日本進化学会2010 参加日誌 その7

shorebird2010-08-15
(承前)大会最終日 8月5日


午後は文化進化分析の系統的方法のワークショップに.発表者の関係か,英語で行われた.(演題の和訳の文責は私にある)


WS14 Phylogenetic methods and thinking in cultural evolutionary studies (文化進化研究における系統学的方法と思考)


「A brief history of phylogenetic methods in cultural evolutionary studies: An introduction」(文化進化研究における系統学的方法の簡単な歴史:イントロダクション) NAKAO Hisashi 中尾央


まず企画者の中尾央から趣旨説明を兼ねての発表


近年系統樹的手法を用いた文化の分析のリサーチがよく見られるとして,まず代表的なリサーチとしてテラニとコラードのトククメニスタンのテキスタイルの模様を分析して系統樹を構成したもの,オブライエンの矢じりの形状を分析したもの,論文集として「Mapping Our Ancestors: Phylogenetic Approaches In Anthropology And Prehistory」とか「The Evolution of Cultural Diversity: A Phylogenetic Approach」などが紹介された.

続いて分野ごとに少しずつコンテキストが異なることが説明された.ステマトロジー(文献学)の例としてカンタベリー物語の写本間の関係を系統ネットワークとして再構成したバーブルックのリサーチ,人類学の例として,アフリカのラクダの遊牧文化が相同か収斂かを問題にして言語の系統樹と比較したメイスとペイゲルのリサーチが紹介され,そのほか進化考古学の取り組み,建築様式にかかるものなどにも言及されていた.

最後にこのワークショップでは生物学,人類学,文献学,建築学などの話を聞いて共通点と相違を議論したいという趣旨だと説明し,また本日の発表者が中心となって執筆した「文化系統学への招待」という本の出版を予告していた.
なるほど,本の出版企画から派生したワークショップということらしい.


The Evolution of Cultural Diversity: A Phylogenetic Approach

The Evolution of Cultural Diversity: A Phylogenetic Approach

  • 発売日: 2005/05/31
  • メディア: ペーパーバック




ここで次の発表予定者の三中から,「スライドがまだできてないので順序を変えて欲しい」との要請が.ついに間に合いませんでしたか.ということで発表順序が変更に



「Using phylogenetic comparative methods to test hypotheses about the pattern and process of human cultural evolution」(ヒトの文化進化のパターンとプロセスにかかる仮説検証のために比較系統法を使う) Tom Currie


昨年冬の人間行動進化学会http://d.hatena.ne.jp/shorebird/20091221でも登場したトム・カレー.濃密なプレゼンを披露してくれた.
まずイントロとしては,文化の変容にもパターンとプロセスがあり,このため系統的なリサーチに様々なメリットがあるのだと強調.実際に1990年代後半からリサーチは非常に増えてきているそうだ.
そしてこの手のリサーチは実は19世紀に始まっている.印欧語族にかかるものが1863年,太平洋の民族にかかるものが1888年,法律(おそらくローマ法や英国コモンロー,教会法などの民事法の継受関係の研究だと思われる,詳細の説明はなかったが面白そうだ)にかかるものが1827年にあるそうだ.
系統法を取るメリットとして,テストを量的にできること,考古学データと民俗学データを同じ土俵で比較できること,既に多くの言語系統樹が確立されていることなどをあげていた.


分析には2タイプある.

  • 分岐のパターンとタイミングを知るために系統樹を作るというもの
  • 別のデータから得られた系統樹に,特徴を重ねて比較するもの.祖先形質の推定(変化の方向性の推定),共進化の推定などが可能.


ここから自身のリサーチの紹介.
ヒトの歴史は小集団から始まり,社会・政治が大規模化,複雑化している.この様相を分析することが主眼で,材料としてはオーストロネシアの社会,政治形態.
この地域の民族は台湾から5500年前に拡散し始め,マダガスカルからイースター島,ハワイ諸島まで広がった.そして既に言語系統樹がほぼ確立している.
これに社会政治形態の様相を重ね合わせると,それがどのように大規模化したのかを推定することができる.単純な社会から複雑な社会まで一方向なのか,双方向なのか,あるステージを飛ばすような変化が生じるのかなどの移行仮説を立ててデータとの当てはまりを見る.結果は一段階ずつ上昇下降双方の移行があり得るという仮説に最もよくフィットした.

