Nowak , Tarnita, E. O. Wilsonによる「The evolution of eusociality」 その23


Nowak MA, CE Tarnita, EO Wilson (2010). The evolution of eusociality. Nature 466: 1057-1062.


<Groupselection is not kin selection>
Supplementary Information,Part A "Natural selection versus kin selection"


ここまでNature論文でNowakたちがグループ淘汰論争に口を挟んでいるところを見てきた.
私の印象は,挑発したあげくに返り討ちにあった経緯から,無理矢理不自然な前提で強い淘汰条件でも成り立つ「マルチレベル淘汰理論モデル」を作り上げて苦しい(かつあまり意味のない)反撃をしているだけだというものだ.
ではそもそも包括適応度陣営から見たマルチレベル淘汰理論の評価はどういうものだろうか.だんだん脇道にそれていくようでもあるが,ここまで来たのでそこも見ておこう.まずこのNowakたちのNature論文で引用されているWest et al. 2008がとっかかりになるだろう.


West SA, Griffin AS and Gardner A (2008) Social semantics: how useful has group selection been? J Evol Biol 21, 374-385.


この記事も読んでみると実は一連の論争の最後の部分であることがわかる.これはWestたち包括適応度陣営とマルチレベル淘汰擁護派のD. S. Wilsonの間のやりとりの一部なのだ.(ここではNowakやE. O. Wilsonは顔を出さない)
最初はWestたちが社会性の進化や利他性の進化にかかる概念整理をしたJ Evol Biol誌のMini ReviewにD. S. Wilsonが批判を同誌のShort Communicationに載せ,さらにWestたちが再反論しているというものだ.というわけで最初から見ていこう.


West SA, Griffin AS and Gardner A (2007) Social semantics: altruism, cooperation, mutualism, strong reciprocity and group selection J Evol Biol 20, 415-432.


この論文は特に論争を起こそうとしているものではなく,社会性や利他性の進化のリサーチにおける用語の混乱を整理し,同じ用語を異なる意味に用いることが原因で生じるつまらない論争を減らそうとしているものだ.(そのもくろみにもかかわらずそのような論争に発展してしまうのは皮肉な事の成り行きということになろう)
というわけで,まず「協力」「直接利益」「間接利益」「報酬」「パニッシュメント」「ポリシング」「サンクション」「限定された分散」「血縁認識」「緑髭」などの用語の通常の意味を説明し,「血縁淘汰」「相互利益」「利他主義」などのトピックを解説している.特に利他主義のところは詳しく解説がある.その後「直接適応度」「至近的説明と究極的説明」「行動」などの解説が続くのだが,その間に「グループ淘汰」が扱われている.この後の論争は基本的にこの部分が問題になっている.


この「グループ淘汰」のトピックではまず,意味論的混乱のために論争があったが現在では解決されていると宣言されている.その後「『古い』グループ淘汰と『新しい』グループ淘汰」という節があり,ウェイン=エドワース的な議論を『古いグループ淘汰』,1970年以降のD. S. ウィルソンたちの議論を『新しいグループ淘汰』として以下のように区別している.


「古いグループ淘汰」

  • 「繁殖抑制しないグループは(リソースが枯渇し)絶滅し,繁殖抑制するグループは絶滅しない」ことからグループにとってよい行動は進化するという議論
  • 1960-1970年代に理論実践両面から,非常に厳しい前提条件の下でしかこのようなことは生じないとされ,この議論は否定された.
  • 基本的に繁殖集団間の淘汰を考えている.(interdemic selection)
  • グループ淘汰こそが進化のドライビングフォースだと考える.
  • グループとしての特性を考える


「新しいグループ淘汰」(あるいはマルチレベル淘汰)

  • 生活史の一時期に少数の個体間に相互作用がある場合を念頭においた議論.
  • 繁殖集団内の淘汰を考えている.(intrademic selection)
  • マルチレベルでの淘汰を考える.
  • グループの中の個体の特性を考える
  • 包括適応度理論が説明する同じ進化過程について包括適応度理論と異なる概念化を行ったもので両者は等価な理論である(そしてそれはハミルトンの1975年の論文等でで明らかにされている)


次にグループ淘汰を巡る混乱を3つに整理している.


<1>古いグループ淘汰と新しいグループ淘汰がきちんと区別されないことによる誤解,混乱
特にこの分野に詳しくない研究者はよく混乱する.このために微生物や感染病原体のエリアでよく混乱が見られると指摘されている.(つまり古いグループ淘汰的な主張がなされているということだろう)ここではSoberとD. S. Wilsonが両方のグループ淘汰を紛らわしくスイッチしていると批判している.


