Nowak et al. 論文への反論と再反論 その1

先日ようやくNowak et al. 論文の連載を完結したところだが,Natureの3/24号のbrief communications欄に反論ペーパーが5本,Nowakたちの再反論が掲載されているのを発見した.ブリーフコミュニケーションということで,簡単なお手紙のやりとりという体裁だが,多くの行動生態学者・数理生物学者の公式な反応ということなので興味深い.どんなコメントが寄せられているのか紹介してみよう.

  • P. Abbot et al.  "Inclusive fitness theory and eusociality"
  • J. J. Boomsma et al.  "Only full-sibling families evolved eusociality"
  • Joan E. Strassmann  "Kin selection and eusociality"
  • R. Ferriere, R. E. Michod  "Inclusive fitness in evolution"
  • E. A. Herre, W. T. Wcislo  "In defense of inclusive fitness theory"
  • Nowak MA, CE Tarnita, EO Wilson  "Nowak et al. reply"
Nature 471: 409-542.


 
 

「包括適応度と真社会性」 アボットほか
P. Abbot et al.  "Inclusive fitness theory and eusociality"


まず最初は著者数137名というものすごいペーパーだ.著者はアルファベット順なのでAbbot et al. ということになるが,これについてのボストングローブの記事によるとDavid C. Quellerが中心になってまとめたものに賛同署名を募ったということのようだ.
主な署名者にはジョン・オルコック,ティム・クラットンブロック,ジェフ・パーカー,メアリ・ジェーン・ウェストエバーハードら行動生態学の大御所のほか,アラン・グラフェン,アンディ・ガードナー,スチュアート・ウェストら包括適応度理論の大家たちの名前が見える.(なおドーキンスの名前がないのは,きっとドーキンスは自分で反論を書いているだろうからということでケラーたちが署名を頼みに行かなかったからということらしい)


この反論ペーパーの論点は以下の3つ

1. Nowakたちは包括適応度理論と自然淘汰理論を対比させているが,これはおかしい.包括適応度理論は,自然淘汰がどう働くかを示すためのものだ.そして包括適応度理論は,集団遺伝学の上に乗っており,自然淘汰がどのように働くかについて検証可能な予測を生みだす.

2. Nowakたちがあげている包括適応度理論の狭い前提条件はすべて拡張された理論によって不要とされている.だから包括適応度理論は「標準自然淘汰理論」と同じように一般的だ.

3. Nowakたちは包括適応度理論は追加的な生物学的洞察をもたらさず,仮説的説明に終始し,決まり切った測定と相関研究のみを行い,抽象的な数学のお遊びに堕していると主張するが,私達はこれに同意できない.彼等はここ40年の実証的リサーチの積み重ねを無視している.


1.はNowakたちの議論とややすれ違っているだろう.数理的な議論の中心となるパートAにおいて,彼等は「狭い前提条件のつく包括適応度理論」と自分たちが定式化した「標準自然淘汰理論」を対比させているだけだ.もちろん,彼等が自分たちの定式化に「標準」などと名前をつけるのは片腹痛いということもあるのだろうが,ここはあまり生産的な議論ではない.
(もっともパートCのサマリーでは包括適応度理論を自然淘汰の代替理論のように記述しているので,ここの部分についてはこの批判は妥当するだろう.おそらくここはウィルソンによるスロッピーな記述ということだろう)


2.はNowakたちの議論の数理的な部分の要をなす部分で,包括適応度理論家たちにとって重要なところだろう.また私にとっては非常に興味深いところだ.
Nowakたちの主張する「狭い前提条件」のうち,空間構造の前提はNowakたちがハミルトンの1970年代の拡張を無視しているだけだ.また「通常前提条件とされる弱い淘汰条件は分析を遺伝子座単位にすればもはや前提条件ではなくなるが,実際問題としては強い淘汰条件では相加性の前提も危うくなるだろう.そして相加性は包括適応度計算をして微分方程式解法を行うためには前提条件である必要がある」というのが私の理解だったが,ここにも拡張理論があるらしい.参考論文も引用されているのでまたお勉強しておきたい.
しかしそういうことになるとNowakたちが延々と数学を繰り広げたパートAはほとんど無意味だったということになるのだろうか.もしそうなら,批判するにはお勉強不足だったということになりそうだ.
もちろんNowakたちは,「ハミルトン則は常に成り立たない」のところで,私から見ると適切な偏回帰係数による理論の拡張を攻撃したように,このような拡張はただ理論をもてあそんで無理矢理現実に合わせているだけで無意味だと反論するのだろうが,それはかなり苦しいかたちになる様な気がする.
とりあえずこの判断は拡張をお勉強するまでは留保しておこう.


