「Why everyone (else) is a hypocrite」 第8章 その2 

Why Everyone (Else) Is a Hypocrite: Evolution and the Modular Mind

Why Everyone (Else) Is a Hypocrite: Evolution and the Modular Mind



第8章 自己コントロール(承前)


第8章では自己コントロール,長期的利益と短期的利益の相克,あるいは双曲割引の問題が取り上げられている.ここまでは脳のアーキテクチャーのモジュラリティからそのような問題が生じることを見てきた.


<熱いかそうでないか>


クツバンは「ナッジ」を紹介しつつ,双曲割引に関するこれまでの多くの考え方は自己が1つではないという着眼点に立っていて,そこには賛成できるものの,2つしかないと考えているところには賛成できないという.それよりたくさんのモジュールがあってそれぞれのモジュールはそれぞれの時間割引率を持っていると考えた方がよいとしている.だから空腹の時にスーパーの食品売り場には行かない方がよいが,性的に興奮しているときに行くのは特に問題がないのだ.*1


これに関してはクツバンはアリエリーのMITの男子学生を被験者にした実験を紹介している.
魅力的な女性の写真を見せて性的に興奮している状態とそうでない状態の時に性的なことがらについてのアンケートをとると結果は有意に異なる

  • 12歳の女性に感じますか 46%、23%
  • 女性と成功するために薬を飲ませようと思ったことがありますか 26% 5%

クツバンは,もしこれがケーキを食べるかどうかに関する質問だと結果は異ならないだろうとコメントしている.


またデイリーとウィルソンは,魅力的な異性の写真を見て興奮しているときに,経済的な決断について衝動的になるかどうかについて性差を報告している.これは性淘汰的な経済的ディスプレーについて性差があることを反映しているということだろう.


また経済的に衝動的になるかどうかは誰から評価されているかによって変わることを示したエルマーの実験も面白い.

  • フランクリンマーシャルカレッジの学生を被験者にする
  • ゲチスバーグ,スワースモア,プリンストンの学生から評価されると聞かされて1/3の確率で60ドルか,確実な20ドルを選ばせる.
  • 被験者が男子学生でかつスワースモアの学生から評価される時だけリスキーになる.
  • メディカルな質問ではこのリスキー傾向は出なかった.

よくわからないが,フランクリンマーシャルとスワースモアはアメリカ人なら誰でもわかるようなライバル校だということなのだろう.


<私は選好を持たないことを選好する>


このような文脈への依存は,モジュールがそれぞれの文脈に依存した活性を持ち,相互作用として生まれると説明できる.そしてフレーム効果もこれで説明できる.経済的に等価な問題でも異なるモジュールが起動すれば異なる結果になるのだ.
要するに数多くのモジュールが相互作用する結果は複雑系の挙動になるから,結果は「統一した真の選好」が無意味になるように見えるように微妙な文脈に敏感に反応し移ろいやすいものになるのだということだろう.


では経済学者はこの問題をどう捉えていたのか.クツバンは彼等もこの問題に気づいていないわけではなかったとコメントしている.

  • もともと経済学者は選択は多くの動機に基づくと説明していた.
  • 1937年にサミュエルソンは「経済人は全ての領域についてひとつの割引率を持つ」という前提を提唱した.これはモデルの前提として広く受け入れられた
  • しかし実際に調べるとそれは満たされない場合があることはわかっていた.フレドリックとローエンシュタインは「時を隔てた選択は,別の競合する心理的動機の相互作用だ」と指摘している,これはモジュラリティと整合的だ.
  • ライビソンは「消費はなんらかのCueに依存する」とした.彼は行動主義的な条件反射のように説明したが,結果的にはモジュールと同じ挙動となる.


クツバンは要するに経済学者も(少なくとも最終的な挙動に関しては)モジュール的に考えているのと同じ結論にいたっていると指摘しているのだろう.

*1:ここでクツバンは映画「There's something about Mary」(邦題:メリーに首ったけ)での強調点「デートに行く前には抜いておけ」を紹介している.