「Natural Experiments of History」

Natural Experiments of History

Natural Experiments of History


進化生物学者ジャレド・ダイアモンドニューギニアの鳥類の研究で有名だが,リサーチの際現地の人々と触れあううちに,何故世界には支配的な文明を築けた人々と,未だに狩猟採集時代を生きている人々がいるのかに疑問を感じるようになる.彼はそのことそして歴史を動かす要因を様々に考察し,「Guns, Germs, and Steel: The Fates of Human Societies」(邦題:銃・病原菌・鉄)「Collapse: How Societies Choose to Fail or Succeed」(邦題:文明崩壊)という人類の歴史にかかる2冊の本を書き上げることになる.
Collapseにおいてダイアモンドは,同じ島にある2つの国家,ハイチとドミニカを比較して,何故片方が崩壊の危機に瀕しているかの分析を行った.本書は歴史における様々なリサーチャーによるこのような「自然実験」あるいは「比較法」についてのアンソロジーであり,ダイアモンドと政治経済学者のロビンソンが共編者となっている.

プロローグでは方法論について編者から説明がある.歴史を扱う科学(進化生物学,古生物学,疫学,歴史地質学,天文学など)では過去のことがらについて統制実験はできない.だからできるだけ条件がそろった事例を見つけて比較するという手法が採られることがある.(例としては系統的に近縁な生物種間での比較が挙げられている)本書はこれを歴史において実践した例を集めたものだということになる.ここでは1つのテーマに人生を捧げてきた歴史家には受け入れられにくいが,これは物事を統計的に捉えることが可能な有効な方法だとコメントされていて,歴史家たちからの反発をうかがわせるものになっている.


第1章はパトリック・カーシュによるポリネシアの文化進化についてのリサーチ


カーシュたちは,人類の歴史を分析するにあたり,起源を同じくする特徴(ホモロジー;相同),後に独立してできた特徴(アナロジー),水平移転した特徴(シノロジー)を区別するためにphylogenetic model(系統発生的モデル)を作り上げている.これは生物の系統学的手法に影響を受けたもので,各文化の特徴の類似はまず相同であると仮定し,系統樹を作成する.これを考古学的な証拠によってチェックしていくというものだ.
太平洋に散らばるポリネシアの島々は大きさや気候がばらばらだが,入植者たちの文化や入植年代については揃っていて,よい自然実験の条件を満たしている.ここではハワイとマルケサスとマンガイアが例に取られている.西洋との接触時期には,マンガイアは小さな首長制chiefdomで,軍事力主導の世界だった.マルケサスは複数の首長制の領域に分かれ抗争を繰り返していた.ハワイでは複数の島を領域に持つような大きくて複雑な古代型王国が複数成立していた.
カーシュたちは建造物,宗教儀式,社会階層にかかる語彙や意味論,そして考古遺物から,祖先社会を再構成し,この3つの地域がそれぞれどのように変わっていったのかを詳細に報告している.


第2章はジェームズ・ベリチによる19世紀入植者社会についてのリサーチ


19世紀はアメリカ合衆国だけでなく,カナダ,オーストラリア,ニュージーランド南アフリカ南アメリカ,シベリアにおいてヨーロッパ人の入植者社会の急拡大という現象が起こっている.本稿はアメリカとアルゼンチンとシベリアを対象に,それの類似点と相違点を見ていくものだ.

類似点からは,急拡大する入植地の典型的な姿が説明されている.まず成長そのものがビジネスの種になっている「ブーム」が来る.まさにバブルがふくれている状態だ.次に当然その「破裂」が来る.最後に輸出産業(特に本国政府向け)による緩やかな「輸出による救済」ステージが来るということになる.アメリカの場合,このサイクルを5回繰り返しているということだ.
この部分では「輸出による救済」ステージが興味深い,基本的には農業産品主体だが,輸出のための距離の克服が必要になるのだ.ブームの時の余剰インフラとその結果の熾烈な競争による輸送コストの削減と,(規格化,長距離長時間輸送のための加工など)周辺産業の定着が鍵になる.

一旦このように整理すると,この経済現象が社会・文化にどう影響するかも議論できるようになる.ここでは,ブーム時は独身男性の比率が高く,乱暴な仲間文化が主流になり,破裂の後は節制主義が増えることが指摘されている.


