「The Bird」

The Bird: A Natural History of Who Birds Are, Where They Came From, and How They Live

The Bird: A Natural History of Who Birds Are, Where They Came From, and How They Live


コリン・タッジの鳥類についての本.タッジの樹木についての本「樹木と文明」はなかなか素晴らしかった.同様の構想で書かれた鳥類の本が出ているとあっては見過ごせない.果たして見事な本に仕上がっている.
英国における出版業界の慣習はよくわからないが,本書は当初英国で「Consider the Bird」という題で刊行され,ペーパーバックになる際に「The Secret Life of Birds」と改題され,さらに大西洋を渡ってアメリカでは「The Bird」という題になっている.中身はおなじだ.なお私が読んだのは米国版である.

序言においてタッジは自分自身バードウォッチャーであり,鳥類には樹木と並んでことのほか強い興味があるといっている.(なお英国のバードウォッチャーには3ランクあって,できるだけ多くの鳥を見ようとする「Twitcher」深く観察する「Birder」そして「Pro」ということになっているそうだ.)


第1章でまず鳥であることが語られる.飛行動物としてどのような適応がみられるかという趣旨だ.
飛翔能力にかかるトレードオフ(身体の大きさ,翼長,翼面積,揚力,安定性,操縦性,速度,効率性など)が様々な角度から語られている.重量と体幹の強さに関する要求がシビアなので,脳も大きくはできないし,身体は軽い骨格で作られた箱のようなもので,首,肩,脚のみが動くというのが基本形になるし,尾は事実上羽根だけになっている.呼吸効率と気嚢システムももちろん取り上げられている.水中に潜る鳥にとっては重くなくてはならないという背反する要求がある.通常は飛行能力を犠牲にして重くなっているのだが,ウは羽根をぬらすことによって断熱性を犠牲にして重くなっている(だから潜水後は羽根を乾かさなければならない)
羽根は非常に優れた空力装置であり,断熱目的に進化し,のちに飛翔に使われるようになったというのが定説だが,タッジは性淘汰ディスプレーとしての適応が先にあってもおかしくないと議論している.羽根については換羽にかかる様々な問題も取り上げていて面白い.
飛翔能力を得た見返りとして,捕食者からの逃避能力に優れるので,音声コミュニケーションが発達するという議論も面白い.このほかの鳥の特徴としては,赤血球が有核であること,性決定がZW方式であることなどが説明されている.


第2章では鳥の進化が主題だ.
前振りとしてダーウィンの「種の起源」そして始祖鳥の発見が語られる.始祖鳥を巡るオーウェンとハクスレーのやりとりなども詳しい.その後に鳥の起源という問題を議論している.タッジは丁寧に爬虫類の系統樹をたどっていく.真正爬虫類と単弓類の分岐に始まって,無弓類と新双弓類,新双弓類から鱗竜類と主竜類の分岐と続く.そこからまずワニが分岐し,翼竜が分岐し,恐竜となって,鳥盤目と竜盤目に分かれる.竜盤目の獣脚類からマニラプトル類まで分岐したところで中国の羽毛恐竜に話が進む.羽毛恐竜は現在8属が知られていて,系統的に見るとティラノサウルスもそのクレードに入る(だから羽毛を持っていた可能性がある).10年ほど前に主張されていたBCF理論(バードケイムファースト)は分が悪くなっているそうだ.ここではドロマエオサウルス類の後脚の第二指が武器として発達して地面につかないような仕組みになっているが,それが始祖鳥にも見られることなども書かれている.タッジはここで飛翔の起源問題にも触れている.現在では走行説より滑空説の方が有力ということだ.
鳥類の起源問題は,中国での羽毛恐竜の大量発見以降獣脚類起源説でほぼ決着がついているように思っていたが,反対論者の筆頭アラン・フェドゥーシアはまだ屈服していないようだ.まず指の相同性問題は解決していない.(恐竜論者は発生プログラムにおいてスイッチが生じたと主張する)結局フェドゥーシアは,風切り羽が見られるミクロラプトルは鳥類であって恐竜ではなく,そのほかの羽毛恐竜と呼ばれている化石はすべて恐竜で,羽毛とされているものは単なる線維であり羽毛ではないという立場を貫いているそうだ.タッジはフェドゥーシアの識見に敬意を払い,この問題はなお未解決だと両論併記している.なかなか大学者は簡単に降参しないのだとあらためて感じ入った.


