Nowak , Tarnita, E. O. Wilsonによる「The evolution of eusociality」 その35


Nowak MA, CE Tarnita, EO Wilson (2010). The evolution of eusociality. Nature 466: 1057-1062.


<An alternative theory of eusocial evolution>
Supplementary Information,Part C "A mathematical model for the origin of eusociality"


防衛可能な巣の存在が重要で血縁は結果に過ぎないというNowakたちの真社会性移行仮説.Supplementary Informationではその数理モデルが示されている.


まず最初に無性生殖モデルを組み,それを半倍数体に拡張していくことが宣言され,それにより過去数十年の血縁淘汰理論で得られなかった構造が浮かび上がると主張されている.
彼等は以下のように論じている.

  • 血縁淘汰主義者たちは問題をワーカーの利益とコストで見るが,それは不自然である.そもそも包括適応度計算は不要なのだ.
  • ここで使用する理論は,真社会性行動アレルに対して自然淘汰がどう働くかを示す最も簡単で最も直接的なアプローチであり,淘汰のターゲットは女王の表現型でもコロニーの表現型でもなく,両方のレベルで働き社会性行動を変える特徴の総体である.

The target of selection is neither the phenotypic trait of the queen in particular, nor that of the colony, but the collectivity of traits that modify social behavior at both these levels.


淘汰のターゲットの議論は何を主張しているのか意味不明である.普通の用語の使い方では,淘汰のターゲットは(最初の方にあるように)問題になるアレルであり,それが表現型を通じて淘汰にかかるということになる.その場合ターゲットたる特定アレルの適応度を行為者視点でしめしたものこそまさしく「包括適応度」であり,Nowakたちの「標準自然淘汰理論」ではそれを直接明示的に計算せずに,何らかの工夫で計算したり,シミュレーションしたりした結果何故か増えていくという形をとるだけではないだろうか.

さらにいえば,ここでNowakたちが真社会性移行のキーとしている「分散キャンセル」はまさにワーカーの行動であり,包括適応度理論ではワーカーの包括適応度を考えることになる.もちろん「標準自然淘汰理論」で分析してもよいが,その場合には全個体のb, cをすべて計算しなければならないために結局モデルの中に戦略共有確率が計算できる情報が入っていなければならない.一般的にはより複雑で間接的になると思われるというのが私のこれまでの考察だ.
実際にどうなっているのか見てみよう.


<無性生殖モデル>


Nowakたちは最初に単純なモデルを見せて,その後前提を複雑にしてモデルを拡張してくれている.
基本的なモデルの構造は以下のようなものだ.

  • まず個体には単独性の個体と社会性の個体がある.社会性の場合個体数i(i=1, 2, 3・・・)のコロニーがあることになる.それぞれの頻度は x0, xi 繁殖率は b0, bi, 死亡率は d0, diと表す.
  • 社会性の場合には社会性アレルを持ち,それを持つ個体は確率qで巣にとどまり不妊ワーカーとなり,(1-q)で分散し創設メスになる.


次に社会性アレルの淘汰条件を分析する.

  • 社会性のコロニー数の増減は個体数ごとの増減を推移行列の形にして分析することができる.(繁殖して生まれた子がとどまれば個体数が増え,分散するとコロニーが増える.死亡するとそのコロニーの個体数が減る)
  • 上記推移行列Mの最大固有値λ(これが社会性コロニー数の増殖率になる)を計算し,単独性の個体増殖率(b0-d0)と比較することによってどちらが淘汰により頻度が相対的に増加するかを分析することができる.(社会性の場合にはコロニーあたりの個体数にかかわらず繁殖個体数が1なので直接比較して問題ない)


ここで問題の単純化のために前提を置く

  • ある個体数閾値mがあり,iがm未満のbi, diはb0, d0と同じで,一旦コロニーの個体数がm以上になるとbi, diは劇的に改善するとする.(これは巣の防衛が可能になり,女王が巣にとどまることによって産卵可能数が増え,死亡率が下がることを想定している)
  • これで先ほどの固有値を分析すると,社会性の進化条件のうちひとつは以下のような形になる.

   b-k_{m}d>k_{m}(b_{0}-d_{0})

  • このkmはmに対して指数関数的に大きくなる.具体的にはk2=2,k3=9,k4=28という増え方になる.
  • これは社会性の進化のためにはコロニーが非常に小さい段階で大きな繁殖上の利益が必要であることを示している.
  • さらにqに関する進化条件もある.これは以下の形になり,qmin., qmax.はmに依存してきまる.

