「Strange Bedfellows」

Strange Bedfellows: The Surprising Connection Between Sex, Evolution and Monogamy

Strange Bedfellows: The Surprising Connection Between Sex, Evolution and Monogamy


行動生態学者バラシュと心理学者リプトンのコンビ(夫婦でもある)によるモノガミー(monogamy: 通常「一夫一妻制」「単婚制」と訳されるが動物に使うときには何となくニュアンスがおかしいので日本語にするのは難しい)についての本.バラシュは一般向けに非常にたくさんの進化生物学の啓蒙書を書いているが,もっとも有名なのは「The Mith of Monogamy」だろう.もう10年前になるその本の中では,これまで一夫一妻制だと思われていた多くのつがいを作る鳥が実は頻繁につがい外交尾(EPC: Extra Pair Copulation 平たく言うと浮気だ)を行っていることが発見された衝撃と,その進化生物学的な意味を解説するものだった.そこではヒトについても,進化生物学的には厳密な一夫一妻制の動物であるとは言えないと解説されていた.本書は,仮に一夫一妻制がヒトにとって通常状態でないとして,一夫一妻的な生活をすることは不可能なのか,可能だとすればどうすればいいのかについて書かれた本ということになる.本書の題名「Strange Bedfellows」はシェイクスピアの「テンペスト」からとられている.一夫一妻制は生物学的には奇妙なことかもしれないが,なかなか価値があることなのだという意味が込められているのだろう.


バラシュたちは冒頭で,「ヒトは確かに複数のパートナーを捜し求めるように適応しているが,一夫一妻的な生活を送ることは不可能ではない,それは様々な環境条件に依存するのだ.またどのような人生を送るかは,どのような適応があるかとは別の価値判断によって決めていいのであり,そのように望むならその条件を保つように努力すれば,実践できる」と言って立場をはっきりさせている.またバラシュたち自身一夫一妻制にコミットしたパートナー同士であり,またバラシュの両親は幸せな一夫一妻的な夫婦であったともディスクローズされている.要するに,ヒトが本来一夫一妻的でないとしても,それは生物学的な知識と努力によって乗り越えられるものであり,また(価値判断としても)乗り越える努力を行う価値があると言っているのだ.


お定まりの遺伝的決定論への誤解や,自然主義的誤謬(この中にはドーキンスが「The Greatest Show on Earth」の中で問題にしている神義論「慈悲深い神が作った世界に何故邪悪と苦痛があるのか」についても触れていて面白い)について解説した後で,まず動物の世界でどのような動物が一夫一妻制になっているかを見ていく.
哺乳類に関しては圧倒的に少ない.社会的な一夫一妻制といわれるものでもビーバー,テナガザル,一部のキツネ,カワウソ,コウモリ,ごく一部の有蹄類,タマリン,マーモセットなどしかいない.そしてオスとメスにどのような利益のトレードオフがあるか見ていく.このあたりは楽しい行動生態学のおさらいといった感じだ.


次にヒトの場合を概説している.体格,性的成熟時期,暴力傾向の性的二型,精巣の相対的な大きさなどの証拠を挙げながら,基本はつがい形成を行うが,ポリジナス(polygynous: 一夫多妻的)であり,ポリアンドラス(polyandrous: 一妻多夫的)だと説明している.つまり双方ともに浮気していることがあり得るという状態に適応しているというわけだ.ここでは前作でも議論されていた排卵隠蔽の議論も行っている.また浮気の実態の暴露を社会が好まない一方で,文学や噂では他人の浮気を非常に気にすることにも様々な解釈を試みていて面白い.


では一夫一妻制はどのような環境条件において有利なのか.動物界を見るとそれは,子育ての分業メリットが育て親の数に対して非線形になっている場合(両親で育てた場合に片親のときより2倍を超えて有利になる場合)であることがわかる.さらにそこで互いに浮気をして相手を出し抜くことが何らかの形で抑制されているとより一夫一妻制になりやすい.
また局所的な条件として,相手に子育てを押しつけた方が有利になる場合には先に逃げた方が勝ちになり,チキンゲームの構造になることなどが解説されている.子育ての非線形が非常に強ければ,子育てを相手に押しつけるだけでなく,(ある程度父性が確信できれば)自分も残った方が有利になる.要するに配偶システムは様々な環境条件によって決まるということだ.


