日本生態学会参加日誌 その5

 
第57回日本生態学会(ESJ57)参加日誌 その5
shorebird2010-03-26
 

大会第四日の夕方のセッション.共進化系の集会の後はやはり進化系の企画集会に参加した.


企画集会 近親交配:その進化的な意義を問い直す


まず企画趣旨の説明.ここでは近親交配に,近親個体との交配,自家受粉に加え,無性生殖も含めて,「外のゲノムを取り入れるかどうか」という戦略決定として考えたいということだった.


近親交配回避とメスの多回交尾:配偶相手の血縁に応じたアズキゾウムシの交尾行動 原野智広


まずは近親交配回避のメカニズムの話.近交弱勢があるので,通常近親交配は避けることが適応的になる.方法的には分散と配偶相手の識別がある.選別は交尾前にできればいいが,それは難しく,交尾して始めてわかることもあるはずだ.その場合にどのようなことが生じうるか.
まず精子選択があり,これはカナヘビでの実証例がある.次に受け渡す精子数の調節がある.これもマダラメイガの一種で実証例がある.では,一回交尾してしまってからその後の交尾を避けるという行動は見られるだろうか.これまでは実証例はない.これは多回交尾が近親交配回避のために進化しうるかという問題につながる.

ということでアズキゾウムシで調べてみた.まずアズキゾウムシの生活史の解説.メスはアズキに産卵し,幼虫はマメを食べて成長し,羽化してマメを出るが,その直後に交尾し,交尾後分散して産卵場所を探す.だから近親交配が生じやすいと予想される.

最初は近交弱勢が本当にあるかどうかの検証.これは確かに観察された.

ここから未交尾メスを,兄弟と非血縁個体に交尾させてみると,メスは交尾前には相手を識別できないことがしめされた.
次に兄弟と一回交尾したメス,非血縁オスと一回交尾したメスを用意して,それぞれ兄弟,非血縁個体と2回目の交尾するかを調べる.すると兄弟と交尾したメスは有意に再交尾しやすいが,その際も相手の識別はできないということがわかった.

これはアズキゾウムシのメスは交尾前に相手の血縁識別はできないが,交尾した場合には事後的にわかり,近親交配したメスは再交尾しやすいという形の適応が生じている可能性を示唆している.今後は定量的に詰めていきたいとのことだった.


交尾により何らかの科学的シグナルにより近親交配を感知すると,とにかくどんなオスでも良いから再交尾するというメカニズムがあれば近親交配による受精を少しでも減らせるというところは確かだが,コスト面ではどうなのだろう.アズキゾウムシでは特にこのコストベネフィットがよいということを示せればさらに説得的になるだろう.


生殖システムから見た性配分問題:単為生殖の存在が性配分戦略に与える影響 川津一隆


単為生殖が性比配分に与える影響についての話.前振りが秀逸で,性比配分への影響について利得の性的対称性と遺伝の性的対称性に分けて説明していた.
本題については,無性世代の単為生殖がメスがメスを作るという形では親による有性生殖世代での性比配分は1:1のままだが,メスがオスも作る単為生殖が無性世代にあれば性比配分がメスに傾くというもの.
適応度関数を使って難しく説明していたが,要するに親から見るとメスに投資したつもりが無性世代で一部オスに転換するのであれば,それを見越して性比調節すべきだということだと思われる.


オオバナノエンレイソウにおける繁殖様式の集団分化―自家和合・不和合・雄性不稔 久保田渉誠


被子植物では他殖型のものが自殖型に進化することがあることが知られている.これは主に花粉制限下で不稔になるよりも自家受粉した方がましという場合,自殖は最初は近交弱勢が現れるが繰り返し自殖していくと劣勢有害遺伝子も除去されて浄化され近交弱勢現象が緩和される場合などに見られると考えられている.
ここでオオバナノエンレイソウは種内で自殖集団と他殖集団が分化している.これは花粉制限環境による差だと考えて検証してみた結果,自殖集団においても花粉制限はないことがわかった.一方近交弱勢ははっきり観察でき,上記のいずれの場合にも当てはまらない.

ここでよく観察してみると,自殖集団にはおしべが矮化しているメス特化型の個体が混在していることを発見.これは遺伝性があり,事実上自殖集団から他殖への進化が生じかけていると見ることができる.
また自殖他殖の多くの個体群の系統解析をしてみると,他殖集団の起源が新しくごく最近分化して拡大中であることも確かめられた.このことから一旦自殖集団として成立していたものが二通りの方法で他殖へ進化していることがわかったというもの.


