日本生物地理学会参加日誌2010 その2

 
日本生物地理学会参加日誌2010 その2
shorebird2010-04-08

学会二日目は花冷え,今年は三寒四温ならぬ六寒一温みたいだ.立教大学キャンパスは日曜ということもあって昨日とは打って変わって閑散としている.


大会二日目(4月4日)







新潟・佐渡沿岸沖合における海生爬虫類の漂泳漂着記録再調 本間 義治


最初の一般発表は新潟の漂着爬虫類.最初に日本近海の海流について説明.リマン海流といわれているものは実は対馬海流が樺太まで回って下がってきているものだ(後でロシア沿岸に漂着した亜熱帯産のウミヘビが示される)とか,対馬海流が下北半島を回り込んで岩手まで達しているという解説.
漂着爬虫類はウミガメとウミヘビ.いずれも南西諸島から対馬海流に乗ってくるということのようだ.アカウミガメ,ヒメウミガメ,アオウミガメ,タイマイ,オサガメが次々にスライドで紹介される.アカウミガメの稚ガメはなかなか興味深かった.(江戸時代の記録もあるそうだ)ウミヘビはセグロウミヘビが主体.


植物の環境へのはたらきに注目したESD実践 中里 直


中学校で,植物の蒸散作用,それの環境への影響をどう教えるかという発表.(なぜ生物地理学会での発表なのかについては説明がなかった)


東京湾・羽田沖における十脚甲殻類幼生の鉛直分布 2009年8月6日の調査 事例 齋藤 暢宏ほか


主にカニのゾエア,メガロパ幼生の垂直分布調査の報告.調査は1メートル間隔で水を吸い上げてから,プランクトンを濾し捕り,その小顎や顎脚の先を引き抜いて毛の付き方で識別していくというもの.(大変そうだ)
河川からの表層水,湾内水,太平洋からの湾外水,湾内水,低酸素水と層状になっていてそれぞれ分布が微妙に異なっていることが示されていた.


砂泥底棘皮動物を巡る生物間の相互関係 木暮 陽一


ヒトデの研究者による発表.海底の砂地にヒトデが入るとそれを足場にして複雑な生態系が生じるということを例を示しながら説明.
ヒトデと,そこについているヨコエビの関係を安定同位対比で調べたところ,ヨコエビは特に寄生補食しているわけではなく隠れ場所として使っているらしいこと,ヒトデに内部規制している巻き貝は捕食関係があることなどを説明していた.ヒトデではなかったがオオシラスナガイにタクアンカイメンがつきさらにその表面にクモヒトデがつくという現象,子供を自分の体表で埋め込んだように保護しているヒトデなどが興味深かった.


足場の生態学 (シリーズ 共生の生態学)

足場の生態学 (シリーズ 共生の生態学)

講演ではこの本にリファーしていた.かなりなつかしいシリーズだ.



インド−太平洋温暖水塊内で分断された浮遊性有孔虫・遺伝型の生物地理分布 氏家 由利香


浮遊性有孔虫の生物地理.最初に浮遊性有孔虫の自然史が説明された.よく知らない動物群だったので非常に興味深かった.炭酸カルシウムの殻を作る原生生物ということだが,共生藻を抱えたり,棘をはやしたり取り払ったり,有性生殖は小さな配偶子を放出するなど大変興味深い.
これまで形態では区別されなかった有孔虫を遺伝子解析してみると隠蔽種が多く発見される.それを系統解析すると大体3タイプに分けられる.垂直分布,水平分布を調べてみたところ,垂直分布には特段の偏りはなかったが,水平分布は海域により大きく異なっていたと発表された.



シンポジウム 〈黒田長久博士追悼シンポジウム −黒田長久先生を偲んで〉


ここからは昨年2月に逝去された黒田博士の追悼シンポジウム.黒田博士は黒田勘兵衛を始祖とする筑前福岡藩主であった侯爵黒田家の当主であり,親子二代の鳥類学者であった方だ.主催は日本生物地理学会のほか山階鳥類研究所,日本鳥学会,日本野鳥の会の共催である.


黒田長久先生の業績について 山岸 哲


山岸哲先生から黒田博士の業績の紹介.鳥類についてはすべてのジャンルについて研究をされた真の意味での「最後の」「鳥類学者」であったし,90歳を超えても論文執筆されていたそうだ.作詞作曲挿し絵まで書かれた「鳥の歌図鑑」という本も出されている.
[rakuten:book:13203230:detail]


東アジアにおける鳥の渡り―黒田先生との思い出を重ね合わせて― 樋口 広芳


樋口先生からは黒田博士との思い出も交えて渡り鳥の衛星追跡の話.ハチクマの渡りについて特に詳しく話された.帰りに中国大陸を北上した後朝鮮半島を経由して迂回してくるのは,梅雨前線を避け,追い風に乗るためではないかということだった.



故黒田長久名誉会長のご遺徳を偲んで 佐藤 仁志


日本野鳥の会の会長でもあった黒田博士の野鳥の会での業績についての紹介.カスミ網の販売禁止運動,ウトナイ湖のラムサール条約対象指定などに尽力されたそうだ.最後に現在の野鳥の会の活動としてカンムリウミスズメ保全事業などについても説明があった.


科学分類と民俗分類:鳥類学のエピソードから 三中 信宏


種問題について鳥類学のエピソードを紹介という趣旨のトーク.タイトル画面はカザリフウチョウの美しい写真だ.
エルンスト・マイアは「生物学的種概念」提唱以前からニューギニアにおけるフィールドの経験(科学者の種分類と現地住民による民族的分類が高度に一致する)で種の実在性を確信していた.それはその後同じくニューギニアで鳥類の研究をしたダイアモンドも同じ認識だった.
しかしそのような一致は種の実在性の証拠とは言えない,単にヒトの認知に固有のバイアスがあるためかもしれないとブレント・バーリンによって指摘されているという趣旨だった.


最後に長く黒田博士とかかわった中村司先生とご子息の黒田長高氏から故人の思い出が語られてシンポジウムはお開きとなった.


(完)