「Sex and War」

Sex and War: How Biology Explains Warfare and Terrorism and Offers a Path to a Safer World

Sex and War: How Biology Explains Warfare and Terrorism and Offers a Path to a Safer World


本書は産婦人科医かつ生物学者であり,世界中の戦争地域や開発途上国で家族計画(人口増加抑制のための避妊推奨活動など)を推進してきた実践家であるマルコム・ポッツによるヒトの本性と戦争についての本である.特に進化心理の専門家というわけではないが,紛争地域で活動してきた経験を踏まえた提言により重みのある本になっている.


まず最初にグドールの発見したチンパンジーの近隣グループへの殺戮行為が取り上げられる.これはチンパンジーの特殊な適応であり,オスがなわばりのリソースに絡みチームを組み,近隣グループのオスを殺戮していくものだ.ポッツはこの行為は心理的にアウトグループのオスに対して自分と同じ仲間であるという認識をオフにして行うものだと説明し,私達ヒトもこの心理を共有しているのだと論じる.

実際にヒトの若い男性は少人数のチームを作り,その中では鉄の結束を持ち(イングループに対しては利他的に振る舞う),アウトグループの男性に対して心理的に非人間化して残虐に殺戮可能になる傾向がある.ポッツは軍隊における実践例(小隊の編成,ブートキャンプによる絆形成)を交えて解説している.ここで衝撃的なのは米軍のライフルのショット率が第二次大戦の欧州戦線で15-20%,朝鮮戦争で55%,ベトナムでは90-95%だったという事実だ.ポッツはヒトは本来同種殺しに抑制があるのだが,相手がよりアウトグループだと思うとそれが外れやすいのだと解説している.
またポッツはテロリストの心情も基本的にこれだという議論をしている.彼等は故国のそしてテロリストの仲間にとって利他的な(自爆テロはまさに自分を犠牲にする行為だ)英雄であり,西側の人々を自分たちと同じ人間と考えずに攻撃するのだという.これはアメリカで,テロリストを臆病者と呼ぶ議論に対してのものだろう.



このような心理は現代環境のもとで,どのような不適応になっているのかというのがポッツの次の問題意識だ.
農業以降,戦争の規模は大きくなり,権力者や宗教に利用される様になり,特に非人間化の能力は大規模なジェノサイドにつながりやすいというのがポッツの見立てだ.また宗教はカリスマ的リーダーに従うという心理を利用して巨大になっているが,現代環境においては紛争を激しくすることにつながりやすくなっており非適応的な面を持つようになっているという議論をしている.
また技術の進歩はより殺戮や非人間化を容易にしており,非適応的な影響は産業革命以降大きくなっていると論じている.

興味深いのは,このようなチーム襲撃が進化環境にあったとすると,これに対抗する適応心理もあったはずだという議論だ.ポッツは,私達が複数の死体を見るとひどく動揺し,過剰な警戒や報復攻撃に傾きやすいのはこのように説明できるだろうという.このような理解は9.11のあとのイラク侵攻のことを考えると重要だというのがポッツの主張だ.


なおポッツは参加する個人にとってリスクが増えたという主張をしているが,ここはやや疑問だ.特定襲撃の際の襲撃側のリスクは小さかったかもしれないが,小集団で敵対して,長い期間に襲撃されるリスクまでカウントすると農業以降の方がリスクは小さくなっているだろう.農業によってイングループが拡大したことも評価すべきだと思われる.
またポッツはヒトの自信過剰傾向がチーム襲撃にかかる適応だと主張しているが,ここも納得しがたい.さらにポッツは奴隷制や人種差別もアウトグループへの非人間化能力に由来するという議論をしている.奴隷制はやや怪しい.人種差別については感染に対する適応も考えるべきだろう.なお拷問などの戦争捕虜に対する残虐行為は非人間化の影響だという主張はその通りというべきだろう.


基本的に現代環境に対するポッツの結論は「この現代世界で,好奇心と脅威への過剰反応とイングループへの盲目的忠誠心というセットは危険だ.イングループを広げることは可能だが,戦争時には簡単に壊れる.」というものだ.


ではどうすればいいのか.
ポッツは,特に問題になるのは人口動態だという議論を行う.
このような男性心理を考えると,人口に占める若い男性の比率が社会の暴力,好戦的傾向に大きく影響するだろうと主張する.そして人口増加傾向にある状態は,若い世代の比率が高く危険なのだと.
さらにポッツは途上国では若い男性が多いと失業しやすく,彼等は都市に流れ,西側の人たちの豊かさを知り,敵意を持ちテロリストの温床になるという具合に議論を進める.人口増加が失業と経済停滞につながるという議論はおそらく正しくないと思われるが,リソース供給に限界があるとそれは貧困を生み,不満を持つ若い男性の全人口に占める割合が増えるのは確かだろう.また本書では触れられていないが,望まれていなかった子どもはより劣悪な環境におかれやすいという要因もあるだろう.レヴィットによる中絶の合憲判決がアメリカにおける犯罪率を低下させたという主張とも近いものがある.


ポッツはここで世界を平和にするには途上国における避妊の奨励(家族計画の援助)が重要だと主張する.そしてそのためには女性に出産の選択権と容易な避妊方法へのアクセスを与えることが必要だと.
女性は男性より暴力的傾向が弱いだけでなく,小さな家族サイズを選好するのだ.そして途上国を人口爆発に追い込んでいるのは,女性抑圧的な政治と宗教の結びつきだと糾弾する.ここはポッツが実体験で散々苦労してきたところで迫力のある主張になっている.また実際に避妊方法へのアクセスを与えることは効果があるのだ.ポッツによるとパキスタンアフガニスタンでは人口増加傾向が激しいが,バングラデッシュでは避妊用具を(詮索的な質問用紙なしで)配っているために出生率の低下が生じているそうだ.またイランも人口増加抑制に成功していて,ポッツは,イランはだんだん平和傾向の強い国家に変わっていくだろうと予想している.この予想の成否は興味深い.


ポッツはさらに,世界のリーダーは進化心理を理解する必要があると主張する.テロリストに対して石器時代の本能で反応するのは愚かな行為だと指摘し,冷静にリスクを測り,合理的な外交政策をとるべきだという.さらに軍事費に巨額な予算を費やすより,途上国に対して家族計画推進の援助を行う方がはるかに安上がりに平和を得られるのだ,これがおとぎ話でないのはドイツとフランスを見ればいいと力説している.
そして最後に,「戦争の相互破壊さえ免れれば科学技術はほとんどの問題を解決できるだろうし,うまく問題を解決できればアフリカではチンパンジーの絶滅を防ぐことができるだろう.そうすれば,彼等は石器時代の本能のまま過ごすとどういう事になるかのリマインダーであり続けてくれるだろう」と書いて本書を終えている.


本書は,著者ポッツの紛争地域での実体験が濃厚に織り込まれ,そこから疑問を持ち進化心理的な説明にたどりついた上で書かれた労作だ.所々進化心理の詳細や経済的な説明に怪しさはあるものの基本的な主張は説得力のあるものだ.日本では急激な少子化を何とかしなければという意識が強いが,サブサハラアフリカや中東アフガニスタンなどの紛争多発地域では人口増加こそが,生活と平和,そして環境への脅威になっているということを思い出させてくれる.世界の平和はリーダーたちの進化心理の理解と避妊用具の普及にかかっているのだ.