日本生態学会参加日誌 番外編

 
駒場進化セミナー THE FINAL
shorebird2010-03-27
 

大会第五日 3月19日


生態学会の大会第五日は夕刻まで都合つかず断念.


しかし同日夕刻から同じ駒場キャンパスで,土松,土畑両先生の主催する駒場進化セミナーが開かれている.これはかねてから行こう行こうと思っていて果たせなかったもので,今回最終回ということなので,これを逃してなるものかと参加.セミナーの講師は細先生.カタツムリの左巻き種の分布とヘビの補食行動の関係にかかるリサーチは進化学会(どの大会だったか思い出せないが仙台大会だっただろうか?)で聞いた記憶がある.とても印象的なリサーチだった.

 
右利きのヘビと私と,次世代型生態学者について 細将貴


セミナー内容の予告編には「なお,タイトルは大仰ですが,別に退官記念講演でも何でもないことを申し添えておきます」などとあり,このセミナーでも冒頭からこのセミナーの講演依頼がいかに「無茶振り」であったかを語るという,(関西出身だけあって)まずは笑いをとる姿勢でスタート.


まずこれまでの研究内容の説明.
カタツムリは左巻き,右巻きのものがある.巻きがそろっていないと交尾できないので,強い頻度依存淘汰があり,片方の巻き方が多くなるとすべての個体がその巻き方にそろうことが予想される.そして実際にほとんどのカタツムリの種は右巻きだ.しかしなかには左巻きの種が存在する.進化動態的には種分化とともに適応度の非常に深い谷を渡ったことになるのでこれはミステリーだった.
これには何が別の強い淘汰因があるのではないかと考え,もし右巻きの貝専門の捕食者が存在するのなら説明できるのではと考えつく.


左巻きのカタツムリは日本周辺では,台湾と南西諸島に多く分布している.そこでそれらの陸棲貝類の捕食者を当たるとセダカヘビが浮かび上がった.このヘビが右利きであることが示せないかと調べているときに,何か下顎の左右の感触が異なる気がしてさらに良く調べると下顎の歯の数が左右で異なることがわかった.(左が16本に対して右が24本.)さらに多くの標本に当たって調べるとカタツムリ食のセダカヘビはすべて右の歯が多い.(しかもナメクジ食のものは左右対称)
セダカヘビを飼育して左右の巻きのカタツムリを与えると確かに左巻きの方がヘビから逃れるものが多く,捕食された場合の処理時間も余計にかかることがわかった.逃避確率の差の大きな要因は(歯の数というより)ヘビ側の行動にあり,カタツムリを見つけたときにどちら側から狙うかという傾向が大きく効いているようだ.(処理効率には歯の数が効いているのかもしれない)
そしてセダカヘビの分布とカタツムリの分布を重ねると,セダカヘビの分布領域で左巻きのカタツムリが有意に多いことが確かめられた.また複数の左巻き種がいる台湾のカタツムリを系統解析すると,左巻き種が独立に何度も起源していることが確かめられた.


ここまでで左巻きカタツムリの分化は確かめられた.

次の疑問は何故ヘビは行動を変えないのかというもの.
これも実験を繰り返して調べると不完全ながら学習できることがわかった.(左巻きばかり与えると逆方向から狙うようになる)そこで,認識に不完全さが残るという前提で行動をモデル化.識別成功確率と左巻き貝の頻度をパラメーターにして解析すると,実際の実験結果や野外データのパラメーター下では,識別行動調整戦略より右巻き特化戦略の方が適応的だという結果が得られた.

台湾では地域によって左巻き貝の頻度が異なることがわかっているので,さらにリサーチを行いたいということだった.


次はヘビの自然史を調べるリサーチ.これまでカタツムリ食のヘビの食性をリサーチする方法は知られていなかったが,糞を顕微鏡で観察することにより,カタツムリの歯舌部分および顎板部分を見てカタツムリの種を同定することに成功した.


さらにカタツムリ側の対補食戦略のリサーチ.巻き貝には様々な形があるが,特に入り口の部分の変異は対捕食者の防御形態ではないかというもの.実際に南西諸島のイッシキマイマイには貝の入り口に出っ張りがある.そしてこれはヘビが分布しているかどうかによって近縁種間で異なっている.実験してみると,確かに出っ張りが邪魔になって歯を立てて引っ張り出すという行動が難しくなっている.さらにこのイッシキマイマイのクレードには左巻きが少ない.これはこの出っ張り戦略により左巻きの有利さが小さいためである可能性がある.

また別の対捕食者戦略として足の自切が見られる.ヘビのいる地域といない地域では有意に自切の跡がある個体の比率が異なる.これはヘビの補食圧の推定にも使える.自切はカタツムリから見て逃避できるし,カルシウムを失わないので再生コストもそれほど大きくない.また自切された足はヘビから見て処理時間が非常に小さくなるので,ヘビにとっても利益がある可能性もある.(もしそうだとするとこれはどう呼ぶべき共進化なのだろう.お互いに大きなコストを掛け合っているより相利的と言ってよいのだろうか?)
このような現象が進化すると,カタツムリの栄養要求がより炭水化物にシフトする可能性があるので,生態系に対してより大きな物質循環上の影響もあり得る.


このような捕食を巡る共進化と島の生物地理学を結びつけるリサーチも考えている.南西諸島と,台湾では相互作用する種数が異なるので様々な現象が異なるだろう.実際に南西諸島ではセダカヘビの顎の形がイッシキマイマイ用に特化して適応している可能性がある.


リサーチの解説はここまでで,ここからは研究者としての歴史を語り,研究の意義や価値を語り,それと社会との関係が熱く語られた.その中では,「研究とは価値の発見」であり,「価値とはヒトの信じる心が決めるもの」であり,「科学の最終的な意義は人間とは何かを解き明かしていくこと」だというコメントがあった.
また事業仕分けの衝撃と,科学者が社会に対して説明していくことの重要性についてもコメントがあり,会場からも様々な意見が出されていた.


永らく駒場進化セミナーを主催してきた土松,土畑両先生が,この4月をもって駒場を離れるということでこのセミナーは今回が最終回となる.なお,この志を継いで(少し名前を変えて)セミナーを立ち上げたいというプロジェクトも紹介されていた.ますますの発展を期待したい.