日本生態学会参加日誌 その4

 
第57回日本生態学会(ESJ57)参加日誌 その4shorebird2010-03-25
 
大会第四日(3月18日)


大会も後半に入って木曜日.今日は午後のみの参加.午前の最後には宮地賞受賞講演があったので是非聞きたかったのでちょっと残念.
午後2時頃会場入りし,第2体育館のポスター会場へ.さすがに巨大学会だけ合ってポスター発表は3日間入れ替え制にもかかわらず広大なスペースだ.今日のテーマは動物生活史,生態系管理,外来種,物質生産・物質循環,生態学教育・普及ということだが,かくも様々なことを多くの研究者がリサーチしているということがあらためてよくわかりうれしい.
絶滅危惧種や外来種の生態,保全に向けた取り組み,様々な生態系の管理のポスターが並ぶ様は壮観だ.私的には,現地フィールドでの現地の人の行動パターン(アフリカでの違法伐採者とか,日本での農家とか)を生態学的手法で解析してみるというポスターがいくつかあり, 興味深かった.









午後最初のセッションは15:15から.伊豆諸島の生物地理,フェノロジー,旅する生物(生物分布の歴史とその崩壊)あたりもおもしろそうだったが,共進化関係の企画集会に参加.


企画集会 共進化生態学の新天地を求めて


企画者は宮地賞受賞者の東樹宏和.先ほど受賞講演があったばかりというスーツ姿で登場,企画のキーポイントは,日本というフィールドは島が多く,多くの生態学者がいて,これまでに様々な生物の生態にかかる知識が集積していて,今後の共進化研究の進展が期待できるということだと説明.その後自ら最初の発表者となる.


軍拡競争の曙,そして落日:共進化のモデル系としてのゾウムシ―ツバキ系 東樹宏和


一昨年の種生物学会の本「共進化の生態学」にも書かれているご自身のツバキシギゾウムシ―ヤブツバキの共進化系についての講演.
ヤブツバキの実を食害するゾウムシの口吻長と,同地域にいるヤブツバキの果皮の厚さに正の相関があることから両者は軍拡競争の共進化系であることが予想される.単に相関があるというだけではなく,ゾウムシの攻撃の防衛成功度を実験で計測し,これにかかる自然選択のダイナミクスを示すことができた.
では何が共進化の深度を決めているのか.この両形質を地図にプロットすると緯度と相関があり,暑い地域ほど口吻が長く果皮が厚い.これはヤブツバキが防衛に回せる光合成産出量と関係がありそうだ.(「共進化の生態学」はこのあたりまでの記述になっている)
そこで数理モデルを作る.口吻と果皮にかかる微分方程式系をゾウムシ側,ツバキ側で組み立て,均衡を求める.ここの東樹のプレゼンは数式ではなく,その均衡が光合成量によりどう動くかという結果を,ゾウムシ側,ツバキ側,さらにその均衡の移動という形でグラフ化して示していてなかなか印象的だった.ツバキ側のグラフ形状はなかなか面白くてあるところで一気に両形質が共進化する非線形性を説明できそうだ.(ここはあまり詳しい説明がないのが残念だった)
光合成量を条件とした均衡として共進化の深度が決まったのだとすると,過去に気候変動があれば口吻と果皮は変化してきたことになる.(両者の均衡として決まっているのであれば気温が下がれば軍拡競争をしていても口吻長は下がり果皮が薄くなる)
ミトコンドリア遺伝子のハプロタイプを調べてみると,屋久島の個体群と種子島・九州・四国・本州の個体群のあいだで大体14000年前の分岐があり,北の個体群の多様性が小さい.これは最終氷河期以降,種子島以北に急速に小さな個体群が侵入して拡大化したことを示している.そしておそらく南でのみ軍拡競争が急速に進んだのだろうと推測されていた.

ではこの系は今後どうなるのだろうか.急速に共進化が生じている南の個体群を攻撃成功度の観点から見るとゾウムシが軍拡競争で遅れ気味になっているように思われる.(上記攻撃成功度の実験結果から予想される進化経路よりツバキ有利に傾いている)東樹は(1)ゾウムシ側の発生制約(口吻だけでなく産卵管も伸ばさなければならないが,体長サイズの制約がある)(2)ゾウムシの方がより分散が強いので局地的に適応できないという事情(これは実際に屋久島での遺伝子交流のデータが示されていた)によりツバキ有利になっているのではないかと推測していた.
今後はより個体群,メタ個体群の遺伝子動態を考えていきたいと抱負を語り,研究がうまくいった要因について(1)形態で計測が容易,(2)地域差が顕著だった(3)攻撃の痕跡が見える(4)小さなスケールで遺伝子流動が制限されている.とまとめていた.

