「生命は細部に宿りたまう」

生命は細部に宿りたまう――ミクロハビタットの小宇宙

生命は細部に宿りたまう――ミクロハビタットの小宇宙


本書は送粉系や生物多様性の研究者である加藤真による日本列島のミクロハビタット生態系の紹介本である.紹介されているのは,入り江の波打ち際,礫浜,砂浜・砂堆,草原,氾濫原,水田,森の土壌,石清水,せせらぎ,と様々なミクロハビタットだ.これらすべてが日本列島にかかる話なので,ちょっと足を伸ばせばそこにあるという感覚で興味をそそられるという仕掛けになっている.


最初の3つのミクロハビタットは海岸にかかるもので,著者の専門でもあり詳しい.貝類や甲殻類についても当然様々な適応が見られるわけだが,個人的には礫や砂の中という環境に対して脊椎の数を増し,鰭の姿を変えるというハゼの適応が興味深かった.(ハゼはさらに地中の伏流水の中にまでハビタットを広げて適応しているという話が「せせらぎ」の項でも語られている.実に興味深いことだ)またここでは瀬戸内海の砂堆が実に豊穣な生態系(砂堆を棲み場所にするイカナゴが湧き,それを目当てのタイ類などの魚類,アビ類などの海鳥,そしてスナメリが群れていたそうだ)であったものが,コンクリート用の海砂採集により痩せ細ってしまったことが嘆かれている.


次の3つのミクロハビタットは,本来森林になりやすい日本列島の陸地において何らかの事情でそうなっていない場所が取り上げられている.これらは人間活動によって様々な影響を受けているもので,その微妙なバランスについても解説されている.ここでは花をつける植物が主役となっている.


最後の3つのミクロハビタットは森や渓谷のものだ.菌根菌と植物の共生系,崖の懸垂植物とコケ,付着珪藻とアユとトビケラが語られる.またここではダムがいかに(一時の便益と引き替えに)生態系に不可逆のダメージを与えるものかが力説されている.この部分では無葉緑になったラン(菌根菌から養分をもらう)オニノヤガラの記述,コバネガの地理的分布(それぞれの種は極めて分布域が小さいが,グループとしては世界中の大陸に広く分布している)がなかなか興味深かった.


あまり紹介される機会のない生態系にかかる話が多く語られていて,添えられた美しいカラー写真を長めながら読んでいくのは大変楽しいひとときだった.個人的にはもう少し鳥についても語ってもらったらならばさらに読者層が広がったのではと思うが,それは目立たない生き物に焦点を当てるという本書のスタンスからは外れるところなのだろう.なお「生命は細部に宿りたまう」という題名も,自然の生態に対する畏敬の念がさりげなく現れていて小粋だと思う.