起源問題の後は楽しい鳥の系統樹のお話が第3章で始まる.始祖鳥,ヘスペロニス,孔子鳥の話にさっと触れてから現生鳥類の系統と分類の第3章だ.タッジはまず「種」問題にも触れる.鳥類ではバードウォッチャーにおなじみの形態類似種から(キタヤナギムシクイとチフチャフが例にあげられている.日本でいえばセンダイムシクイとメボソムシクイというところだろう)始め,性的二型,オスの多型(エリマキシギ),数々の地域種,亜種,環状種,氷河期後の温暖化によるライチョウの分断,島への移入(ドードー)生物学的種概念と交雑(カモ類には特に多い)あたりも取り上げている.
しかし本書を進めるためには一定の割り切りで何らかの分類体系に従う必要があるのも当然だ.タッジはリンネの命名規則を丁寧に説明し(ラテン語の語尾変化,大文字をどう使うかあたりのトリビアは楽しい),クラディスティックスの基礎も解説し,分子的な手法,および鳥の世界で革新的だったシブレーとアルクイストの1973年の分類体系も説明した上で,シブレーの路線を継ぐクレイクラフトの分類体系におおむね従うと宣言している.


第4章は本書の中心部分である様々な鳥類の紹介になる.
クレイクラフトの順序に従っているので平胸類からだ.(ここでフェドゥーシアの平胸類多系統説にも触れている.分子的には単系統であることが明らかになっているそうだ)シギダチョウ,ダチョウ,レア,ヒクイドリ,エミュと進む.次はキジ・カモ類.カモはその多様性の分布から見て南半球起源であると考えられているそうだ.確かにヤマガモとかサザナミオオハシガモとかニオイガモとか変わったカモが多い.

ダチョウとキジカモをのぞいたすべての鳥はネオアビスというクレードにまとまる.ツル,クイナ,コウノトリ,サギ,トキ,フラミンゴ,ペリカン,ウ,チドリ,シギ,カモメ,アジサシ,カイツブリ,タカ,ミズナギドリ,アビ,ペンギン,フクロウ,アマツバメ,ヨタカ,ハト,サケイ,オウム,カッコウと続く.このあととキツツキ,ブッポウソウ,キヌバネドリと鳴鳥を合わせた大きなクレードがある.
そして鳴鳥類はその中にある大きなクレードだ.鳴鳥は鮮新世になってから大放散を遂げたクレードで,小枝に止まるのに適応したグループだ.そのもっとも離れたグループがニュージーランドに残っていることから見て南起源だと考えられている.タッジは手を抜かずにイワサザイからゴクラクチョウまで丁寧に各グループを解説している.ここは図鑑やネットで形態や生態を見ながら楽しく読めるところだ.(私は知らなかった鳥を余白にイラストで描き込みながら読んだが,至福のひとときだった)