ではこのようなブームの直接の原因は何か.著者は仮説をいくつか提示する.
1.制度要因:所有権や債権を認める民事法制.代表民主制,プロテスタンティズム地域主権(中央集権でないために植民地同士の競争が活力を生みだしたという議論)これらは成功を後押ししただろうが,そもそも何故ブームが始まったかの説明はできない.
2.産業革命とフロンティア しかし最初の入植ブームは1815年であり,産業革命や鉄道敷設に先立っている.
3.ナポレオン戦争終結による平和の配当,大量輸送技術,英国における移民のイメージの向上 著者はこの議論を支持している.平和の配当の議論はなかなか詳細で面白い.軍事コストの低減のほか,ナポレオンによる大陸封鎖が北大西洋航路の低コスト化の契機になったという主張だ.また何故移民のイメージが向上したかについては説明されていないが,歴史的事実として英国(そして受け入れ側のアメリカ)で移民のイメージが向上したのに対してスペインやロシアではそういうことが生じていない.著者はこの2つの要因がアメリカとアルゼンチン・シベリアの成功の差になったと主張している.


本稿では類似点の分析は大変詳細で面白いものだ,比較法による相違点の説明のところはなかなか面白い考察ではあるが,定量的ではなく,やや説得力に欠けるような気がしないでもない.しかし今後の議論の出発点としては大変面白いものだろう.


第3章はスティーブン・ハーバーによる新世界における銀行システムの発展の比較


アメリカ,ブラジル,メキシコで,何故銀行システムの発展に差が生じたのか.本稿ではこれは政治体制が要因であるという議論を行っている.
ここでの分析は,18世紀以降の新世界の中央集権国家では政府は自らの財政状態を助けるために,厳しく参入障壁を設けて国営銀行(国営でなくとも財政に金を流入してくれる銀行)の独占を認める強い誘因(利益を保証する代わりに政府に金を貸すというバーターが生じる)があっただろうということが前提になっている.そしてこのようなことが生じると,競争が阻害され,民間に効率的な金融サービスが提供されなくなり経済は停滞する.

アメリカでは連邦政府だけでなく州政府にも銀行認可が可能なシステムになっており,独占は不可能だった.さらに州同士の経済競争から州政府にはより良い金融サービスを志向する動機が生じた.しかしブラジルやメキシコではそのようなことは生じなかったという議論だ.この部分はなかなか説得的だ.

著者はさらにアメリカでは参政権の拡大によって,金融規制の自由化が進んだという議論も行っている.ここの部分はやや理解しにくい.大衆はそれほど明確に銀行の独占に反対なのだろうか.確かに独占でない方が預金金利がわずかに高くなったり,起業したときに金融を受けやすくなるということは生じるかもしれないが,一方で銀行破綻のリスクにも直面する.しかし実際に選挙権の拡大と金融規制の緩和は相関しているようだ.アメリカはスモールビジネスの国ということがよく現れているということかもしれない.
いずれにせよアメリカの政治史と金融史の連結した歴史著述はなかなか面白い.州と連邦の攻防の結果,非常に多くの数の,支店のない州立銀行が乱立するという状況になったのだ.

片方でブラジルやメキシコの政治金融史も語られている,ブラジルではひたすら政治エリートが独占銀行を利用しようとした.メキシコでは独裁政治家と,対抗する地方の有力者たちがそれぞれ自分たちの銀行を有利にしようと争った.いずれも競争排除的非効率な金融システムしか構築できなかったということになる.

比較するとかなり説得力のある議論になっているように思われる.なお日本では明治時代に数多くの国立銀行が一旦作られ,その後民間に払い下げされて活力ある競争的な銀行システムが成立している.明治政府のインセンティブがブラジルやメキシコの政府とかなり異なっていたということなのだろうか.なかなか興味深いところだ.


第4章はジャレド・ダイアモンドによる島の比較.


まず,ハイチとドミニカの比較が取り上げ得られている.これは「文明崩壊」の時の議論を要約した内容だ.
ヒスパニオーラ島は,歴史的経緯から島の真ん中を境に西側がフランス領,東側がスペイン領になり,その後のハイチとドミニカになった.この2つの領域は自然環境はあまり異ならないにもかかわらず,当初はフランス領の方が豊かだった.しかし200年後,ハイチは世界の最貧国になり国土は荒廃しているが,ドミニカはそこそこうまく成長し,国土も保全されている.
ダイアモンドは「経済成長格差」と「自然破壊」の2つの視点から,様々な相違点を吟味している.