なかなか面白いプレゼンだった.しかし何故素速く他殖集団に置き換わらないのかという疑問は残る.最近になって花粉制限状況が大きく変化したということだろうか.たまたま現在が置き換わりつつあるスナップショットだということだろうか.それではややご都合主義な解釈なのでより深いリサーチが期待される.
なおプレゼンでは,他殖から自殖へという進化傾向に反する例という言い方をしていたが,プレゼン後の質疑で,そんな傾向が普遍的だというわけではそもそもなく,自殖から他殖もあり得るという理論を実証したリサーチだというべきだという突っ込みが入っていた.その通りだと思う.


自殖の進化と絶滅リスク〜有害突然変異が運命を左右する?〜 中山新一朗


自殖のリスクとしては,ホモを作りやすいので近交弱勢のほかにも弱有害突然変異の蓄積という問題がある.
このリスクは突然変異率に左右される.モデルを作り,現実的なパラメータを設定してやると,突然変異率がシロイヌナズナより大きく哺乳類より小さな値が閾値になって自殖他殖の有利が入れ替わっているという結果が得られたというもの.

なかなかエレガントな結果だが,解釈は難しいように思う.これは通常の進化動態ではなく,絶滅確率によるクレード淘汰ということになる.さらに実証的にリサーチが進むことを期待したい.



シロイヌナズナ属における自家不和合性崩壊の突然変異のパターンとその適応的意義 土松隆志


被子植物では一旦他殖種として自家不和合性のメカニズムを獲得した後で,自殖が進化することは良くある.ナス科の植物では独立に何度も進化したことが知られている.このメカニズムを遺伝子のレベルで調べてみたもの.

自家不和合性はSローカスと呼ばれる領域が関係していて,免疫系のようにこの領域の一部が多様化し(シロイヌナズナでは40タイプ),同じタイプ同士で受粉が生じないようになっている.
不和合のメカニズムについてはSRKと呼ばれるオス側で働く部分とSCRと呼ばれるメス側で働く部分がある.

このSRK,SCRのどこかが壊れると自家和合性を持つようになるが,一旦壊れた後はどんどん崩壊していくので,最初にどこで壊れたかを特定するのは難しいとされていた.しかし多くの系統からDNA解析をして見ると,後に崩壊したところはばらばらに検出されるのに対し,最初に壊れた部分は良く保存されている.ということでシロイヌナズナで最初に自家和合性にかかる突然変異が生じた領域はオス側のSRK領域であると特定できた.

実はこの領域はメス側の方が10倍も長いのだが,最初の突然変異がオス側であるのは偶然なのか,それとも適応的な意義があるのだろうか.オス側であれば,この突然変異体の花粉は同じタイプの野生型の他個体に受粉できるが,逆は受粉できない.この非対称が有利になるのではないかということでモデルを作って回してみるとオス型突然変異の方が侵入しやすいということが示された.


ここの部分は興味深い.このオス側変異の優位性は,私の理解では,40タイプある不和合タイプがたまたま同じタイプ同士で受粉した場合のみ効いてくる現象だろう.だとすれば適応度の上昇は極めてわずかであり,10倍も長い領域をくつがえすような条件を満たすのはごく狭い部分ではないだろうか.詳しくモデルが知りたいところだ.


またこの後では和合性の侵入容易性は(当然だが)近交弱勢の程度に大きく左右される.すると最近強いボトルネックを受けたような植物で進化しやすいだろうということも議論されていた.全体としては話の広がりが感じられる面白いプレゼンだった.



最後に土畑重人から総合コメント


自殖と他殖は様々な環境によってどちらが有利かということが変わるパラメータ依存の現象であること,このパラメータはスケール依存性があること,帰無仮説はランダム交配で,近親交配回避,近親交配選好はそれぞれそこから逆方向に離れたものだと捉える方がよいこと,血縁度や社会性に絡む現象であることなどがコメントされていた.


近親交配が様々な角度から捉えられていて,聞いていて楽しい集会であった.ということで19時半,大会第四日は終了である.



なおこの日には駒場博物館にも立ち寄って種生物学会の本の表紙展に入り,そのまま学会の書店ブースで最新刊「外来生物の生態学」も買い求めた.
生態学会で買うには相応しい本だろう.



関連書籍


近親交配の本といえばこの本か.面白そうと思って購入したもののハミルトン博士の序文だけ読んで後は未読だ.いつかちゃんと読まねば.


この日に購入した本.