変化のある様相と別の様相が共進化するのかどうかを調べることができる.例えば政治形態が,例えば道具文化,あるいは宗教と共進化しているかというような問題だ.ここでは社会の階層化と政治形態について調べた.それぞれの移行モデルを立てて移行同士の相関を見ることで分析できる.結果はモデル内の矢印の大きさで図示されていた.基本的に強い共進化状態は無いように見える.


質疑では,文化には水平移動もあるはずだがどう考えるのかという質問がなされた.
カリーは,もちろん水平移動もあるが,系統的な移行も十分強くあるので,分析の枠組み自体は有効だと答えていた.重大でなければまずはノイズとして考えていいということだろう.
またベイズ法における事前分布はどうするのかという質問もあった.まずはフラット分布から始めると回答していた.なおリサーチの発展初期段階だということだろう.



「Phylogenetic approach to "Wakuraba(老葉)" --an anthology of "Renga" by Sohgi--」(宗祇連歌句集「老葉」への系統学的アプローチ) Tamaki YANO 矢野環


日本における写本文献学の紹介という趣旨で,宗祇連歌句集「老葉」の写本間のリサーチが紹介されていた.
私の理解した範囲では,系統樹作成手法としてよくある単語や文字の最節約的変化を問題にするのではなく,もっと大きな特徴を主観的に数値評価して,それを二次元配置してその距離から系統ネットワークを書いていくというものだった.
系統ネットワークの形から,ある写本グループの依拠したオリジナルなどの推測ができることが示されていた.

系統推定も興味深かったが,それより連歌の細かな説明や,その注釈本(宗祇本人の注釈,弟子による注釈など何種類もあるそうだ)のあり方など「連歌」についてのトリビアが非常に面白い発表だった.



Analyzing the development and evolution / origings of potpourri elements of 19th century Japanese Giyofu (pseudo western style) architecture using G. Kubler's」(19世紀日本の建築様式「擬洋風」の寄せ集め要素の発達,進化,起源をクブラーの方法で分析する) 中谷 礼仁


日本における建築様式の変化についての研究の紹介という趣旨.
ここで紹介されたのは,明治の初期に忽然と現れてわずか20年で忽然と姿を消した「擬洋風」という建築様式.擬洋風のなかの様々な特徴がそれぞれ別のオリジナルから模倣されて同時期に存在したものだということが示されていた.そういう意味では「系統樹」にはなっていないということだろう.
やはり擬洋風の歴史や詳細が非常に面白かった.
中心のタワーやナマコ壁などのオリジナルは築地ホテルだが,それが錦絵として伝わったために,コピーでは平面的になってしまっているという部分とか,ベランダの流行はさらにさかのぼるとか,多角形の塔は宮大工の技術の現れだとかが説明されていた.明治時代の大工の心意気がよく感じられる.



 「The roots of cultural phyogenetics and the universal tree-thinking」(文化系統学の起源と普遍的系統樹思考)Nobuhiro Minaka 三中信宏


文化を系統的に理解しようとする歴史は古いとして,様々な例を紹介していく発表.
最も初期の例は13世紀までさかのぼる.分析対象としては,芸術,技術,文献写本,言語などがある.そして系統推定法は分野間で収斂した.
図としては1827年の文献系統樹が紹介されていた.これは絶対年代がついている現代的な形をしているが,その隣には家系図由来の由緒正しい系図的な表現もある.
これらは現在のデータから過去を復元するという試みだとまとめられるとして,タッカーの「Our Knowledge of the Past」の紹介を持ってプレゼンは締めくくられた.


質疑では,東洋にはこのような思考はないのかという質問があった.
三中はイスラムには家系図があり,日本でも家系図は書かれていると回答.ただし日本では形式だけで中身はいい加減だとも付言していた.中国やインドではどうなのだろうか.ちょっと興味深い.


Our Knowledge of the Past: A Philosophy of Historiography

Our Knowledge of the Past: A Philosophy of Historiography

  • 作者:Tucker, Aviezer
  • 発売日: 2004/04/26
  • メディア: ハードカバー



このワークショップの内容はいずれ出る「文化系統学への招待」(仮題)のなかでより詳しく(かつ日本語で)語られるはずだ.大変楽しみである.


参考ページ
http://d.hatena.ne.jp/leeswijzer/20100622



以上で今年の日本進化学会は終了である.大変暑かったがなかなか充実した4日間を過ごすことができた.