ダーウィンの「人間の進化と性淘汰」 第21章


ダーウィン著作集〈2〉人間の進化と性淘汰(2)

ダーウィン著作集〈2〉人間の進化と性淘汰(2)

From So Simple A Beginning: The Four Great Books Of Charles Darwin

From So Simple A Beginning: The Four Great Books Of Charles Darwin


第21章 全体のまとめと結論


ダーウィンは冒頭で,誤った事実の記述は後世に害悪を残すが,誤った考えの記述は誰でもそれにチャレンジできるので真実への到達には有益なのだと述べている.極めて現代的な感覚の主張だ.


そしてこの2巻に渡る長大な書物の議論を振り返ってまとめている.
その中でいくつか面白い記述が挟まっているのが印象的だ.


自然淘汰と性淘汰について述べているところでは,はっきりした区別できる変異が突然現れることがあり,それに淘汰がかかれば固定されることがあると述べている.これは進化の現代的総合の考え方そのものだ.
また変異は環境の反映というより生物の性質や構成という何か内部的なものから生まれているのだろうとも述べている.ダーウィンは遺伝については完全に間違っていたといわれることが多い.確かに用不用を一部認めていたために生殖系列の分離については誤っているが,その本質的な部分はきちんと見抜いていることがわかるところだ.


宗教について,多くの人が神を信じているから神は実在するのだという議論について,もしそうなら,多神教的な精霊も実在することになるだろうと皮肉っている.
そして進化の考え方が魂の不滅を脅かすという議論についての反論も面白い.誰も胎児の魂がいつ始まるかがよくわからないことを気にしないのに,なぜ進化の過程で魂を持つ生物が現れることになるのを気にするのか.もし生物の進化が反宗教的なら,個体の発生も反宗教的になるのではないかという反論だ.


性淘汰の実在については特に,それがコストのある形質であること,誇示が見られること,選り好みをするという観察事実があることを強調している.


優生学的なトピックについて価値の議論もここで少し行っている.


育種家が交配に注意を払うように,人も配偶に注意を払うべきだろうか.

  • ダーウィンは,肉体や精神に大きな欠陥があれば配偶を控えるべきなのだろうと最初にいいつつ,それはユートピア的であって遺伝の法則が完全にわかるまでは実現されることもないだろうという.そして遺伝の法則を極めることは例えば近親婚の悪影響を知るために有益だろうとコメントしている.
  • 第5章においてダーウィンは病院で病気を治療することについては,それが人類に遺伝的な悪影響を与えるとしても,高貴な行いであるから甘受すべきだといっているが,望ましい結婚を事前に回避することにはもう少し前向きであることがわかる.恐らくこれは自身がイトコ婚であったダーウィンが後に真剣に心配したことが影響しているのだろう.
  • 子だくさんによる貧困は悪い影響を与えるが,一方で競争を通じて淘汰圧を増やすといういい効果もあるのだと論じている.ダーウィンは誰でも競争に開かれているべきだとも述べている.このあたりはデズモンドとムーアらによって当時のイデオロギーと結びつけられやすいところかもしれない.


クロージングリマークとしてフェゴ島民を現地で見たときの驚きが述べられている.ダーウィンは英国で教育を受けたフェゴ島民が個人としては自分に非常に近いことを知っていたが,現地で見たフェゴ島民は礼儀もなく迷信に取り憑かれていた人たちだった.ダーウィンはそのような非道徳的な人たちより,飼育係の命を救おうとした類人猿の子孫である方がよいと感じたと述べている.これは本当に驚くべき体験だったのだろう.
人間は最初から高い地位にいたのではなく,登ってきたのだというのがダーウィンの最後のメッセージであるようだ.



ともあれこの巨大な本をまた読めて大変楽しかった.偉大な知性に触れることができるのは本当に得難い経験だ.ダーウィン著作集の再開を願いつつこのノートを終えることにしよう.