<経済成長格差>
フランスはより裕福であり,より奴隷を送り込んだ.このため人口密集した奴隷社会が西側に出来,独立時には暴力的に西側を排除する(文化的にも西側から隔絶し,クレオール語が使われた)政体となった.このため西側からの資本投下は非常に少なく,さらに独裁者が経済成長に興味がなかったためにハイチは貧困になった.
スペイン領は奴隷流入が少なかったため,スペイン人比率が高く,独立時には親スペイン的政体となり,言語もスペイン語のままだった.このため諸外国から資本投下があり,また独裁者はファミリービジネスに興味があり,様々な産業振興策を採った.ドミニカはこのため輸出産業が栄えるようになった.

<自然破壊>
フランスは奴隷輸入の帰り荷に木材を輸出した.また人口が密集し,より自然破壊が進んだ.さらにハイチの独裁者は自然保護に興味がなかった.これに対してドミニカでは人口がまばらであるに加え,独裁者の個人的信念により強い自然保護政策が採られた.このため現在でも豊かな自然が残っている.

ダイアモンドは,フランスの植民地政策の結果と独裁者の個人的な性格の相違がこの大きな差を招いたのだと結論している.


次にダイアモンドはイースター島の自然破壊についても他の太平洋の島と比較した議論を述べている.
ここでの69島の比較の結果は,自然破壊について農業文化(湿潤地域のタロ栽培,乾燥地帯のヤムタロ栽培,パンノキ果樹栽培,タヒチのナッツ栽培の4タイプに分けて分析)の影響はないこと,気候,土壌などの環境要因は大きな影響を与えていることを示している.
さらに環境要因を多重回帰分析したところ,植物の生育にかかる気温,降雨量,栄養要因となる火山灰や大陸からのダストの流入珊瑚礁由来の堆積層(これは面白いことに尖っていて上を歩くと痛いので島民による自然破壊が抑制されるのだそうだ)島の面積.孤立性などが要因として影響が大きいことがわかった.
これによるとイースター島は森林破壊が生じやすい条件(火山灰や黄砂は来ず,古く,寒く,低く,狭く,乾燥し,孤立している)を満たしていることがわかると結論づけられている.


第5章はネイサン・ナンによる奴隷貿易はアフリカの経済発展に影響を与えたかというリサーチ


アフリカ大陸は過去4つの奴隷貿易の波を受けているそうだ.最初の3つは800年頃以前からあるサハラ越え,紅海越え,インド洋越えのものであり,最後の1つはいわずとしれた大西洋越えのアメリカ向けのものだということになる.そしてこれらはアフリカにどんな影響を与えたのかというのが本章の主題になる.
ナンは1400年から1900年までの地域ごとの連れ去られた奴隷数を推定し,奴隷数と現在の経済状況を統計分析し,それに強い相関が見られると主張している.本章の前半の議論は奴隷数の推定の方法論にかかわるもので,港にある記録,受け入れ側の(売上,奴隷登録などの)記録をつきあわせていく方法が説明されている.
次にこの相関をどう解釈するかが議論される.もともと貧しい地域だったから拉致奴隷数が増えたのか.あるいは港までの距離というような交絡要因があるのかなどが議論され,そのような状況は否定される.
続いて,何故拉致奴隷数が多いとその地域が貧困化したのかが考察される.ナンは,拉致奴隷数が多いと地域コミュニティが破壊されたことが要因として考えられると指摘している.実際に拉致奴隷数が多かったところと,民族的な多様性には相関がある.

ナンは最後に影響額の試算を行っている.現在アフリカの一人あたりGDPは1834ドルだが,もし奴隷貿易がなければそれは2600-5200ドル程度ではなかったかとしている.
150年以上前の出来事がかくも大きな影響を現在にもたらしているというのは,考えてみると当然かもしれないが,それが奴隷貿易の結果だといわれると,このような分析はやはり衝撃的だ.