第5章からは様々な生態の興味深い話が紹介される.
第5章は食性.餌の獲得法,エナジー効率,行動との関わり,クチバシの形態,なわばり(ロビンの胸の色は冬の方が鮮やかだそうだ),群れ,冬や夜に代謝を下げる仕組みなどが語られる.この中では魚を捕るための様々な方法が丁寧に解説されていて面白かった.種子食とクチバシの形態はおなじみだが,果実食と社会性の関係はなかな間興味深い指摘だ.エミュが群れで放浪し特定地域の植物を食い尽くす行動,ヨーロッパオオライチョウが松の葉に特殊化していることなどの記述も興味深い.
第6章は渡り.おなじみのキョクアジサシの渡りの長さを紹介した後,様々なルート,高度(鳥によって異なる),上昇気流の使い方,タイミング,ルートの決め方(時期,偏光,体内時計,目印など様々な手がかりを利用している.夜空の星の動きから不動点付近を見つけるという知見は印象的)などを解説した後,典型的に英国からアフリカに渡るツバメのルートを紹介している.
第7章は配偶.配偶システムの概略,カモのレイプやEPCなどの性のコンフリクトなどがまず語られる.この中ではEPCに加えて同種托卵もあるアメリカのサンショクツバメのシステムが興味深い.続いてキジオライチョウやゴクラクチョウのディスプレー,ツルやカンムリカイツブリのつがいダンス,そして鳴鳥類のさえずりが語られる.さらに他種のさえずりを真似するコトドリ,ハチドリの売春,オナガセアオマイコドリの師匠と弟子の関係も紹介されている.他種のさえずりの真似は興味深い.さえずり学習の副産物に過ぎないのか,これ自体がハンディキャップシグナルなのかは面白い問題だと思われる.またオナガセアオマイコドリの弟子の適応度も面白い問題だ.血縁淘汰が効いていないとすると弟子を務めることが適応度上昇に効く仕組みがどうなっているのか興味深い.
その後性淘汰について簡単に解説があり,17世紀の英国のCivil Warのキャバリア派の衣装が無意識のハンディキャップだと書かれていて面白い.
第8章は繁殖.様々な巣のあり方.キツツキの穴の生態的重要性(カモがこの穴を結構利用する,日本ではオシドリがこれに当たる),集団営巣,子育てのシステム進化のダイナミクスコウテイペンギンやオオハシなどのオスの献身,性役割逆転種,ダチョウの共同繁殖の優位メスの適応度などが語られている.托卵についても詳しく説明がある.あまりすっきりした解説にはなっていないが,様々な興味深い問題があることが示されている.この中ではコウウチョウのヒナがホストのヒナをグルームすることによって寄生確率を下げ,ホスト側の適応度も上げて相利共生的になっている例(ホストであるムクドリモドキ類は寄生が予想される条件下では托卵を排除せずに受け入れる)が紹介されていて興味深かった.
第9章は鳥の知性について.ここはちょっと面白い章立てになっていて,動物行動学の歴史が語られている.パブロフの条件反射から,ワトソンを経て,スキナーの行動主義にいたる.片方で優生主義への嫌悪からすべてを学習によって説明しようという流れになる.しかしそれでは説明できない例が積み重ねられエソロジーが興隆し,ティンバーゲンローレンツが現れる.タッジのローレンツの評価はなかなか興味深く,ローレンツ論理実証主義を主張し,擬人化を否定する立場だったにもかかわらず,心のなかでは擬人的な説明に傾いていたと示唆している.この行動の内側に心理を考える立場はグドールに受け継がれているとまとめている.
ということまで前振りして,タッジは鳥の知性について擬人的に語りたいようだ.鳥は哺乳類とかなり異なる系統なので知性のあり方はかなり異なっているだろう.しかしモジュール的な知性や,一部のカラスの一般知性について頭から否定する必要はないという主張なのだろう.ワタリガラスニューカレドニアガラス,オウムのアレックスなどの逸話をここで紹介している.


最終章は,絶滅と保全についての章だ.ドードーオオウミガラス,リョコウバトの話を紹介し,ハクトウワシやカリフォルニアコンドルの保全努力についても語っている.最後には長期的に物事を考えようと主張して本書を締めている.


400ページを越える大作.幅広い視点から鳥類を捉え,様々な最新の知見と適切な解説が織り込まれ,何より鳥への思いが伝わる見事な本に仕上がっている.鳥好きの人には文句なく推薦できる.翻訳されて多くの日本の読者の手に渡ることを望みたい.(樹木ファンよりは潜在読者が多いのではないだろうか)



関連書籍


樹木と文明―樹木の進化・生態・分類、人類との関係、そして未来

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最初に英国で出された本書の原書

Consider the Birds: Who they are and what they do

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The Secret Life of Birds: Who they are and what they do

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私の参考にした図鑑

The Sibley Guide to Birds (Audubon Society Nature Guides)

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Bird Guide: The Most Complete Guide to the Birds of Britain and Europe

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  • 作者: Lars Svensson,Peter J. Grant,Killian Mullarney,Dan Zetterstrom
  • 出版社/メーカー: Harpercollins Pub Ltd
  • 発売日: 2001/04/02
  • メディア: ペーパーバック
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Svenssonのものは今年に新版が出ているようだ.


鳥の起源と進化

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フェドゥーシアの大作.基本的にこの主張を変えてはいないということだ.