日本生態学会参加日誌 その1

 
第57回日本生態学会(ESJ57)参加日誌 その1
shorebird2010-03-21
 

日本生態学会は歴史と伝統を持つ大学会だ.(会員4000名,今回の参加者は推定2500名だそうだ.)この学会は全国ブロック巡回方式で設営されていて地方で開催されることが多く,なかなか参加できなかった.ちなみに最後に東京で開催されたのは1996年で,その後,札幌,京都,長野,広島,熊本,仙台,つくば,釧路,大阪,新潟,松山,福岡,盛岡とまわっている.
今年第57回大会は駒場で開かれるというので,これを逃してはということで参加してきた.(残念ながらなかなか全日程の都合はつかず,午前だけの日とか,午後だけの日とかを作ってやり繰りし,おおむね半分ぐらいの参加となった)


というわけで初日は参加できず,二日目の午後のセッションから参加,


大会第二日(3月16日)


口頭発表「進化」
13時半頃駒場到着.ポスターや書店をちょっとのぞいてから,14:15からの口頭発表へ.迷わずに「進化」の部屋へ.最初の発表が巌佐先生からという充実振りだ.面白かった発表を紹介しよう.


パナマの毒ガエルの体色分化を説明する量的遺伝モデル:配偶者選択はランダムドリフトを強化するか 巌佐庸


パナマにはイチゴヤドクガエルが生息していて,鮮やかな警告色を進化させている.このカエルは島嶼部にも分布し,島ごとに体色が変化している,一方近縁の2種が大陸で同所的にいるところでは警告色は似ている.そしてイチゴヤドクガエルはオスが子の世話をせず,メスの性淘汰圧が強いと考えられるが,同所的な2種はオスも子育てするために性淘汰圧が小さいと想定される.この体色分化が性淘汰によっているという説があるが,それは本当か.
ということでモデル化する.

オスの体色をx,メスの好む色をyとする.オスの適応度は自分の体色がメスの好みの平均値にいかに近いか,メスの適応度は自分の好みがオスの体色の平均にいかに近いかできまる.
両方の進化動態を微分方程式系にすると(当たり前だが)あっという間にx=yの位置に収束する.
ここで両方の性質に「浮動」を付け加えて,確率変動をモデルに取り入れる.
そうすると,両形質の適応度への効き方,メスのコスト,浮動の大きさに応じてオスの体色分化が起きやすい領域が現れる.

メスのコストが小さく,オスがメスの好みに合わせなければ適応度が大きく動き,メスの好みの浮動が大きいとオスの体色分化が生じやすいということになる.

ある意味方向としては当然なので,驚きはないが,実際に性淘汰で体色分化が生じうるというモデルの結果は美しい.


コイヘルペスにおけるパンデミックへの対策 大森亮介


コイヘルペスは非常に毒性の強い感染症で,死亡は水温により異なることから,水温調節により治療するという方法がある.
これについて疫学的な感染モデルを組み立てて,安易な治療は潜伏個体を残すことによってかえって被害が拡大しうることを示したもの.



安定か振動か?捕食被食の適応動態の運命 舞木昭彦


捕食被食系の個体数はモデル的には振動しやすいことが知られているが,観察例はそれほど多くない.
モデルに適応(発生の可塑性や学習,進化まで含むもの)を組み込んで系の安定性を見たもの.
環境収容量の大小,餌の処理時間の長短により安定性が変わること,捕食系に早い適応が生じると不安定になり,被食系に早い適応が生じると安定しやすいことなどが示されていた.そのほか位相の問題や適応速度の与える影響の非線形性などにも言及があり興味深かった.


アリ共生型アブラムシの分集団はメタ個体群になっている. 八尾泉


アブラムシはアリと共生することで利益を得ている(相利共生)とされているが,コストはないのかを調べたもの.
実際にアリはアブラムシの翅をかじりとることも観察されており,分散抑制が生じているかが問題になる.
遺伝的調査の結果アリ共生型の方が有意に遺伝的多様性が低いこと,またトラップによる調査でも分散が少ないことが示されていた.

アリ側には分散抑制にどのような適応的な利益があるのかが個人的には興味深い.


ミヤマキンバイにおける平行進化的なエコタイプ分化 平尾章


ミヤマキンバイは高山性の多年草だが,風衝地系と雪田系の2エコタイプがある.日本では北海道と本州各地に存在するが,これの遺伝解析して,独立にエコタイプが分化していることを示したもの.


マイマイカブリに見られる形態的多様性 小沼順二


カタツムリ食の甲虫(マイマイカブリ)に見られる形態差とその適応的意義(巨頭型は小型のカタツムリを壊して食べる,細身型は大きなカタツムリに潜り込んで食べる).形態差の分布と餌となるカタツムリの大きさの分布,さらに気温などの関係を示したもの


新世界ザル野生集団に対する行動観察と遺伝子調査による色覚多型の適応的意義


新世界ザルでは旧世界ザルとは独立に三色色覚が進化している.新世界ザルではX染色体の対立遺伝子中に3種類の波長感受性の遺伝子があり,メスでこれがヘテロになると三色色覚を持つ.
オマキザルとクモザルで糞からDNAをとって分析すると,オマキザルでは3種類が,クモザルでは2種類が同頻度で見られ,見事な(頻度依存的)多型になっている.
集団遺伝学的な分析では3色型への正の淘汰圧がある結果が得られる.
しかし実際に行動観察してみると果実の採餌効率では差がなく,昆虫の採餌効率ではむしろ2色型の方が効率がよい(背景の緑色に擬態している場合にはコントラストに敏感な方がよい)

なかなか興味深い現象だが,2色型の方が有利であれば,このようなことになるはずがない.要するに行動観察の精度が粗い,あるいはクリティカルな差が出る観察が行えていないだけではないかという印象だった.