日本生態学会参加日誌 その3

 
第57回日本生態学会(ESJ57)参加日誌 その3
shorebird2010-03-23
 

大会第三日(3月17日)


三日目は午前中しか都合がつかず.いろんなシンポジウムが企画されていて,珊瑚礁生物の緯度傾斜とか,企業と生物多様性とか,侵略外来種の防除戦略も面白そうだったが,環境改変と感染症のシンポジウムに参加


シンポジウム 環境改変 ― 感染症 ― 人間とのつながり


最初にオーガナイザーの川崎善一郎から趣旨説明があり,新興感染症の理解,予防には,ヒトによる環境改変が病原体,ホスト,感染の容易さ,などに与える影響を考えることが必要になっていることが強調されていた.



人間活動が誘引する感染症―新型インフルエンザ,BSE,抗生物質耐性菌を例に 梯正之


梯はメイナード=スミスの「進化とゲーム理論」の翻訳などで知られる数理生物学者で感染症のリサーチで知られる.シンポジウムの最初の発表として総説のような内容だった.

  • まず最初は昨年の新型インフルエンザについて.日本では,感染カーブは二回ピークをつけて,現在収束中,およそ2000万人が感染したと推定されているそうだ.これについては西浦の研究が公表されている.(1)水際作戦については,SARSと違って潜伏期間が飛行機のフライト時間より長いために効果がない.例えばフライト時間が12時間であると感染患者の20%がすり抜けてしまう.(2)予防:ワクチンについては,予防効果と接種事故をモデル化すると,現在のデータからはワクチン接種率が40%程度がもっとも死亡者数が少なくなると推定される.学校閉鎖は,感染者が多くなってから行っても感染ピークを遅らせる効果しかない.発症前に行えれば効果がある.今回の新型インフルエンザとブタの関係については現在議論の最中.メキシコの原因とされる養豚場には感染はなかったという主張もなされていて真相はよくわからない.
  • 鳥インフルエンザは,今回の新型よりはるかに死亡率が高い.(豚インフルが1.5%に対して鳥インフルは60%)
  • BSEはイギリスでのウシの発症数,ヒトへの感染,ヒトの発症数がモデル化されていて,ヒトの発症データとほぼ符合している.発症数もピークをつけて終わりつつある.このモデルによると日本での発症期待数は0.1人となる.
  • 耐性菌についてのモデルによると,量と頻度の関数値が閾値を超えると急速に耐性菌に置き換わる.

ヒトの環境改変により新しい感染経路が生じたり,潜在的な病原体感染が顕在化したりする.今後に対する示唆としては,家畜や抗生物質とのつきあい方をよく考える,常在菌の効用をもう一度見直すなどを挙げていた.


質疑では何故スペイン風邪はあのような大被害になったかが問われた.梯は,よく言われるNHの型には触れずに,第一次世界大戦による感染環境(兵士の劣悪な環境,感染兵士が前線から内地に継続的に戻ってくるなど)を挙げていて,いかにも感染モデルの専門家らしい回答だった.


鳥インフルエンザの発生拡大にかかわる生態学的要因 長雄一


ガンカモなどの野生鳥類と鳥インフルにかかる講演.
まず北海道では過去数十年で湿原が激減し,給餌の影響もあり,越冬地での過密現象が生じている可能性が示された.
しかし実際の感染にかかるデータは乏しい.そこで個別の野生鳥類の死体データをデータベース化し,これと地理的情報,遺伝子情報,寄生体情報とリンクし,さらに野生鳥類の死体発見の確率の地点ごとの推定(人口や保護施設の有無などの空間情報を用いる)を行い,より使えるデータを整えていこうという取り組み.
感染などの生態をモデルにするには個体数などの基礎数字が必要だが,実際に野生鳥類は生息数ですらなかなかよくわからないという事情があり,はっきりわかる個別の死体から地理情報を組み入れいて推定していくという面白い試みのようだ.


