日本進化学会2010 参加日誌 その3

shorebird2010-08-11
(承前)大会第二日 8月3日


午後のセッションは生態適応と形質分化のワークショップに参加


WS3 生態適応と形質分化


好き嫌いで生じるテントウムシの適応放散 松林圭


ジャワ島の食草の異なる近縁種のテントウムシ間でどのように生殖隔離が生じているかを実験的に調べてみる.飼育ケースに食草を入れておくと食草に従って分布するために交雑が回避されるが,食草がないと交雑することがわかった.これ以外の隔離機構は見あたらず,分子データも交雑が制限されていることを支持している.だからマイクロサイズで異所的に種分化を起こしているのだろう.
現在これを東南アジアの広い地域に広げて調査中.細部で詳細はあるが,まず海による分断があり,その上に食草を介した種分化という現象が広範囲に見られるようだというもの.

広い意味での同所的種分化の一例の報告という理解でいいのだろうか.



生態的種分化はAdaptive Dynamics理論で:生態的形質が進化的に分岐する条件と複数形質への拡張について 伊藤洋


頻度依存的分断化淘汰による同所的種分化という現象を理論的に解説したもの.ある環境下の適応度が,量的形質に対して広い分散を持っているときに,特定種がそれに適応しその適応形質の分散が小さければ,(そして分散が広がらないという制約があれば)適応地形上の両側に利用され尽くされていない適応度ピークが二山型に現れることになる.通常はそこで平衡になっているだけだが,何らかの攪乱が起こると適応形質自体が二山に分かれうる.もちろん両集団に交雑があればすぐに一山に戻るが,うまく交雑回避が生じれば同所的な種分化があり得る.
さらにこれを複数形質に拡張してシミュレーションしてみると,複数形質の場合はより分断化しにくくなるが,パラメータによっては不可能ではないという結論を得たというもの.
聞いているときには,そのようなこともあるのかなというぐらいだったが,後でよく考えてみると,そもそも分散が大きくなることについて制約がかかること自体まれなような気がするし,ちょうどうまく交雑回避が生じるのも難しそうだ.



ヤマハッカ属(シソ科)における送粉者相に応じた形態的・遺伝的分化 堂囿いくみ


ヤマハッカ属植物の送粉者は3種のマルハナバチであり,花の花筒長とマルハナバチの口吻の長さが対応している.マルハナバチは標高によって分布が異なっていて,ヤマハッカ属自体も標高により種の分布が異なっている.これをGLMで解析すると標高要因がもっとも効いているということになる.
花粉の送粉効果のデータや遺伝的な分化データを合わせて考えると,まず最初に何らかの理由により異なる口吻長を持つマルハナバチが異なる標高に分布し,ヤマハッカ属は後からそれぞれの標高要因に合わせて分布が決まり,その後急速にその地域にいる送粉者にあわせて花筒長が適応したのではないかと考えられるというもの.
様々なデータを合わせて考察が入っていて面白い.内容が豊富なのでもっと時間をかけてゆっくり聞きたかった発表だった.



クロテンフユシャクの初冬型と晩冬型の進化 山本哲史


クロテンフユシャクは,真冬に年1回羽化する集団が分布する地域と,初冬に羽化するタイプと晩冬に羽化するタイプの両タイプが共存する地域がある.これは冬の気温によって決まっている.
この両タイプがある地域の個体について系統地理的に解析してみると,まず初冬型と晩冬型に大きく分岐しており,それぞれ独自の進化史を持っているようだ.おそらく氷河期に一部のレフュージアに縮小した後に拡散したのだと思われるが,一部遺伝子浸透も見られ,また晩冬型の九州集団は独立に平行進化したようだというもの.
系統地理学の実践の美しい発表だった.



昆虫の求愛音・擬死音の変異とその遺伝的基盤:量的遺伝学的アプローチによる解明 立田晴記


スペインに分布するヒナバッタは山脈を挟んで近縁種が分布し,一部交雑も生じているが,求愛音が異なっている.これについてのQTL解析を用いた関連遺伝子数の推定に関する発表.また沖縄のイモゾウムシの擬死音についても説明があった.
擬死音についてなぜそのような音を出すのかわかっていないと言うことだったが,むしろその適応的意義が気になった.



適応進化した東アフリカ湖産シクリッドの形態 藤村衡至


これもQTL解析の話.シクリッドの顎の成長に関して解析していたが,主成分分析の手法が面白かった.


最後に奥山雄大から総合コメント

生物が生態に適応して形質分化を起こすことは様々なスケールにおいて観察できる.そしてゲノム時代になってこの多様性をどう捉えるかということだが,現在,形質にかかる遺伝子を直接特定していこうという手法が有力になっている.
もはやDNAは単に進化史をたどるマーカーになっているだけではなく,直接形質にかかわり,モデルを立てたり連関解析することが可能になっている.
そしてそのような時代にはより対象生物について総合的によく知っていることが求められるという内容だった.