全体として見事なプレゼンで,研究がどのように広がっていくのかがよくわかる内容だった.


絶対送粉共生系は種多様化を促すのか?:コミカンソウ科―ハナホソガ属共生系の起源と進化 川北篤


川北も同じく「共進化の生態学」の執筆陣の1人.そこではカンコノキとハナホソガの共生系について書かれており,ここでも同じ題材を用いての講演.
講演のテーマは絶対共生系は種多様化の原因であるかというところ.まず絶対共生系について説明があり,イチジクとイチジクコバチ,ユッカとユッカガに並びカンコノキとハナホソガが知られている.これらは種特異性が高く植物側の生殖隔離に直接効いてくるので種分化との関連が強く予想され,実際に多様化しているように思われる.

ここでこの共生系の生態と生活史について解説がある,日本ではカンコノキ1種について複数種のホソガが絶対共生系を作っている.受粉を行うのはメスのみで,受粉により形成される種子が幼虫の餌になる.種子を食べ尽くすほどの産卵があるとカンコノキの方で実を落とすという報復戦略があるために,ホソガは1つの花には1卵のみ産卵し,既に産卵されている花は避ける.(これは「共進化の生態学」では報復戦略が理論的に予想されているという記述で止まっていたところだ)

カンコノキグループとホソガのグループを系統解析してみると,23百万年前以降少なくともカンコノキでは5回独立に絶対的共生が生じていることが示されている.逆にホソガではこのような性質は1回だけの進化であるようだ.(ここも「共進化の生態学」より一歩踏み込んだ内容になっている.)

何故カンコノキでは絶対的共生系が進化しやすいのか.川北はホソガは単なる食植者ではなく,種子が幼虫の餌になっているために受粉の成功が自分自身の繁殖の利益になっており,交雑種子が不稔である,あるいは小さいということを避けようとして選択的に種特異的に受粉を行うように進化しやすいのだろうと推測していた.これは説得的で興味深いところだ.

ホソガはどのようにカンコノキの種識別を行うか.ホソガがカンコノキの種識別していることはデータで示されている.そしてこれは花から出る化学物質のにおいで識別しているようだと,20ぐらいの物質を主成分分析して識別性を示していた.

一旦絶対共生系が成立するとその中で種分化が進み多様化するか.コミカンソウの系統解析から種数の増加データをとり,絶対共生系が成立しているクレードとそうでないクレードを比較すると,共生が成立した後に種分化スピードが上昇しており,多様化しているようだ.ではその仕組みはどうか,これは現在研究中ということだが,送粉者が複数種あること,カンコノキの局地的な分布などがかかわっていると予想されるということだった.

後半部分は「共進化の生態学」の記述の先の進展で,東樹の発表と同じく,研究の広がりがわかる素晴らしい発表だった.


メタ群集における共進化と食物網構造:多種の捕食―被食群集モデル 山口和香子


何故複雑な生態系は(理論的には不安定になりやすいとされるのに)安定しているかという生態学の大きな問題にかかるモデル的な発表.
系を動態的に捉えて進化適応を入れ込むと安定化しやすいという主張を集団遺伝学的モデルで検証してみたもの.結論は安定化できなかったという主張だった.
しかし私の感覚では,取り入れられたモデルの前提(進化できる方向の限定,コストについて無関心など)はあまり現実味がないもののように思う.


競争種間の共進化と生物群集:小笠原の陸産貝類をモデル系として 千葉聡


適応放散は生態系のニッチを埋めていくものか,それともさらに複雑になってニッチを増やしていくのかという問題意識.
小笠原のカタマイマイは25種でニッチごとに分化している.地上では4種共存していることもあるが,ニッチごとに色彩差や形態差が観察できる.母島の地理的分布から,同じ色彩の種が分布を広げて共存するようになった場所では,リターの深さのニッチ分化が生じて,形態差が生じていることが示されていると説明していた.


関連書籍


私の書評はhttp://d.hatena.ne.jp/shorebird/20080517