「Natural Security」 第10章 対捕食者行動から見た14のセキュリティレッスン

Natural Security: A Darwinian Approach to a Dangerous World

Natural Security: A Darwinian Approach to a Dangerous World


ダニエル・ブルームスタインによる第10章は,動物の対捕食者の行動生態からセキュリティへの教訓を見てみようという趣向だ.ブルームスタインはアメリカの行動生態学者.マーモットなどを研究し,行動を量的に解析する手法についての本も書いているようだ.


ブルームスタインは行動生態学は,様々なコストとベネフィットのトレードオフを扱う学問であり,セキュリティにも応用できると主張している.そしてそれを14の教訓にまとめたのが本稿と言うことだ.


教訓に入る前にまず捕食行動を分析し,様々な対捕食者戦略を概説している.捕食は,獲物の発見,同定,接近,攻撃,逃亡阻止,摂食という順序をとる.このどの段階に対しても対捕食者行動は存在する.隠れる,擬態,集団を作る,モビング,棘などの捕食コスト上昇策,捕食者に気づいていることを知らせる,逃亡,ラストリゾートとしての闘争などだ.そしてこれらの対策のコスト(特に飢えのコスト)と,捕食されるリスクがトレードオフになっている.


ここからが14のレッスンになる.

  1. すべてのリスクをなくすことはできないのでリスクと共に生きなければならない.そのためにはリスクを検知し,評価しなければならない.
  2. 通常,リスクをやや過大評価するのはよい戦略になる.
  3. リスクを減らすには,リスクにさらされる前に警戒する,さらされる時間を減らすという2つの方法がある.
  4. 捕食者を検知していることを捕食者に知らせることは有効.(検知している獲物は捕らえにくくなるので捕食者の方で避けてくれる)
  5. 自分が安全なら(仲間に向けての)警戒信号を出す.
  6. 外適応はよく見られる.利用できるものは何でも利用する.
  7. 警戒信号の信頼性は重要で,信頼性へのアセスメントを行い,その信頼性にしたがって行動する.
  8. 同じ状況でも対応は複数ある.
  9. 捕食者を見つけた後も,さらにリスクを調べることも重要なことがある.
  10. リスクが小さいときは防衛を減らす(コストを下げる)
  11. 複数の種類の捕食者がいる場合には「一般的防衛」,あるいは「複数の捕食者に対応した防衛パッケージ」を試みる.
  12. 防衛パッケージの場合,ある捕食リスクが減少しても,パッケージを維持することが合理的なことがある.
  13. フォルスアラームが多いときには習慣化のリスクがある.(セキュリティにとって特に重要)
  14. 反応を柔軟にするのは良いアイデアであることが多い.


あまり整理されていないような印象だが,様々な観察事例から抽出するとこんな感じになるのだろう.リスクの過大評価(overestimating)が良いというのは言い回しとしてはおかしい感じがする.第1種の誤りと第2種の誤りの比率が,それぞれの誤りの場合のコストに比較して合理的になればいいはずで,通常リスクがあるのにないと間違った方がコストが大きい(捕食されてしまう)から,そのような間違いが少なくなるようにシステムが調整されるべきだと言うことだろう.しかし13番目のフォルスアラームへの習慣化もあわせて考えるとなかなか効率的な調整は難しいのかもしれない.
警戒信号は自分が安全かどうかだけではなく,様々なパラメーターがありそうだ.
防衛パッケージの議論はなかなか面白い.一旦複数のリスクに対応した合理的なパッケージができあがると,それを個別リスクごとに調整するのが難しくなるためにある程度まではそれをそのまま使う方が効率的だと言うことだろうか.


ブルームスタインはここから政策へのインプリケーションを整理している.


6番目のレッスンからは,生物テロに備えて新しい部署を作るより,今ある公衆衛生セクションを拡充した方がよいだろうと言っている.
また4番目のレッスンから,テロ警戒レベルは味方,敵の双方に向けて発信されるべきだと言う.ただし,フォルスアラームの習慣化効果には気をつけるべきだし,本当に対策が弱体なときには敵に向けて発信すべきではないと留保している.


全般的なインプリケーションとしてはコストと効果のトレードオフに気をつけることを強調し,自分たちの対策コストだけでなく,攻撃側のコストを上げる防御をよく考えるべきだと示唆している.またヒトの認知バイアスから,ごくまれな大きな被害リスクを過大評価しがちなことにも注意を喚起している.


最後に今後のリサーチが重要な点をいくつか上げている.

  1. リスクの信頼できない信号を得たときに,さらに調べるか無視するかの条件.
  2. 習慣化のリサーチ
  3. 現在ある防衛システムをいつ捨てるかの条件
  4. 一般的防衛と特殊防衛のトレードオフ


本章を読んでの感想としては,このようなリサーチ,さらにセキュリティへの具体的な応用はまだまだこれからだという印象だ.



関連書籍


ダニエル・ブルームスタインの本.

Quantifying Behavior the Jwatcher Way

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