基本は子育てなのだが,それ以外でも協力によるメリットがあれば一夫一妻制に有利になる.一般的な協力にかかる進化生物学的分析ということで,ハミルトン,トリヴァースに続き,囚人のジレンマゲームが解説される.バラシュは互恵的な協力関係の成立条件として実質的な見返りと相互作用の場を特に大きなファクターとして指摘している.
バラシュは進化的に一夫一妻制は子育ての利益を契機に始まった場合が多いだろうが,その後に被捕食回避,リソース確保などの利益があれば,つがい間により緊密な絆が形成されるだろうとしてビーバーの例をあげている.そして様々なコートシップの儀式はそのような絆形成の観点から見ることができるとオーストラリアのマグパイラークのデュエットの例をあげている.またこのような子育てを越えた協力関係はヒトにおいても見られるだろうと指摘している.


ここまで一夫一妻制の「メリット」を見てきた後,バラシュは,では「愛」はどう考えるべきかを解説する.これは目的(メリット)を得るためのメカニズムということになる.バラシュは配偶者を選ぶためのメカニズム「Fall in love」と一夫一妻制の長期的なメリットを得るためのメカニズム「Staying in love」は異なるメカニズムだろうという議論をしている.



(これは私がオーストラリアで見かけたマグパイラークMagpie-larkのつがいのダンスの様子だ.)


本書の後半は一夫一妻制を実践するためのヒントを読者に提示する部分になる.まず一夫一妻制を実践する上でキーになるのは互恵的なメリットだと強調する.浮気をこれを破壊するものであり,動物界には相手からの防衛的なメカニズムも見られると説明し,ヒトにおける嫉妬や結婚制度にも触れている.バラシュはまず浮気はやめましょうといっているのだ.新奇さを求めるヒトの心理に対して,浮気相手探し以外の新奇性を探索することを勧めている.
そしてそのようなことを可能にするために使える生物学的な武器庫を調べている.バラシュによるとヒトにおいて一夫一妻制を援護するメカニズムには4つある.もともと母子関係の絆形成に使われる「アタッチメント」メカニズム,ミラーニューロン,神経回路形成の可塑性,オキシトシン等のホルモン,ということになる.それぞれについて最近の知見が紹介されている.要するにバラシュは行動は遺伝的に決定されているわけではなく,環境に合わせて調整できるメカニズムがあるということを示しているのだろう.当然のことであり,ある意味おきまりの文句だが,具体的な至近メカニズムを丁寧に説明しているのが本書の特徴だ.


最後にハウツー的な推奨戦略が書かれている.人生について長期戦略者になること,ある程度経験を積んでから相手を見定めること,自分とパーソナリティや価値観の近い相手を選ぶこと,そして互恵的関係を壊さないためにフェアネス,一貫性,コミットメント,正直さを勧めている.アドバイスはだんだん陳腐なものになっていくが,それは真実の裏打ちがあるからなのだろう.本書は最後にバラシュ夫妻のお気に入りの絵本「I am Papa Snap and These Are My Favorite No Such Stories」の絵と言葉によって締めくくっている.


絵は絵本の1ページで,年老いた盲目のご主人(何の動物だか私には特定できないが,クマだろうか)がご夫人の車椅子を押しているものでなかなか味のあるものだ.ここでそのキャプションを紹介しておこう.

Mr. Limpid is blind.
Mrs. Limpid is lame.
They are old.
They are happy.
They have each other.


関連書籍


Myth of Monogamy: Fidelity and Infidelity in Animals and People

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一夫一妻制を扱ったバラシュの本


不倫のDNA―ヒトはなぜ浮気をするのか

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邦訳.何度見てもひどい邦題だ.


How Women Got Their Curves and Other Just-So Stories: Evolutionary Enigmas

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前作.これはヒトの女性にかかる謎について.私の書評はhttp://d.hatena.ne.jp/shorebird/20091001


I Am Papa Snap and These Are My Favorite No-Such Stories

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最後に紹介される絵本.