「Spent」第8章 自己ブランドの身体,自己マーケティングの心 その2

Spent: Sex, Evolution, and Consumer Behavior

Spent: Sex, Evolution, and Consumer Behavior


ヒトの身体を使った適応度ディスプレー.まずトライアスロンを振った後にミラーは化粧について議論をする.女性の化粧を考察することによって様々なことがわかるという.


まず霊長類の顔の性淘汰形質についてまとめている.様々なサル類のオスの顔の模様に独特で美しいものがあることにはダーウィンも注目していて性淘汰形質だろうと論じている.ミラーの議論はそれを受け継ぐものだ.

多くの霊長類では性淘汰は顔の外見にあらわれる.これは霊長類が社会的で(他個体の意向を知る手がかりとして顔に注目する)視覚的な動物だからだ.だから多くの霊長類のオスには誇張された性淘汰シグナルがある.顔の輪郭,色,目,毛の房,鼻,顔のひだなどが様々になっている.
ヒトの場合男性,女性には同じぐらい性淘汰的特徴が現れている.そして男性顔と女性顔はそれぞれ別の特徴を持つ.


ミラーによるとヒトの女性の顔は単なる適応度インディケータではなく,繁殖価を特に表すインディケーターだという.


まずヒトの女性の性交にかかる生物的な特徴を挙げている.

  • ヒトの女性は,繁殖のピークの前に性交可能になり,ピークを過ぎても性交可能
  • 発情期がなく,妊娠不可能なときも性交可能
  • 性交を誘うときには妊娠以外の様々な目的がある場合がある.例えば男性からの支援を目的にしていることがある


このことは男性から見るとどうやって繁殖価の高い女性を見つけるかという問題があることになる.

女性の年齢を見分けるために男性は,繁殖力がピークにある10代後半から30代前半の女性の顔と身体のキューに注意するように進化した.女性はそれに対抗してそれより早くから,そしてそれより遅くなっても繁殖力を示すキューを持つようになった.顔や身体だけでなく行動パターンも女性は12歳から60歳ぐらいまで同じになるように淘汰圧を受けている.さらに男性はそれを見分けるように淘汰圧を受ける.

この部分ではビル・クリントンが22歳のモニカ・ルインスキーと怪しい関係にあった時にヒラリーは既に48歳だったとコメントがありなかなかシニカルだ.

ともあれ,これは信号をフェイクすることに対して強い淘汰圧がある状況を説明している.であれば信頼性のためにはコストが問題になるはずだ.
「ふくよかな唇,大きな目,丸く突き出た頬,スムーズで輝くばかりの肌,豊かな髪の毛,顔の部分には毛が少ないこと」などが10代後半から30代前半の女性の顔のシグナルだとすれば,それを保つにはコストがかかるのだろう.

ミラーは残念ながらそのコストのについての議論をここで行っていない.おそらく生理的な何らかのコストがあるのだろう.しかし現代文明はこのフェイクを一部可能にしている.


ミラーによると,ほぼすべての文化において女性は「ふくよかな唇,大きな目,丸く突き出た頬,スムーズで輝くばかりの肌,豊かな髪の毛,顔の部分には毛が少ないこと」にあわせて化粧を行っているという.


ここからミラーは様々な部位の化粧法を微に入り細に入り説明している.女性読者ならここはかなり楽しめる部分なのだろうか.眼についてだけでもアイライナー,アイカラー,マスカラ,ブローペンシル,瞳を大きく見せるための目薬*1などを使って,眼を大きく,クリアに見せ,瞳,虹彩,白目,肌,眉のコントラストを強調するのだそうだ.(そしてもちろんすべての雑誌の女性モデルは今やフォトショップでさらに修正されている.)
これは頬の扱い方,肌の手入れ,ヘアスタイルなどについて続く.

このような化粧における方向性は一般に思われているほど文化的に多様ではない.古代エジプトでも目を大きく見せ,頬を赤く塗る.材料や色素は違っても目的は同じだ.目を小さくみせたり,唇を白く見せたり,肌にしわを描いたりする例はほとんどないそうだ.
これは女性の顔が繁殖価を表す性淘汰形質だという見方を裏付けるものだ.


ミラーはこのような化粧がマーケティングに与える影響についてもコメントしている.ここはなかなか面白い.どんな業界にも厳しい競争と差別化があるのだ.

これらは化粧業界のマーケターにとっての仕事を難しくしている.化粧自体に機能的な新発明はあり得ないからだ.単に外観を良くするものは製薬業界のような特許で守られたりはしないのだ.化粧業界はブランドをパッケージや価格で差別化するしかない.
ウェッティンワイルドはティーン向けに,資生堂は若いキャリアウーマン向けにアピールしている.業界は最近ではさらに微妙なライフスタイルでブランドを差別化しようとしている.
伝統的ロマンティシズム(シャネル,ロレアル),臨床的貞操(クリニック),エコフレンドな自然主義ボディショップ),メトロセクシャルな都会主義(デュウォップ,NYX)などだ.
女性は彼女の性格をよく表すブランドにプレミアムを払おうとする.もっとも化学的にほとんど差はないし,男性パートナーはおおむねブランドの主張の差にまったく無関心だ.

最後は笑える.
しかしここは実は面白い問題を含んでいる.女性の化粧は本当に男性向けの繁殖価ディスプレーだけのためのものなのかという問題があるからだ.そしておそらくそれはそうではないのだろう.同じグループの女性たちにも何かをディプレーしていると考えるべきなのだろう.このあたりは今後ミラーが解説してくれるだろう.



関連書籍


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ダーウィンによる哺乳類の性淘汰の部分はなかなか啓発的で面白い.ここに添えられている図を見ると極めて多くの霊長類のオスの顔の模様が性淘汰形質であることがわかる.私のノートはhttp://d.hatena.ne.jp/shorebird/20090925

*1:ミラーはVisineブランドを挙げているが,アメリカではVisineブランドはそういう目薬ブランドなのだろうか?