
- 作者: 倉谷うらら
- 出版社/メーカー: 岩波書店
- 発売日: 2009/06/24
- メディア: 単行本
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これは超強烈な本だ.全編から著者倉谷うららさん*1のフジツボという動物に対する限りない愛と情熱が噴出してくるようだ.まず副題の「魅惑の足まねき」からしてぶっ飛んでいる.見出しのフォントもすごい.こんな少女雑誌的なフォントが岩波書店の本にあるだけでも強烈な印象だ.扉絵はフジツボへの愛の告白で埋め尽くされている.巻頭のミニ図鑑も力が入っている.このイラストは著者のお母様の書き下ろしということだが,極めて美しく彩色されていて,これだけでもこの本の代価の価値はあるのではないだろうか.さらにページ右下にはフジツボ幼生のパラパラ漫画が仕込まれ,巻末にはフジツボのペーパークラフトの原画まで添付されている.とにかく圧倒的である.
フジツボは進化生物学の祖ダーウィンが8年間も徹底的に研究していたことで知られる.しかし一般にはあまり知られている動物群とは言えないだろう.私も本書を読むまでは「確か軟体動物ではなく節足動物だったような気がする」程度の認識しかなかったことを告白しておこう.
本書はフジツボへ愛で読者の度肝を抜いたあと,フジツボの知られざる様々な側面を紹介していく.
最初は分類.フジツボは貝の仲間ではなくエビ・カニの仲間,甲殻類なのだ.あの貝のような殻の中に節足動物が入っていて腹部の脚でプランクトンを扇ぐようにして濾しとって食べる.(だから「魅惑の足まねき」なのだ)大きく有柄のものと(カメノテとかエボシガイ)無柄のもの(いわゆるフジツボ)に分かれる.歴史的にはまず有柄のものが現れ,そこから無柄のものが分岐して栄えたらしい.ここでは系統樹が示されてなくて残念だ.
次は生態の紹介がある.磯の岩だけでなく様々なところにつくのは知っていたが,事実は圧倒的に想像を上回る.クジラやウミガメにつく専門家がいるというのは序の口で,カニのハサミだけ,ウミヘビ専門,ウニのとげのみなどという超スペシャルなニッチに適応しているものまであるらしい.また幼生からどのように定着するか,定着後の繁殖生態(単に卵子と精子を海中に放出するのではなく,ちゃんと交尾器で交尾する,だから群生することが重要になる)も詳しく紹介されている.殻や蓋についての解剖的な説明もある.本体についてのエビ・カニと比較した解剖的な詳細がないのもちょっと残念なところだ.
ここでダーウィンのフジツボについてのエピソードも語られる.一部の記述から,「ダーウィンは動物群の1つはきちんと記載しないと立派な博物学者としては認められないと考えて嫌々フジツボの記載をしていた」と誤解されているが,様々な手紙などを総合すると,ダーウィンはフジツボの魅力に取り憑かれ嬉々として研究していたようだと強調している.残念ながらダーウィンの研究の具体的な中身についてはあまり紹介されていない.ここは一般向けの本としてはやむを得ないところだろう.
最後にフジツボと人間の関わりを紹介している.日本における本草図譜,西洋での生物画の紹介に加え,食材としてのフジツボ(甲殻類なのでおいしいそうだ)にも触れている.また付着生物としての側面も語られている.船のスピード落とす邪魔者として考えられてきた歴史,毒入り塗料の環境問題とソリューションに向けての努力,海中での定着に用いる化学物質と医療的な接着剤としての応用の可能性などいずれも興味深い話題だ.
とにかく愛にあふれた気合いの入った本だ.系統樹や本体の解剖図があってもなくてもそんなことは細かい話だ.少しでも興味がある人には絶対におすすめである.私としてもダーウィンオンラインでダーウィンのフジツボ本も読むしかないのか.なかなか悩ましくも魅力的なフジツボである.