Nowak , Tarnita, E. O. Wilsonによる「The evolution of eusociality」 その36


Nowak MA, CE Tarnita, EO Wilson (2010). The evolution of eusociality. Nature 466: 1057-1062.


<An alternative theory of eusocial evolution>
Supplementary Information,Part C "A mathematical model for the origin of eusociality"


Nowakたちは無性生殖モデルでまず非分散性アレルの進化条件を考察した.不自然な前提で牽強付会的な結論を主張し,さらに何故分散しなかった個体が繁殖を抑えるのかについてまったく考察がないというのが私の印象だ.
彼等はこのモデルの拡張を行っている.



<半倍数体生殖モデル>


Nowakたちはこのモデルを半倍数体生殖モデルに拡張する.
前提として交尾は一回のみ,性比は1:1.
女王の遺伝子型をAA, Aa, aa, オスの遺伝子型をA, a, とおき,(分散型をA,非分散をaとする)一回交尾後の女王と精子の遺伝子型をAa-aのような形で表し,メスの頻度,オスの頻度,さらに個体数iのコロニー頻度を xAa, ya,XAa-a, iと表記する.さらに交尾率βをパラメータとして加えて,X, x, yの漸化式を組み上げる.
するとコロニーの漸化式が個体数1の時とiのときで合計12式,メス頻度で3式,オス頻度で2式の計17式が得られる.やはりこれを解析的に解くことはできないようで,シミュレーションの手法によっている.
拡張前のすべて血縁度が1という場合には血縁度計算なしに解析的に解けることもある.しかし一旦このような複数の遺伝子型があるモデルを考えると個体間の遺伝子型の相関つまり血縁度を考えざるを得ないから,明示的に血縁度を計算したくなければ,モデルの中に組み込んでシミュレーション計算の中に実装するしかないのだろう.


シミュレーションの前提は無性生殖シミュレーションの時と同じものだ.
単独性の場合b0=0.5,d0,社会性の場合にはi=1,2のときには同じくbi=0.5. di=0.1,i=3以上の時はbi=4. di=0.01,ワーカーの死亡率はα=0.1
つまり無性生殖モデルで見た不自然な前提そのままだ.ここで分散しない確率qの値を様々に設定してシミュレートをかける.

また分散しない特性は劣勢遺伝を仮定する.Aを単独性アレルとし,aを社会性アレルとした場合にaaのメス個体のみ確率qで分散しない性質を示す.(Aaは単独性で常に分散する)


シミュレーションの結果は以下のようなものだ.

  • 基本的に無性生殖モデルでの結論「進化条件はmとqに依存し,コロニーが非常に小さい段階で大きな利益が必要,分散率は大きすぎても小さすぎてもいけない」はロバストに維持される.(なおここではじめて繁殖率の条件にかかる記述があるが,「b3がb0の8倍ならば社会性は進化できるが,7倍なら進化できない」という一言だけだ.)
  • 野生型が単独性の時に社会性のアレルが侵入する場合(社会性の起源)と,逆の場合(社会性の保持)では平衡が異なる.
  • 社会性の起源の分析では,q<0.7では侵入できず,0.7<q<0.88では社会性アレルが固定する.0.88<q<1では共存する.(非分散の確率が1でもヘテロ個体が分散する)
  • 社会性の保持の分析では,q<0.26で単独性が固定,0.26<q<0.88で単独性アレルは侵入できない.0.88<q<1では共存する.一旦社会性が成立すると保持は容易になる.


私の感想は以下の通り

  • 結論に関しての感想は無性生殖についてのものと同じだ.2個体の時に何ら利益がないという前提は不自然で極端だ.生態条件が重要であるという指摘はある意味当たり前でその通りだが,このような不自然な前提まで使って誇張するのはいただけない.
  • そして2個体の時からコロニー形成の利益があるなら,その利益はハミルトン則と整合的な数字になり「コロニーが小さいときに非常に大きな利益が必要」というものにはならないだろう.
  • 分散しない個体が(交尾しないとして)何故ワーカー産卵をしないのか,何故巣内にいるオスと交尾しようとしないのか,あるいは何故一旦巣外にでて交尾して戻ってこないのかについては何の考察もない.真に興味深い問題についてまったく考慮されていない.これは「超個体性」などのあまりにお粗末な進化観のためにコンフリクトが見えなくなっているのだ.
  • 社会性進化のための非分散確率条件が無性の時に比べて上がっているのは劣性の効果だと解釈できるだろう.
  • ここで最も不可解なのは,Nowakたちは分散確率の議論ばかりして,b, dの生態条件を詳しく考察していないことだ.血縁度より生態条件が重要だというならそこにこそ興味が向かうはずではないだろうか? ここでは無性モデルから有性モデルへ拡張までしておきながら,生態条件が有性と無性の時でどう異なってくるのか比較していない.上記のような極端で不自然な前提においてもおそらく有性の時の方が条件は厳しくなるはずだ.それは「コロニー内の血縁度が下がると進化しにくくなる」といういかにも血縁淘汰的に予測と合致するのであえて示していないとしか思えない.
  • さらにいえば,何故半倍数体モデルに加えて倍数体モデルを作って生態条件を比べていないのだろうか.おそらくこれも血縁淘汰的な予測と合致する結論になるのであえて試みない,あるいは公表しないのだろう.真社会性進化について血縁度が「結果」であり重要でないというならこの分析こそすべきことだ.そして当然血縁度は真社会性進化に重要な関わりを持ち,倍数体の方がより厳しい生態条件を必要とするだろう.ただ「血縁度は重要ではない」とか「血縁度は単に結果に過ぎない」と言いつのり,このような分析を行わない,あるいは公にしない態度は姑息というほかはない.
  • 起源と保持の分析は包括適応度理論ではシミュレーションに頼らずともアダプティブダイナミクスなどの手法を使えばエレガントに分析できる.これをシミュレーションに頼らざるを得ないというのはNowakたちの手法の弱点のように思える.
  • 劣性という前提は相加性がないということなので,この前提では包括適応度理論をそのまま使うことはできない.ここについてNowakたちはなぜかあまり攻撃をかけようとはしていない.包括適応度的なスタンスに立つなら,戦略共有確率と遺伝子共有確率を分けた集団遺伝学的モデルを構築する必要が生じるだろう.


最後にNowakたちはサマリーをおいている.