3.は行動生態学者たちにとって最も我慢のならなかった部分だと容易に想像される.反論ペーパーにおいてはNowakたちがこの主張をたった3つの論文を引用していることを批判しつつ性比理論の豊穣さを特に指摘している.このあたりは私の感度と同じといっていいだろう.


そしてこの反論ペーパーでは最後に「彼等の唯一の予測『子孫は十分な利益があればモノガミーの母親を助けるだろう』というのはハミルトンのオリジナルな指摘そのままだ.」と皮肉っている.


包括適応度理論家が署名している反論として理論的な部分が特に興味深いわけだが,単にNowakたちが主張する「狭い前提条件」は既に拡張されていると指摘するだけで,包括適応度理論がエレガントな解析的解法を可能にしていることやNowakたちの「標準自然淘汰理論」はそのようなことができずただシミュレーションを繰り返すしかない非力なものであることまでは踏み込んでいない.そこはやや物足りないところだ.そこまでする必要もないということだろうか.


なおこの反論ペーパーを元にした傑作動画がYoutubeにアップされている.私的には「血縁度をどのように計算し利用するかをあなたが理解できないからといって,誰もそれを理解できないことにはならないわ」のくだりが気に入っている.

http://youtube.com/watch?v=zHYsTSmD84w



「フルシブの家族だけが真社会性に進化した」 ブームズマほか
J. J. Boomsma et al.  "Only full-sibling families evolved eusociality"


2番目の反論ペーパーは社会性昆虫を専門とする行動生態学者たちからのもの.基本的に彼等は真社会性の起源についていろいろと研究しているグループで,血縁度が重要だと主張する以下のような論文を書いている.まさにNowakたちの論文の真社会性起源の議論に我慢ができなかった人たちということだろう.

Hughes, W. O. H., Oldroyd, B. P., Beekman, M. & Ratnieks, F. L. W. (2008) Ancestral monogamy shows kin selection is key to the evolution of eusociality. Science 320, 1213–1216
Cornwallis,C.K.,West,S.A.,Davis,K.E.&Griffin,A.S. (2010) Promiscuity and the evolutionary transition to complex societies. Nature 466, 969–972


反論の要点は以下の通り.

1. Nowakたちの論文による代替理論は真社会性の進化について実務的にほとんど意味がないものにしかなっていない.

2. Nowakたちは真社会性の進化について血縁は原因ではないと主張するが,真社会性が母親がフルシブの子どもと一緒にいるクレードでしか進化していないという実証的な観察を見逃している.これは子ども同士の血縁度が親子の血縁度と同じ以上ということで,集団構造や倍数性とは関係がない.また比較研究は一旦ヘルパー制になっても血縁条件がゆるむと真社会性への移行が阻害されることも明らかにしている.

3. これは高い血縁度が真社会性の進化に先行していることを強く示唆している.もちろん血縁度は真社会性進化の必要条件であるとしても十分条件ではない.生態条件も重要だ,ハミルトン則はそれも示している.

4. Nowakたちは,血縁度は原因でないと主張するが,パートCの議論では血縁度の重要性について何も示していない.


1.はパートAで長々と説明している「標準自然淘汰理論」が実際に真社会性起源の議論とは関係がないではないかという不満だが,おそらくNowakたちのこの部分の議論は包括適応度理論の「狭い前提条件」を示すために行っているということだろうから,批判としてはあまり意味があるものではないだろう.



2.3.は血縁度が真社会性進化に効いているかという議論だ.Nowakたちは血縁は結果だと根拠なく主張している.3.は血縁度も生態条件と同じように効くはずだと正当に指摘している.
そして血縁度が真社会性の進化にどれぐらい影響を与えるかという問題は,実は倍数体の違いより,女王が一回交尾かどうかの方が大きい.Nowakたちは倍数体でも真社会性が起源しているという議論を行っているが,本来は「一回交尾かどうか」が効いているかどうかの方がより重要なのだ.この反論ペーパーによると一回交尾かどうかが真社会性の起源に強く効いているということだ.もともとNowakたちの議論には穴がある上に,この比較研究の結果は強力なので,これに効果的に再反論することはできないだろう.

4.はまさに私も指摘しているところで,Nowakたちはこれを示すのを姑息に避けているとしか思えない.