第6章はバネルジーとイエールによるインドの植民地時代のリサーチ


英国は植民地インドに様々な土地にかかる徴税制度(直接住民から徴税する制度,旧来の領主を通じて徴税する制度に大きく分かれる)を敷いたが,それは制度構築時期の本国における政治的流行によるもので,ちょうどうまい具合に自然実験の条件を満たしている.
そして分析の結果その後の経済成長と最初の土地制度の間に強い相関が見いだされている.おおむね領主システムだったところは独立後40年以上たっても経済発展が遅れているのだ.
著者たちは本章の前半で,この制度の差は偶然によって決まったもので,その地域の何らかの条件に合わせたものではなかったこと(つまり実験でいう統制条件を満たしていること)を,英領インドの歴史とともに詳述している.東インド会社セポイの乱,そしてフランス革命の影響もあってなかなか面白い.
後半は何故領主システムだったところの経済成長が遅れるのかを議論している.著者たちは,考えられる要因として,「領主システムだったところは独立後も領主階級の政治力が大きく,選挙によっても彼等が当選して実権を握り続けているために,公共インフラへの投資インセンティブが小さかったのではないか」ということを挙げてはいるが,なおこれですべては説明できないだろうと認めている.それはおそらく,領主システムでなかった地域の方がより良い政治家を選出できるようになったためで,そのメカニズム解明のためにさらにリサーチが必要だと結んでいる.

なかなか面白いリサーチだ.なお「民主的な選挙制度のもとで,どのような条件があればより良い政治家を選出できるか」というのは,古代ギリシア以来の難問で,現代においてもとりわけ深遠かつ重要な問題だろう.


第7章はアセモグルほかによるフランス革命が与えた影響についてのリサーチ


フランス革命は世界史に巨大な影響を与えているが,本章で問題にしているのは,革命後近隣地域へ及んだ影響だ.近代の経済成長の大きな要因として,古い制度の廃止がスムーズに行われたかどうかが重要だという議論がある.
著者たちは,この問題について革命後ナポレオンによってドイツの各地域に新制度が導入され,その後ウィーン条約によって元に戻されたり戻されなかったりしているが,それには濃淡があることを利用して分析しようとしているものだ.
まず前提として,ナポレオンの侵入はその地域の経済状況によって決められたのではなく,地政学的に侵入が容易だったかどうかが決め手になっていたことを詳しく論述している.またウィーン条約後の扱いはその地域がプロシア領となったかどうか(プロシアは制度を旧体制に戻すことに熱心ではなかった,特にウェストファリアとラインラントではそうだった)が重要だが,それも経済状況が要因となって決まったわけではないことを説明している.これは自然実験の統制条件にかかる部分だ.

ここでドイツの各地域は1.フランスにより新制度が導入され,後にプロシア領になってほぼそのままだった地域,2.フランスにより新制度は導入されたが,ウィーン条約でもとの制度に戻された地域,3.一度もフランスの侵入を受けなかった地域,の3つに分けられることになる.
実際に制度を調べると,民事法制,ギルドの存続,土地の封建制ユダヤ人の自由について3地域で差があることがわかる.
そして経済成長との相関を調べるとやはり地域を経済成長は相関している.
このことから著者たちは,フランス革命は制度改変(アンシャンレジームの打破)を通じてその後の経済成長に影響を与えたと結論づけている.これもなかなか面白いリサーチだ.


最後に編者たちは,自然実験,比較法という手法についてその特徴をまとめ,本書で紹介されたリサーチを例にとって説明し,(おそらく歴史家向けだろうが)統計的な考え方の初歩も解説している.そして比較法により,歴史にも統計的な処理が持ち込めること,その利点を力説し,それがすべてではないが,より知見を深めてくれるのだとまとめている.この分野はなお本職歴史家の方々からは評判が悪いのだろうということを感じさせるまとめ方になっている.

歴史を再構築したり,その因果を分析したりするのは,様々な分野においてみられるし,うまく統制条件が満たせるようなものについては比較法が面白い知見を与えてくれる.そのようなうまい例がどれだけあるのかというのは難しいところかもしれないが,特にアブダクションを通じて系統的な知見が得られていれば,よりうまく比較法を使えるだろう.今後様々なリサーチが出てくることを期待したい.また本書はその詳細がなかなか面白い.歴史好きな人には大変楽しい一冊になっていると思う.



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