ダーウィンの「人間の進化と性淘汰」 第15章


ダーウィン著作集〈2〉人間の進化と性淘汰(2)

ダーウィン著作集〈2〉人間の進化と性淘汰(2)

The Descent of Man, and Selection in Relation to Sex (Volume 2)

The Descent of Man, and Selection in Relation to Sex (Volume 2)




第15章 鳥類(続き)


第15章はウォーレスとの論争にかかるものだ.


「なぜオスもメスも美しい鳥と,オスが美しくメスが地味な鳥がいるのか」
ダーウィンはこの疑問への解決が自説とウォーレス説の決着をつけるものとして非常に重要な問題だと考えていたようだ.本章はまるまるこれに当てられている.

しかしウォーレスとの論争で真に問われるべき問題は「もしメスが選り好むとすれば,どのようにしてそのような選好は進化できるのか」ということだった.本書の後に書かれたウォーレスの「ダーウィニズム」を読むとウォーレスが性淘汰がありそうもないと考えていた真の理由は,そのような選好はメスにとって不利だと思ったからだということがわかる.残念ながら本書が書かれていた時点ではウォーレスのこの問題意識はダーウィンには届いていなかったように思われる.ともあれ,ダーウィンの思考を追ってみよう.


冒頭の問題について,ウォーレスは,もともと両性とも鮮やかだった鳥のうち,抱卵が捕食者に見つかりやすい鳥についてメスに保護色が進化したと説明した.そしてドーム型のような見つかりにくい巣で営巣する鳥はメスも鮮やかなままなのだと.つまりメスに対する保護色への淘汰圧が,オスメスともに美しいか,メスが地味になるかの決め手だという考え方だ.


ダーウィンは一旦この議論を認めかけたが,その後反対するようになる.本書では長々と書かれているが,整理すると以下のようになるだろう.


<遺伝の発現様式の変化は難しいのではないか>
ダーウィンは,もしウォーレスのいうようなことが起こるなら,自然淘汰によって遺伝形質の性別の発現メカニズムが変化しなければならないが,それは非常に難しかっただろうと議論している.
残念ながらこの議論に説得力はない.確かに既に片方の性のにみ発現するような形質を変化させることに比べて,性淘汰形質にかかる遺伝様式自体の変化が生じてさらにその変異に性淘汰がかかるのは難しいだろう.しかし非常に長い時の流れの中でそれが生じえないほどあり得なかったのかについて,難しいと考える根拠はないように思われる.ダーウィンは片方で,生活史のどの時期にある形質が発現するかは自然淘汰にかかると主張しているのでそれとも整合性はとれないように思う.


<実際にオスメスともに美しい鳥とメスが地味な鳥についてウォーレスの説明は例外が多すぎる>
ドーム型の巣でも樹上性の捕食者には見つかりやすいだろう.またオスも抱卵する多くの鳥がいる.
さらにいくつもいくつも例外がある.少なくとも英国では営巣性と鮮やかさの性差のあいだに関連性はないように見える.
確かに熱帯ではウォーレスの言うような傾向があるので一部分保護色の進化がある可能性は否定できないが圧倒的な法則ではない.このことからダーウィンは,たまたま性淘汰がかかった形質の遺伝発現様式が性特異的であったかどうかの歴史的な偶然によるものだと説明した方がすっきりくると議論している.

これもぼんやりした議論だろう.実際になぜある鳥のメスが地味で,ある鳥のメスが派手なのかについては現在でも完全に解明されているわけではないようだが,基本は何らかの生態条件にかかる自然淘汰と性淘汰のトレードオフの結果だろう.ダーウィン自然淘汰の力をもっと信じていればと思わざるを得ないところだ.


<メスの鮮やかさや「けづめ」や尾の長さのような形質には種間に様々な程度の差があるが,これは淘汰的には説明しにくい,遺伝様式の歴史的な偶然によるものだという説明の方がありそうに思われる>
両性とも鮮やかな鳥の中にも様々な性差があるが,やはり淘汰的には説明しにくいのではないかと議論している.
これはその詳細によっては説得力があるのかもしれない.しかしだからといって遺伝様式の差が決定的だということを示せているようにも思えない.決定的な議論ではないようだ.


<(遺伝様式が性特異的だったとすれば)もともとメスが鮮やかだったり,さえずったりする性質をどうして持っていたのか説明できない.>
これはウォーレス説の真の弱点だ.ウォーレスは結局なぜオスが鮮やかなのかさえ説明はできなかったのだから.
しかしダーウィンはそこ(そもそものオスの鮮やかさに対するウォーレスの見解)をまっすぐに突いているわけではない.その部分は自説が正しいのは明らかで,ウォーレス説の説明力のなさを問題にする必要もないということだろうか.とりあえずメスが鮮やかになる理由がないではないかという主張に止めている.
遺伝様式との関連ははっきり書かれているわけではない.しかし前後の文脈から言って,ダーウィンの思考経路は,遺伝様式が性特異的でないとすると,そのような様式が淘汰で変化するのは難しいだろうし,もし最初から特異的であれば,わざわざメスが鮮やかになる理由がないということだと思われる.後半部分は説得的だろう.


<仮にウォーレスの主張するような隠れた営巣様式とメスの鮮やかさに関連があるとしても,それはメスの鮮やかさや地味さが先にあって,その後それに対応するように営巣方式が進化した(鮮やかな鳥はドーム型の巣を作るようになる)のかもしれない>
これはなかなか鋭い指摘だ.批判としてはぴりっと効いている.


全体としてはあまり説得力のある反論にはなっていない.あるいはウォーレスが「選り好むメスは不利ではないか」と問い,ダーウィンが「オスが鮮やかである淘汰的な理由は何か」と応酬していればもっと生産的な議論になったのかもしれないと思うと残念である.特に「最初鮮やかで後に地味になったのかどうか」という部分にこだわっているのは全体として問題の核心が捉えられていなかったことを示しているのだろう.このあたりもなかなか当時性淘汰理論が認められなかった理由の1つなのだろう.

このブログでも何度も述べているが,結局問題の核心「なぜメスが選り好むのか」の理由はフィッシャー,ザハヴィ,グラフェンによって解決されるのだが,最終的には結局本書から120年後の話になる.それほど難しい問題であったということだろう.


関連書籍


ダーウィニズム―自然淘汰説の解説とその適用例

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ダーウィンの死後,ウォーレスの手によるダーウィン学説の紹介書.私の書評はhttp://d.hatena.ne.jp/shorebird/20090415