  [tex: 0

  • つまり分散率は大きすぎても小さすぎてもいけない.これは分散率が大きすぎると巣の防衛で有利になるクリティカルマスに達しにくく,分散率が小さすぎてもコロニー数が増えないためだ.
  • だからこの結果はワーカーの非分散を協力,分散を裏切りと考えるべきではないことを示している.


この後Nowakたちは増殖率に密度要因がかかる場合,ワーカーに死亡が生じる場合とモデルを拡張していく.その結果数式の詳細(密度要因η,ワーカー死亡率αというパラメータが加わる)が変わる.
彼等はシミュレーションの結果を示し,「進化条件はmとqに依存し,コロニーが非常に小さい段階で大きな利益が必要,分散率は大きすぎても小さすぎてもいけない」という結論はロバストに維持されていると結論づけている.


なおそのシミュレーションではかなり限定的な前提を置いている.

  • 具体的には単独性の場合b0=0.5. d0,社会性の場合にはi=1,2のときには同じ
  • bi=0.5. di=0.1,i=3以上の時はbi=4. di=0.01,ワーカーの死亡率はα=0.1
  • ここで分散しない確率qの値を様々に設定してシミュレートをかける.
  • するとqに関する進化条件はは0.36<q<0.9となる.


とにかく何らかの仮定をおかなければならないし,結論もあるパラメータの範囲しか示せない.このあたりは様々なパラメータがどう関係するかを示すことが難しいというシミュレーション分析の非力さを示している部分でもある.そして彼等は(不思議なことに)結論として分散しない確率の範囲だけを示し,繁殖率や死亡率の条件範囲を示そうとはしない.



さてこのモデルはどう評価されるべきものだろうか.私の感想は以下の通りだ.

  • このモデルは最初の単純なモデルではシミュレーションの繰り返しでなく,コロニー個体数ごとに社会性集団を区分けして遷移行列の最大固有値を計算するという手法で全体の増殖率を計算可能にしている.なかなか美しい.しかし少し複雑になるとシミュレーションにたよらざるを得なくなるらしい.だから何らかのうまいショートカットが見つかったときにしか解析的に解けないのだろう.
  • 最初の単純モデルでは一見戦略共有確率(血縁度)を計算せずに増殖率が計算できているように見える.しかしよく考えてみるとこの場合分散せずに親の元ににとどまった無性生殖クローンのみが利他行為をすることになっていて相互作用の行為者と受益者の血縁度は常に1になっている.だから特に戦略共有確率を考える必要がないのだ.
  • 彼等の主張:「コロニーが小さいうちに大きな利益が必要だ」というのは一見エレガントな結果のように見えてもっともらしい.しかしこれはm=2のときにまったくシナジー的な利益がなく,m=3になってはじめてシナジー効果があるという不自然で極端な前提になっているからk3=9のような大きな数字になっているだけのように思われる.m=2のときにも何らかの効果があるならそれはk2=2でよく,そういう移行段階があればm=3のときのk3は3に近くなるだろう.それは分散しない血縁度1のクローンが不妊であればハミルトン則から容易に予想できる平凡な結果であるように思われる.
  • 普通は(そしてここでNowakたちが想定しているような前適応があるなら)2個体でも何らかの利益はあるだろう.全くないとすると,当然2個体への移行は非常に起こりにくくなりさらに3個体にまで移行できたときだけ利益が受けられ,これでそれまでの不利益を埋め合わせなければならないので条件が厳しくなる.
  • つまりこの極端な前提はコロニーの生態条件が重要だと強調するために,自分たちの想定から見ても極めて不自然に設定されているように見える.この部分もこの論文の牽強付会的な性質をよく示している部分だろう.
  • 分散確率の最適値が0と1の中間にあるということは,分散と産卵が結びついている彼等の前提では当然の結果だ.そしてこれは包括適応度を使っても同じように分析できるだろう.このことが何故「ワーカーの非分散を協力,分散を裏切りと考えるべきではない」という主張に結びつくのか理解に苦しむ.包括適応度理論で分析するときの「協力」「分散」は単に戦略へのラベルに過ぎない.
  • そしてこの分析の最大の問題点は,「何故分散しないクローンの娘が不妊になるのか」について進化的な議論がないところだ.このクローンモデルの場合交尾の問題がないのだから分散しないことと交尾産卵しないことが結びつく前提は不自然だ.だからこの分析ではまったく不十分だ.これは「超個体」という幻想にとらわれて問題の本質を見失っているとしか評価できない.*1

*1:あるいはあとで有性生殖に拡張するのでこうしているという趣旨であるかもしれない.私は有性生殖であってもこの問題を考察しないのは議論としては不十分だと思う.ましてや無性生殖モデルでこの点に触れないのは致命的な弱点だとしか評価できないだろう