ここで混乱を加速させている事情として,進化生物学者が「新しいグループ淘汰理論」をほとんど使用していないということがあるというコメントがある.これは周囲に,進化生物学者は「『新しいグループ淘汰』も重要な考えではない」と考えているためだと誤解される元になっている.しかしそれは重要でない,あるいは間違っているためではなく,(等価である)包括適応度理論の方が,モデルを組みやすく,予測を解釈しやすく,実際のデータを適用しやすいからなのだと主張されている.(はっきり書かれていないが,要するに自分たちは等価な理論について多元主義的で,基本的に両理論のどちらを使ってもよいと考える立場なのだが,実際には包括適応度理論の方が便利だということだろう.)
ここからなぜ包括適応度理論の方が利用されるのかを延々と説明している.

  1. テイラーやフランクの定式化により最近の包括適応度理論は容易にモデルを組み立てたり解釈できるようになっている.
  2. 局所配偶環境における性比の説明は包括適応度理論のもっとも美しい応用例だが,これをグループ淘汰的に説明するのは,unfeasibleであるか,あるいは非常に複雑になるためにモデル化されていない.
  3. 包括適応度理論の方がより実際のデータと明確にリンクする.(包括適応度理論ではr=0.22という表現になり多くの生物学者に理解されやすいが,グループ淘汰理論ではn=10, v/vb=2.98などという表記になりわかりにくい)
  4. グループ淘汰理論では直接利益と間接利益を明確に区別しないが,実務的には有用な区別だ.
  5. グループ淘汰理論では,繁殖利益のコンフリクト問題を同定したり定量化することが容易ではない.そしてこれは実務的なテストとして非常に価値がある部分だ.
  6. 包括適応度理論では個体は自分の包括適応度を最大化するように行動するという解釈になり,進化動態が分かり易いが,グループ淘汰理論では個体とグループのコンフリクト強調する形になり,進化動態がわかりにくい.


<2>包括適応度理論と新しいグループ淘汰は異なるものだという誤解,あるいは包括適応度理論は新しいグループ淘汰理論の特殊なケースに過ぎないと考える誤解
これはそう主張する人たちがいるので誤解が続いているというコメントがある.名指しされているのはSoberとD. S. WilsonのほかE. O. WilsonとHölldobler,Kreftたちだ.

このような誤解は,包括適応度理論が共有祖先に基づく遺伝子共有確率だけを問題にしているという誤解から生じているのだが,包括適応度理論は遺伝子共有が生じる仕組みはどのようなものでもよいように拡張されていることが理解されていないのだろうと指摘している.
先に紹介したTraulsenたちの論文などもまさにその一環をなしているということになるだろうか.

Westたちはこの部分の最後に,このような誤解が絶えないおそらく最も重要な理由として,包括適応度的にも説明できるような『新しいグループ淘汰』理論を用いた実際の生物にかかるモデルがないからだとコメントしている.


<3>『新しいグループ淘汰』アプローチで,これまでと別の意味で基本的な用語を使っていることによる誤解.
この例としてはグループ内淘汰を「個体淘汰」と呼び,グループ間淘汰を「グループ淘汰」と呼ぶことなどが挙げられている.



このWestたちの論文は用語の混乱を回避しようと書かれているものだが,D. S. WilsonやE. O. Wilsonに対してはかなり辛辣な言い回しになっているのは確かだ.
内容に関しては,「古いグループ淘汰」と「新しいグループ淘汰」の違いが総花的で明確でない印象を受ける.混乱を避けようとするなら明確な線を一本だけ引いて区別した方がよかったのではないか.
むしろ,利他的行為について,グループに利益があれば無条件に進化する(古いグループ淘汰)と考えるか,グループの利益にかかる淘汰圧と個体の利益にかかる淘汰圧が両方あってどのような条件の下で利他行為が進化するかを考察する(新しいグループ淘汰,あるいはマルチレベル淘汰)とした方が明解だっただろう.


それ以外の内容は良く理解できる.彼等の(混乱を引き起こしている)グループ淘汰擁護派に対しての主張は大きくいって以下の3点だろう.

  1. ハミルトンは1970年代に包括適応度を拡張して,さらにマルチレベル淘汰と包括適応度の関係まで明解に説明している.なぜこれがいまだに理解されないのか.
  2. さらに1990年代にフランクやテイラーたちによって包括適応度はさらに洗練を増している,これも理解されていない.
  3. グループ淘汰理論は(包括適応度理論と等価ではあるが)使いにくい.特に性比やコンフリクトに関しては使えるようなモデルがない.


そしてこれを読んでかちんと来た(だろう)D. S. Wilsonは同誌に反論を寄せることになる.