日本進化学会2010 参加日誌 その2

shorebird2010-08-10
大会第二日 8月3日


大岡山は今日も暑い.今日は3つのワークショップに参加.


WS2 利己者と利他者の絶滅回避を巡る適応動態


みんな疲れるので,働かないアリがいる非効率的なシステムはより長く続く 長谷川英祐


基本的に2年前の発表http://d.hatena.ne.jp/shorebird/20080901と同じ内容.
アリのコロニーでは常に一定比率のアリが働かず,それは働くアリと働かないアリを集めてみてもやはり同じように一定比率が働かないことになる.これの至近的なしくみは「反応閾値モデル」で説明されていて,それを確かめてみたところデータはモデルを支持した.
究極的な説明は,アリが疲労するという前提を与えて,格子上で一様閾値を持つ集団と閾値に分散を持つ集団をシミュレーションすると,閾値に分散を持つ集団の方が有利になる状況が現れるので進化可能だというもの.


2年前より一歩進めていたのは,この究極要因の部分.閾値の分布の問題の前に,そもそもより多くのアリが働く方がコロニーの生産レベルで効率的だと思われるのになぜ一定比率(それもかなり高率で)働かないというシステムが進化しうるのかという問題に対する考察だ.
これを,「卵を継続的に舐めないとカビが生えてコロニーが絶滅する」という状況を想定し,全個体が一斉に疲労して動けなくなるとコロニーが絶滅するという状況をシミュレーションに入れ込んでみると,短期的に非効率だが絶滅回避確率が高いために一定比率のアリが働かない方が有利であるパラメータの範囲が生まれるというもの.


長谷川は,これを「そもそも適応度はどこまで将来を考えるかということが決まっていない.コロニー絶滅リスクのような要因があるならかなり将来を考えるべきで,そうすると短期の効率と長期の効率が相反しうるのだ」と説明していた.
ここは「適応度に変動があるなら,全期間にかかる適応度は短期的な適応度の幾何平均で決まる」と考えておけばよいということだと思われる.すると絶滅リスクは非常に大きく結果に影響するということだろう.


プレゼン後の質疑では,絶滅リスク回避はわかったが,もっと短期的な効率を犠牲にせずに最低限の個体が働き続けられる方法があるのではないかということが議論になった.長谷川は,理論的には可能だが,実装が難しいのではないかと答えていた.また閾値の分散がどのように実装されているかもまだわかっていないが,単に動きが速い個体がより仕事刺激を多く受けるという仕組みなのかもしれないし,発生過程の偶然のばらつきによるのかもしれない,そうであれば実装が非常に簡単だろうともコメントしていた.なかなか面白い問題だ.
またプレゼンでは発表者の友人である辻和希から非常に深い突っ込みが何度もなされて,そのたびに実験を組み立てなおしたというエピソードも披露されていて面白く拝聴した.



アミメアリにおける裏切り系統の長期保存:他コロニーへの侵入戦略 土畑重人


これまでも進化学会でアミメアリについてポスター発表を行っているアミメアリの研究者土畑重人による発表.アミメアリは全ワーカーが共同繁殖する面白い単為生殖種だが,この中に働かずに産卵のみする大型個体(ここではEQと呼ぶ)が観察されることがある.
このEQは,一旦あるコロニーに入ると産卵数が通常ワーカーより数十倍大きいので2-3世代で過半を占め,コロニーの生産性は急速に減少し,数世代で絶滅する.これは典型的な,利他個体と利己個体のコンフリクトであり,囚人ジレンマ状況だと考えることができる.
コロニー内とコロニー間のワーカーとEQの遺伝距離をそれぞれ計測してみると,EQはコロニー内ワーカー個体と近縁ではなく,コロニーから見るとEQはコロニーの分割時に垂直感染しているのではなく,一部個体がコロニーを越えて分散するという水平感染していると思われる.
ここで格子モデルを作ってシミュレーションを行ってみる.分散距離が遠くランダムに分散するケースと,分散距離が小さく隣の格子にしか行かないケースを比較すると,分散距離が短い方がよりEQが存続しやすいことがわかった.これはある近隣地域が絶滅して空白になり,そこに新しいEQなしのコロニーが入り込み,成功して増える余裕が生まれやすいからだと解釈できる.
ここ数年でアミメアリについてはかなり理解が進んでいるようで,聞いていてかなり全体像がつかめたような気がする.



