「The Greatest Show on Earth」 第6章 ミッシングリンク? 失われたってどういう意味? その3

The Greatest Show on Earth: The Evidence for Evolution

The Greatest Show on Earth: The Evidence for Evolution


さてちょっと時間が空いてしまったがドーキンスに戻ろう.

進化の証拠として「化石」を扱う第6章の後半は,楽しい古生物学の時間だ.ドーキンスは最近発見された興味深い化石について楽しそうに語っている.


まずは脊椎動物の陸上進出.ドーキンスは魚類自体も側系統群だとコメントしつつ,シーラカンスの発見と肉鰭類についてちょっと触れた後でローマーのギャップについて書いている.(ドーキンスは師匠の師匠に当たるローマーの主張が,デボン紀が乾燥しているという主張のために軽視されていることを残念がっている)ローマーのギャップとはデボン紀の終わりから石炭紀の初期にかけての両生類への移行形についてのギャップだ.これについてはユーステノプテロン(1881)イクチオステガ(1932)そしてニール・シュービンによるティクターリク(2004)と紹介している.
ドーキンスは種名のroseaeについてデボン紀の赤い砂岩層由来の名前かと誤解した話など小ネタを振りつつ,見事な中間形の化石だと強調している.


次は陸上脊椎動物の海への回帰
クジラの祖先について,分子的な証拠から偶的目のカバと近縁だということがわかったと指摘し,最近パキスタンで発掘された一連の化石を紹介している.またジュゴンマナティーの祖先化石ペロシレン,アザラシとアシカとセイウチの祖先の化石ピュイジラも紹介されている.これらは話題になることが少なく興味深い.


最後はカメについて
これは非常に興味深い進化史の紹介になっている.
最初に英語と米語の単語の用法についての小ネタが振られている.蘊蓄といえば蘊蓄だが,本当に自由にくだらない愚痴を書いている雰囲気がでていて楽しい.
英国ではTurtlesはウミガメのことであり,Tortoisesは陸ガメ,Terrapinsは淡水にいるカメだということだ.しかしアメリカではこれらはすべてTurtlesと呼ばれ(日本語の「カメ」に最も近いだろう),例えば陸にいるものはTortoisesでもあり,かつLand Turtlesと呼ばれることがある.(これは英国人としては許せないらしい.モビルスーツをロボットと言われたガンダムファンのようなものだろうか?)そしてオーストラリアではまた用法が異なるらしい.要するにアメリカ人のおおざっぱさに閉口しているというわけだが,いかにも英国人的でおかしい.逆に「カメ」とか「ウサギ」という一般名詞がないイギリス英語が使いにくくて小うるさい感じもするが,日本語でもワシとタカ,イルカとクジラなどを合わせた一般名詞がないのと同じだろう.


さてドーキンスは甲羅の進化の話題を振っている.やはり最近発見された下半分だけ甲羅を持つ化石ガメ,オドントケリスを紹介し,水面近くを遊泳しているときに水中から(つまり下から)捕食者に襲われやすい水生のカメの場合には(甲羅のコストから考えて)背甲を持たず腹甲だけという甲羅が合理的な防御であった可能性があると説明している.そしてここで,オドントケリスが最初に甲羅を進化させ,後に陸上に進出して背甲も持つ甲羅が完成したのか,あるいは陸上で完成した甲羅を持つカメが水に戻って上半分の甲羅を失ったのかという問題が生じる.
前者であれば(そしてドーキンスはおそらくそうだろうといっているが),オドントケリスは脊椎動物として海から陸へ進出し,そしてカメとしてまた水に戻り,さらにリクガメになって陸上に進出したということになる.
またカメの系統樹からは現生のリクガメは系統樹の端の1つの枝から発生しているが,根元で分かれたような背甲,腹甲を持つ陸生カメの化石がある.
ドーキンスはさまざまな進化史の仮説を夢想しつつ,カメ類は陸上と水中を何度も行きつ戻りつした可能性があると指摘しているのだ.なかなか魅力的なお話だ.


ここでちょっと残念なのは,ドーキンスが肋骨が反転して生じた甲羅の発達の進化史を扱っていないことだ.半分だけ反転した肋骨というのはいかにも役に立ちそうもないものであり,創造論者が飛びつきそうな例だろう.(実際にこれを問題にしている創造論者がいるのかどうかは知らないが)話題として取り上げれば面白かったのではないかと思われる.



関連書籍


Your Inner Fish: A Journey into the 3.5-Billion-Year History of the Human Body

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ティクターリクの物語


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邦訳.私の書評はhttp://d.hatena.ne.jp/shorebird/20080923


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クジラの化石を詳しく扱っている本として紹介されている.