Nowak et al. 論文への反論と再反論 その2

Nature 3/24号に掲載されたNowak et al.論文への反論はさらに続く.


「血縁淘汰と真社会性」 ストラスマン 
Joan E. Strassmann  "Kin selection and eusociality"


3つ目の反論ペーパーはストラスマンの単著.ストラスマンは最初の反論ペーパーの主要著者と思われるケラーの同僚で,やはり社会性昆虫を主に研究する行動生態学者だ.


この反論ペーパーは包括適応度理論のこれまでの生産性に議論を絞っている.

Nowakたちは包括適応度理論がよいモデリング戦略ではなく,そしてその生産性がmeagreだったと主張した.前者は理論家たちの間で議論されればいい問題だが,後者は単に事実と異なっている.包括適応度理論や血縁淘汰やハミルトン則が社会性進化の理解にとって途方もなく生産的だったことには豊富な証拠がある.


成果は数千にも及ぶが,そのうちいくつかをあげる.
(1)個体は血縁者に対してコストのかかる支援や利他行為を行う.
(2)昆虫における真社会性は親の子育てと一回交尾のものから発している.つまりヘルパーと育てられる子どもの血縁度が通常の親子と同じレベルであるということだ.
(3)自分で繁殖するより利益のある利他行為は,通常巣の防衛(シロアリ,ハダカデバネズミ,社会性のエビ,アザミウマ,アリマキ,いくつかのアリ)か,生命保険(ハチ,その他のアリ)の形をとる.
(4)社会性昆虫の性比,ワーカー産卵,ワーカーのポリシング,カースト間コンフリクトやその他の社会的相互作用は血縁淘汰理論で説明できる.


血縁淘汰の証拠は単に相関的なものではない.数え切れないほどの血縁淘汰実験が,動物,植物,微生物の血縁度を操作している.その他の実験はコストやベネフィットを操作し,血縁淘汰が予想できることを示している.
Nowakたちは半倍数性が真社会性の唯一の説明ではないといっている.しかしそれはもはや議論されていない.半倍数性は真社会性の必要条件ではない.そしてそれは血縁淘汰とイコールなのではない.


これは実証面の主張にかかる反論であり,おそらくE. O. ウィルソンの(私には理解できない)歪んだ認識にかかる部分だ.ウィルソンの頭の中では何故か包括適応度理論の個別の具体的な応用仮説のひとつに過ぎない3/4仮説と一般理論としての血縁淘汰.包括適応度理論の区別がつかないようだ.そしてNowakたちは何故か真社会性の起源以外の包括適応度理論の豊富な実績を無視している.私の理解もこの反論ペーパーと同じだ.




「進化における包括適応度」 レギス・フェリール,リチャード・ミコッド 
R. Ferriere, R. E. Michod  "Inclusive fitness in evolution"


4つ目の反論はハミルトンと包括適応度理論の拡張について共著論文もあるミコッドの手による理論的な反論だ.特に理論的な問題のうち,Nowakたちが包括適応度理論はどちらの戦略が有利かという静的な分析のみしか行えないと指摘している部分に絞っている.

1. Nowakたちのコアの議論は,進化モデルにおける動態を予測することにおける包括適応度の能力に制限があることに基づいている.これは古いポイントであり,血縁淘汰理論の初期に議論されたことだ.


2. 包括適応度理論はハミルトンによって,単純な最適化問題によって複雑な頻度依存淘汰を概説するために開発された.初期の仕事により,家族構造のある集団において行動の進化を考える際に包括適応度が最大化されること,そしてライトの適応地形の表面(これは議論のあるところだが,進化を理解する上でもっとも有益な手法のひとつだ)を与えることが示された.


3. ハミルトンの偉大な洞察は,血縁個体が存在するなら,個体の適応度は社会進化において最大化されず,包括適応度が最大化されるというものだ.個体以外の何かが適応度最大化の単位であるということはその時点でまったく革命的なアイデアであり,まったく新しいリサーチエリアを切り開いた.そしてそれは今も発展し続けている.


4. 今日では包括適応度理論と進化ダイナミクスモデルはリンクされ,統一された侵入適応度という概念になっている.侵入適応度は社会の特徴の進化と進化集団の生態的構造の間のフィードバックを捉えるものだ.侵入適応度は平均適応度と包括適応度を進化的な静的な状態で最大化する.そしてさらに単一の最大化プロセスに進化を還元することの困難さを示す.


5. ハミルトン則の元では,利他的なアレルの侵入条件は血縁度と線形な関数になる.生態条件のフィードバックを合わせると,ハミルトン則はより複雑で動的なフレームワークになる.そのフレームワークの中では,相互作用する個体同士の血縁度は,あらかじめ定められた特徴ではなく,集団の動的な性質であり,モデルの結果でもある.
そしてこのような新しいフレームワークの元では,弱い淘汰条件のみが,ハミルトン則が利他行為の進化の最終点を正確に予測できる条件となる.このフレームワークは,Nowakたちが要求している血縁度と社会性にかかる検証可能な予測を生みだす.


6. 包括適応度最大化と平均適応度最大化は,それがある種の特殊な前提条件があるにしても,ともに大きなヒューリスティックスの価値を持つ進化プロセスにかかる一般的な洞察だ.より一般的な生態的行動的遺伝的なシナリオに進化ダイナミクスを拡張することにかかる重要な進歩は包括適応度コンセプトにガイドされている.


7. 「標準自然淘汰理論」と包括適応度理論を排他的に扱うことで,Nowakたちは,進化学がコンフリクトを生み対立する方向に分岐しているという不正確で(潜在的に危険な)印象を与えている.
実際にはたったひとつのパラダイムしかないのだ.:自然淘汰はすべての種類とすべてのレベルの相互作用にドライブされる.包括適応度はこのパラダイムの発展にとって力強い推進力になってきたし,これからも相互作用行動の進化理論にとって同じ役割は果たし続けるだろう.


なかなか冷静なコメントだ.2.3.は歴史的なハミルトンの業績の意味を整理している.そして整理は6.につながり,包括適応度理論の持つ「進化プロセスを直感的に捉えやすくしている」という重要な価値を指摘している.私も何度も指摘しているが,Nowakたちの手法はとにかくシミュレーションをぶんまわしてみるとこうなりましたというだけで,わかりやすい進化プロセスの洞察を与えるものではない.


4.5.は包括適応度理論は動的に取り扱うことができることを説明している.侵入適応度を説明していることからこれはアダプティブダイナミクスのことを指しているのだと思われる.
いずれにしても包括適応度理論は動的分析フレームに組み込むことにより解析的に動態分析を行うことができる.ミコッドがここで考えているモデルは弱い淘汰条件を前提としているのだが,そのような前提を置くことによって広い分析が可能になるのだ.
Nowakたちの「標準自然淘汰理論」ではひたすらシミュレーションをするだけで,(何かショートカットが見つかったとき以外には)一般的には解析的に動態分析はすることができず,ここにはトレードオフがあるわけだが,ミコッドはそこまでは言及していない.Nowakたちの手法が極めて非力なことを指摘していないのは最初のペーパーと同じでちょっと物足りないが,アボットたちと同じく大人のコメントという感じだろうか.