生物における共生進化のダイナミクス 吉村仁


このワークショップの企画者で,素数ゼミの研究で有名な吉村からの発表.
まずこれまでの進化動態のパラダイムでは,平均適応度を考えることになるが,長期的にはそれでは説明できないのだ(絶滅動態はそういう意味で重要だ)という主張を行う.
しかしこれは平均適応度を算術平均と考えるからおかしなことになるのであって,幾何平均と考えると何も矛盾はないように思う.

その後吉村は,利己個体によるコロニー崩壊の話から,現代社会の経済状況や現代文明のあり方の批判を始めるが,(著書の宣伝ということを割り引いても)経済についての理解がかなりナイーブなこと,主張に何ら実証的な根拠が無く単に「私はそう考える」の域を出ていないことからかなり興ざめな話になった.もう少し実証ベースの話を聞きたいところだ.



共生系個体群動態の基本モデル 秦中啓一


これまで2種生物の個体群動態モデルは,競争の場合および寄生の場合にはロトカ・ヴォルテラモデルが確立しているが,相利共生系では適当なモデルがなかった.
そこでロトカ・ヴォルテラより一次高い微分方程式を組み立ててみたというもの.
さすがにプレゼンを聞くだけではよくわからなかった.一度手を動かして動態を調べてみたいものだ.



ここで一旦昼休みに.昼ご飯は大岡山商店街まで遠征してみたが,あまりの暑さに判断力が鈍って随分さまよい歩くことに.かなり行った先になんとかマグロやさんを発見し,おいしいマグロ丼にありついた.しかしこのため昼休みの大半の時間を使ってしまいあまりポスター発表は見られなくなってしまった.その中でいくつ紹介しておこう.



ポスター発表 第一部


平等主義社会における社会交渉:ライオンの親和的行動の機能 的場知之


多摩動物公園のライオンの群れを行動観察して得たデータが示されていた.どの個体がどの個体にヘッドラビング(頭を相手にこすりつけるような仕草)したかを統計解析したもの.これは互恵的であり,血縁や普段仲がよいことと正の相関があり,前後の文脈やメスの発情とは相関が無く,オス同士でなされる頻度が高い.(血縁関係がやや不自然な個体群であるとの留保の元での)結論は,これはオス同士の個体間の友好関係の維持強化のための行動であろうというもの.
多摩動物公園のライオン飼育エリアはそれなりの広さがあるので観察は結構大変な作業だったのではないだろうか.


ミュラー型擬態を寄生的にする2つの要因 本間淳


以前当ブログでも取り上げた(http://d.hatena.ne.jp/shorebird/20090602http://d.hatena.ne.jp/shorebird/20090606)擬態に関する発表.今回はミュラー型擬態が問題になっていて,弱毒タイプのものと強毒タイプのものが共存するときに強毒タイプの個体は被害を受けているのか,それとも利益を得ているのかが問題にされている.
ここでは利益を得ているという数理モデルの結果を検証すべく,ヒヨコを使った面白い実験がなされていて,少なくとも捕食者がヒヨコのように振るまい,代替餌があれば,補食圧一定の元でも強毒擬態者は弱毒擬態者の存在によって利益を得ていることが示されていた.
ミュラー型擬態でもベイツ型と同じように様々な状況に依存するということらしい.またお勉強しなければ.


食性分化と認知:シジュウカラ,ヤマガラ,ハシブトガラのリスク感受性比較 川森愛


ハシブトガラが登場していることからわかるように北海道での実験.野外から取ってきた個体を用いて屋内実験を行った結果,ほとんどの採餌行動には差はなかったが,確率的に得られる餌を使った実験でシジュウカラとヤマガラにリスク回避傾向に有意な差が観察された.発表者はこれが同所的に分布する種間の食性分化を促した可能性があるという議論をしている.
リスク回避傾向に差があること自体は面白い発見だが,因果は逆なのではないだろうか.身体の大きさなどの別の要因で食性分化が生じ,それに対する適応としてリスク回避傾向に差が生じたという方がありそうな気がする.


なお要旨集で面白そうだと思っていた「オオカマキリの性的共食いの進化的要因を探る」という発表は展示されていなかった.残念である.

(この項続く)