ダーウィンの「人間の進化と性淘汰」 第9章

ダーウィン著作集〈2〉人間の進化と性淘汰(2)

ダーウィン著作集〈2〉人間の進化と性淘汰(2)

The Descent Of Man And Selection In Relation To Sex

The Descent Of Man And Selection In Relation To Sex



第9章 動物界の下等な綱における第二次性徴


ここからダーウィンは様々な動物における性淘汰形質をみていくことになる.下等動物から高等動物へという説明順序はちょっと残念だが(系統的な順序であれば美しいだろう),実はダーウィンはある程度知的能力がないとメスによる選り好みが生じないだろうと考えているのでこのような順序になるのだろう.
ここはただただ事実の積み上げというところで理論的な面白さはないが,実は読んでいて大変楽しい博物学的な記述が満載である.様々な図版も添えられていて宝石箱のような部分だ.


<原生動物など>
まず原生動物,腔腸動物棘皮動物,蠕形動物(現代の分類とは異なる)には二次性徴がないと言っている.上にも書いたがダーウィンはメスの選り好みには知的能力が必要だと考えていたのでこれらには性淘汰形質がないのは当然と考えているようだ.実際には何らかのシグナルに反応できれば十分なのでいわゆる高い知的能力が必要なわけではない.ダーウィンはホヤやウニやヒトデの鮮やかな色彩についても,知性がないから性淘汰形質ではないだろうと議論している.訳注ではこれらの無脊椎動物の多くには色彩知覚がないのでダーウィンの言うとおり性淘汰形質ではないだろうとある.


ダーウィンはここでこれらの動物に見られる鮮やかな色彩についてもコメントしている.保護色でない場合には,適応形質ではない副産物としての色彩があるだろうという議論で,血液の色,胆汁の色に加えて秋の紅葉もそうであるとしている.ハミルトンの論文を読んだらダーウィンがどう思うかと考えると楽しいところだ.


<軟体動物>
ダーウィンは軟体動物には複雑な行動をする知性があるが,二次性徴はなく,貝殻の美しい模様は基本的には副産物であり,珊瑚礁のような場合には保護色の場合もあるだろうとコメントがある.ウミウシの美しい色彩については保護色でもなさそうだし,生存に有利にも見えない,またウミウシは雌雄同体であるので,互いに美しい色を選んでもそれは生存に有利なものを選ぶ自然淘汰ということになるだろうとコメントがある.
雌雄同体生物に性淘汰が働くかどうかというのはちょっと面白い問題だ.オス機能とメス機能で実効性比がずれるなら性淘汰が働く余地はありそうに思う.珍しくダーウィンに説得力がないところということになろうか.


節足動物
本章では昆虫をのぞく節足動物を取り扱う.
ここから初めて明確な性淘汰形質が次々と紹介される.


甲殻類における触角の形の性差は嗅覚に関連し,よりはやくメスを見つける機能があるのではないかと推測している.また様々なメス把握器官についても記述がある,ダーウィンはこれは交尾のための適応だと単純に考えているようだ.オスメス間のコンフリクト,メートガード戦略などについてダーウィンが知れば大変喜ぶだろうと思われるところだ.

カニなどのオスにみられる左右のハサミの大きさの違いについては,特に闘いに有利にあるようでもなく,わかっていないとしている.ここは図版も多くて楽しい.なおそのようなカニの中には穴の口を大きな方のハサミで塞いでメスを閉じ込めてより交尾できるようにしているものがいるという観察も紹介している.
またハサミの大きさのオスの中でも二型あり,交尾行動が異なる観察も記している.これは現代でいうところの代替戦略であり,ダーウィンの問題意識の鋭さを示しているようだ.
なお知的能力についてはダーウィンヤシガニが知性を持っているように見えるという観察例を記している.この能力に関するこだわりを示すものだろう.
甲殻類については一般的に色彩の性差はないが,ある種のシャコは例外であり,これは性淘汰形質である可能性があるとコメントしている.


カニのハサミについては現在ではどのような理解になっているのだろう.これはオス同士の闘いにおけるオスの強さに関するハンディキャップシグナルではないかと思われるところだがどうだろうか.本章で非常に奇妙なのはダーウィンフジツボ類について何も記していないことだ.あれだけ精力的にフジツボを研究し,メスに取り憑いている矮雄まで発見しているのになぜ沈黙しているのだろうか.


クモについては大きさ,色彩に性差があるのが普通であり,感覚知性も高いとコメントしている.しかしオスの方が小さいので,オス同士の闘いがあるわけではないだろうといい,結論はあいまいだ.また音でオスがメスを誘引しているのではないかという記述もある.


最後に多足類ではあまり性差は見つからないといっている.例外として一部のものにメスの把握器官があると記している.