「Natural Security」 第12章 テロリストイデオロギーの感染性

Natural Security: A Darwinian Approach to a Dangerous World

Natural Security: A Darwinian Approach to a Dangerous World


第12章は感染モデルを使ってテロリストイデオロギーの広がりをモデル化するというもの.


著者のケヴィン・ラファーティは生態学者で寄生が生態に与える影響などをリサーチエリアにしている.キャサリン・スミスも生態学者で感染症を専門エリアにしているようだ.エリザベス・マディンも同じく生態学者で海洋生物が専門らしい.


テロイデオロギーを1つのミームだとして,感染モデルが使えるかどうか考えてみようという趣旨だと最初にある.感染モデルはホストと病原体と生態系の複雑な相互作用をモデル化するもので,病原体の起源,伝染の仕組み,感染しやすさ,免疫の仕組みなどがわかれば応用可能だということだ.


テロイデオロギーはホストの脳内で活性化し,ホストの外では何らかの外部形態をとって休眠すると考え,感染の仕組み,ホストの状況要因,政治経済などの環境要因を加え量的なモデルにすると言うことになる.微分方程式系のモデルを作り,重要な観察変数として「基本繁殖率:R0」を定める.(R0が1より小さければイデオロギーは消滅する)

基本的なモデルは


感染者数を I 非感染者数を S とおいて

時間あたりの感染者数は \frac{dI}{Idt}=Sb-(m+a+r)  という形になる.(ただしbは感染率,mは死亡数,aは感染による死亡数,rは回復数)

この場合観察変数R0は R_0=Sb/(m+a+r) ということになる.


ここからはモデルの拡張に関しての様々な議論になる.
テロリストイデオロギーの場合,ヒトの間の接触率,感染させようという意欲にばらつきがあることが指摘されている.
そして1ホストあたりのイデオロギーの量が問題になる場合,感染ステージにより感染率が異なる場合,コンタクトレートが個人によって変わる場合などのモデルの拡張が説明される.
またホストがある文化アイデンティティを持つと特定のミームに感染しやすいこともモデルに組み込むこともできる.この場合文化ミームとテロミームの共進化として,昔からテロの多い地域ではテロイデオロギーに耐性を持つ文化が生じる可能性,宗教ミームとの共生の可能性,電子情報の場合には人口の地域分布が重要性を低くする可能性も検討されている.
テロイデオロギーからの回復も様々な仮定をおくことができる.ここは実体がよくわかっていない部分のようだ.
テロに感染すると基本致死率が上昇するというのが基本モデルの仮定だが,これはテロリストへの報酬があると信じると上昇し殉教現象を起こす.殉教現象がイデオロギーや感染現象にどのようなフィードバックを与えるかも仮定をおいてモデルに組み込むことができる.


続いて応用に関しての議論がなされている.
<流行の予防>
感染症の場合は患者を通じて病気についての情報が集まる.テロリズムではこれは期待できない.
感染症の予防の場合にはワクチンが非常に有効だ.テロリストイデオロギーのワクチンを作るならそもそものイデオロギーの理解が重要になるだろう.
次は感染者の検疫,隔離,それまでのコンタクトのチェックなどの対策だ.このような対策は発症前の感染比率が高くては難しい.結局教育,宗教,メディアなどの社会の基本インフラの問題にならざるを得ない.
要するになかなか難しいということだろう.


<流行後の対策>
まずは感染者と非感染者の接触を減らすことが重要になる.
テロリストイデオロギーの場合はコミュニケーションの制限という形になるだろう.しかしこれはカウンターテロリズムの教育も難しくするし,表現の自由への侵害,それに対する怒りという問題も生じる.
人獣共通感染症の教訓からは,感染元をコントロールしないと抑えるのが難しいということになる.
テロの場合は弱毒化した方が感染しやすいと言うこともなさそうで,自然に弱毒化することは期待できないだろう.
またテロの場合,発症しない(テロ行動をしない)人も,そのイデオロギーに共感し,新たな感染者を作りうるところも難しい問題の1つになる.


<その他>
このほか親子の垂直感染の問題,既にある別のイデオロギーとの相互作用なども議論されている.


要するにいろいろ難しいということだ.なおミーム学があまり進んでいないことも感じられる.しかしもしかしたらこのような実務的課題に絞って研究を進めるとミーム学も急速に進展するのかもしれない.