以上で午後のワークショップは終了である.進化生態の研究はますますゲノム解析と密接に結びついていくのだということが実感できるセッションであった.
この後すぐに夕方のワークショップ.統計的方法論のセッションはややチャレンジングな内容のようであったが,参加してみた.




WS5 統計的方法論の最前線


系統樹推定におけるブートストラップ法 下平英寿


系統樹推定を行うと様々な統計的手法によりそれぞれ異なる信頼値が出てくるが,それにはどういう意味があるのかをまず総説.それには伝統的な頻度論とベイス的事後確率の次元と,当該系統樹仮説の「正しさ」の信頼度か「最も良いものか」ということに関する信頼度という次元があるのだという解説だった.
ブートストラップ検定は基本的に「最も良いものか」検定の世界の話で,ベイズ的な世界に近い.これをマルチスケール化することによってより普遍化できる.
p値的な検定は仮説に対して外れ値になっているかどうかも見るもので,分布の右側を見ていることになる.これに対してブートストラップはいわば左側を問題にすることになる.分布が左右対称なら両者の信頼度は同じものになるが,通常異なっているところが問題になる.これはブートストラップをマルチスケール化することで解決できる.何個のデータを母集団から取って(m),それをランダムに積み重ねてどれだけのデータサイズ(n)にするかという部分についてnを変えてシミュレートし,m=-nの場合についての特性値を外挿することによりマルチスケール化できるという話だった.
後半部分はハイレベルで難しくきちんと理解できていないが,前半の総説は面白かった.



葉緑体ゲノムデータによる分子系統樹解析にひそむいくつかの問題点 長谷川政美


グネツム目とマツとスギの系統関係を葉緑体遺伝子から解析する際の問題点という非常の実務的な話.
単純に分析するとスギとグネツムが近縁になり,いわゆる「針葉樹」は単系統でなくなるという結果になる.しかしスギとグネツム目の分岐前の枝,マツの枝が非常に長く,Long Branch Attractionを起こしている疑いがある.
そこで進化速度が非常に速い部分をのぞき,さらに平行進化が疑われる部分ものぞいて解析するとマツとスギが近縁という常識的な系統樹が得られるというもの.
このような修正を行うには進化速度の時間的な変動が重要になってくる.通常この推定は難しいが,化石により分岐年代が確定できるなら可能になる場合があるとして,恐竜の糞化石から出た花粉化石を利用したイネ科の葉緑体遺伝子の進化速度の推定も示されていた.
系統樹推定のアート的な部分が見えて面白かった.



分子進化のベイズ推定 岸野洋久


ベイズ法を利用するには事前分布が重要になる.これについていくつかの示唆がなされた.面白かったのは発現時のタンパク質の情報を用いるという発想.ゲノムのサイトごとに系統ネットワークのトポロジー推定を行うが,このときに単にシークエンスが近いところが似ているという仮定をおくのではなく,タンパク質になったときの空間的な近さを入れ込んでやるとうまく情報量を増やせるという話だった.
この世界はタンパク質の折りたたみ情報の利用というところにまで進んでいるのだという感慨を持った.


配列進化の統計的モデル 徐泰健


系統樹の最尤推定には大きく分けるとDNA置換モデル,アミノ酸置換モデル,コドン置換モデルとある.このカテゴリー内のモデル比較には,これまでもAICなどの様々な方法があったが,カテゴリー間の比較は難しかった.
今回それぞれ4×4,20×20,61×61の次元になっている遷移行列をすべて64×64に拡張し,さらに数学的に同等にするためにパラメータを決めてやることにより直接AICで比較できるようにする手法を開発した.
このアミノ酸置換とコドン置換の比較においてこのパラメータの意味を考えると,アミノ酸置換モデルは同義置換が飽和していると仮定したコドンモデルと等価であると見なせる.そして実務的に問題になるような系統樹ではすべての枝において飽和している事態は考えにくくコドン置換モデルの方が優れていると結論できるというもの.

塩基置換は当然アミノ酸がどう変わるかによって左右されるだろうし,同義と非同義では置換確率が異なってくると思われるので,(計算量は大きいが)コドンモデルの方が良さそうだと直観的には思われ,その通りの結果となっているということだろう.なかなか面白い発表だった.



集団遺伝の確率モデル 間野修平


ゲノム進化全体についての統計確率モデルはなおできていないという認識の元で,それを巡る現状と問題意識の報告という内容.流れるようなプレゼンで難しい話題が次から次に流れていく.専門的で高度な内容で理解はできなかったが,聞いていて快感だったのは発表者が自分の発表内容について極めてクリアーだからなのだろう.


ここまでで大会二日目は終了である.