (Natural History)

花の性―その進化を探る (Natural History)


種子分散についてはこのシリーズが楽しい.

種子散布―助けあいの進化論〈1〉鳥が運ぶ種子

種子散布―助けあいの進化論〈1〉鳥が運ぶ種子