陸海連鎖環境が作り出すノロウィルスと人間の関係 真砂佳史


国内の食中毒は半分はノロウィルスによるものだとされている.(2002年にこの名前が使われるようになり,診断もされるようになったということだ)
ヒトヒト感染が90%,水系感染(貝類の摂取など)が10%とされるが,冬期に主に流行するという季節性がある.
真砂は季節性の原因は水系にあるのではないかと考え,養殖の牡蠣のデータ,下水処理のデータなどを調べてみたところ,牡蠣によるものではなさそうで,下水処理の効率を上げるのが有効かもしれないと示唆していた.

もっとも質疑では.飛沫感染のインフルエンザの流行は季節性があり,ノロウィルスのヒトヒトの飛沫感染でも十分季節性は説明できるのではないかと疑問が出されていた.私も同感だ.真砂はこの点に関しては満足な回答ができなかったように思う.


都市文化にひそむレジオネラ感染症 那須正夫


ヒトによる環境改変により感染症が流行することもあるが,抑えることもある.よく知られた例は上下水道の普及による水系感染症の激減だ.要はエンジニアリングをうまく使えば予防にも役立つということだという前振りの後,レジオネラ症の話に.

レジオネラ感染は水の循環使用により集団感染が生じることで知られる.日本では診断ガイドラインが出来,検査キットが出来,保険適用が認められるにつれて症例が増えている.(これはデータの解釈にも難しい問題がある一例だとコメントがある)
実際にスパなどで行われている状況を実験で再現すると,循環使用を始めてすぐバクテリアが増え始め,3日目にアメーバが増え始める.その直後アメーバを利用してレジオネラが増えるということになる.これから言えることは,レジオネラは検出が難しいので,バクテリアをモニターして,増え始めれば水を替えるということを徹底する.特にアメーバの増殖は危険なので注意するということだ.

また最近では非結核抗酸菌症も増えている.これは治療法が確立していない恐ろしい感染症で,やはり検出が難しい.日本では中年の女性に症例が集中している.おそらく水環境により感染するのだと思われ,状況証拠からはミストシャワー,超音波式加湿器が怪しいと思われるとのこと.
普段あまり聞くこともないが,あらためて聞くとなかなか恐ろしいことは多いものだ.



コイヘルペスウィルス感染症と人間の相互作用環 源利文


コイヘルペスウィルスの挙動について琵琶湖と由良川で調査した報告.
琵琶湖でアウトブレークしたのは2004年(10万匹以上死亡).その後5年経過したがなおウィルスは検出される.ウィルス量は夏多く,冬少ないという一山型の季節変動をしており発症変動(春秋の二山型)と合わない.
由良川では2007年にアウトブレーク.その上流と下流で調べたが,下流だけでなく,アウトブレークのなかった上流からもウィルスは検出される.また季節変動の形は1年目と2年目で少し異なる.
なおよくわからないことだらけで中間報告という感じ.

環境との関連では,水温の変化,さらにコイが水温に対して何らかの行動をとる影響,またアジアでは重要なタンパク源の1つなので,アウトブレークに対してヒト側の反応も問題になるという話だった.



ここからはコメント,自由討論の時間に.



梯先生からはダーウィン医学の簡単な紹介がなされていた.突然振られたような雰囲気でスライドなしだったが,短時間で重要なポイントを押さえた紹介がなされていた.
その後でちょっと意味深なコメントがなされた.曰く,「生態学的にいえば,感染症は密度調整因であり,系を安定化させる.人間が感染症を予防しようとするのは,最後に,そのような調節に身をゆだねるのか,あるいはどこまでも拒否するのかという話になる.通常の予防には異論がないと思うが,ではヒトの遺伝子改変にまで行くのかとなると最後は価値判断と決断の話になるだろう.」
「野生動物も保護しすぎると潜伏個体を増加させ,別の場所での流行の原因にもなる.大量死も自然現象という側面がある.ヒトの行動が原因か,あるいは社会的に見過ごせないという問題は別にあるだろう.」
これを巡る議論はなされなかったが,いかにも数理生態学者らしいコメントであった.


というところで午前中は終了.残念ながらこれ以上時間がとれずにここで駒場を後にした.


関連書籍


寺本先生と梯先生の共訳,これを読んだのはもう20年も前になるが,面白くて夢中で読んだ思い出がある.

進化とゲーム理論―闘争の論理

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