Inside Jokes 第6章 その1 

Inside Jokes: Using Humor to Reverse-Engineer the Mind (The MIT Press)

Inside Jokes: Using Humor to Reverse-Engineer the Mind (The MIT Press)


第6章 感情と計算 


ここからはハーレーたちの自説の説明になる.まずユーモアにはおかしいという感情的で報酬的な部分がある.このあたりの背景説明から解説は始まる.


A Funny boneを見つける


ファニーボーンとは,もともと肘の先の神経が表面近くを走っているところで,叩かれるとビーンと痺れる部分のことを言う.それが転じて,ジョークが受けをとるときの「笑いのツボ」というほどの意味になっている.とりあえずここではハーレーたちは,ここまでの現象学の結果や,様々な理論がいずれも不十分なことから,わかることを整理する.


1.全てのユーモアの共通点を探すのは難しい
2.ユーモアは文脈と表現のダイナミズムに依存する(順序を間違えると台無し)
3.コンテンツについては制限要因にはならない.だからコンテンツの認知的計算がポイント
4.表現のダイナミズムにかかるなんらかのパラメータが重要なのだろう
5.脳の笑いのメカニズムには存在理由があるはずだ
6.その理由が現代においても機能していると考える必要はないし,適応的なこじつけに走ることには注意すべきである.


そしてこれらを全て満たす仮説は1つしか思いつけなかった.それが自分たちの仮説であるとしている.その説明の前に,脳とコンピュータと感情と論理にかかるいくつかの誤解を大掃除しておこうという.


B 私達の脳は,論理によっているのか,感情によっているのか


ハーレーたちはここで感情の役割についてこれまでの考え方の変遷の整理を行っている.

アリストテレス以来論理学者は,適切な論理をルールの適用という形で整理し,そのもとになる公理は直感に発しているとする.しかし本当はどうなっているのか.なぜ私達は,あること(例えば矛盾律)を自明で正しいと感じるのか.その神経的な仕組みはなんなのだろう.それはおそらく生得的なものなのだろう.


片方でAI研究者たちは,「多くの公理を詰め込んで,あとは素晴らしい推論エンジンと観察される事実に関するデータベースを積めば人工知能が可能」と考えた.それは限られた領域ではうまくいった.しかしヒトの知性全体に関してはうまくいかなかった.
一部のAI研究家は教訓として論理だけではダメで,知覚サブシステム,メモリサブシステム,感情サブシステムなどが必要だと考えた.


しかし私達は感情が1つのサブシステムであると考えるのは間違いだと思う.感情システムこそが全てのコントロールを行うのだ.それは動機システムだと考えられるべきだ.私達は理解や説明の動機を持つ.世界はメイクセンスしていて欲しいのだ.この線に沿って考えると,笑いの喜びは,一連の論理の傷を見つけるための報酬なのだと考えることがスジにかなっている.


感情が動機システムだというのは,割とよく見かける考え方だ.ここではフランクやゴプニックが(少し後でダマシオも)引かれているが,私の好きなのはヴィクター・ジョンストンによる説明だ.


C 感情


感情が動機システムであるとするなら,情報を求める心(好奇心)は性的機会を求めたり甘いものを求めたりたりするのと同じような報酬システムだということになる.ここではミラーによる「ヒトは情報捕食者(informavore)である」という言葉を引いていて面白い.


ハーレーたちは至近的なメカニズムに話を進めている.

まず刺激が脳と身体のフィードバックループを生じさせ,それが感情を引き起こす.この感情がメモリーのプライミングを引き起こし,あるものが好きになったり嫌いになったりする.だから感情はしばらく継続し「値:Valence」を持つ.


D 感情の合理性


感情が動機システムであること,その至近的メカニズムを見た後で,次にハーレーたちはどのように適応度に結びつくかを論じる.
フランクによるコミットメント問題の解決としての感情の役割に触れたあと,報酬システムの報酬は適応度に直接結びつけるのではなく,何らかの中間目標に結びつけているのだとする.つまり長期的に役立つ中間目標の達成についてショートカットの報酬を与えるのだ.


これを論理的な思考について考察する.
論理的な思考を行うには,データ収集(注意の集中,探索),問題解決(情報の取捨選択,一貫性),意味の再構成が重要になる.
するとデータ収集への報酬には,好奇心の満足,問題解決・洞察時の喜びがあり,罰として退屈,問題解決できないときの混乱や不安があるということになる.


E 感情の不合理性


感情には上記のような一見して合理的なものばかりではないというのが,ここでのハーレーたちの問題意識だ.これらの不合理性も説明できないと自分たちの仮説の欠点になるという意味だろう.

ハーレーたちは以下のように説明を試みている

  • オーバーリアクション(怒りの爆発など):平均してうまくいくメカニズムが時にうまくいかないことは生じうる,また現代の新奇環境へ適応していない場合もあるだろう
  • 怠惰への中毒,目先の誘惑に逆らえない:ヒューリスティックスは平均的にうまく働く近似解にすぎず,目先の誘惑に強力に働く.このため時に逸脱してしまう.


後者の点は双曲割引問題としてよく議論されるところだ.(ここではエインズリーの議論が紹介されている)このヒューリスティックスが1つのモジュール的な適応だと考えるとクツバンの考え方と整合的になるのだろう.
このあたりはかなり丁寧にいろいろな考え方を紹介しながら進めている.認知科学や哲学ではよく問題になるところなのだろう.


ここでの参照ジョー

  • 海兵隊上がりの農場経営者が,農作業のあとオーバーオールを脱いで脇に置いたところ,ポケットから25セント硬貨が転がり出て大きな穴に落ちていった.「なんてこった」彼は舌打ちして大きな財布を取り出すと5ドル札を抜き出し穴に放り込んだ.「なんでそんなことをするんだ」と聞かれた彼はこう答えた.「この俺が,たった25セントのために穴に潜り込むと思うのか」

関連書籍


報酬システムとしての感情にかかるジョンストンの本

Why We Feel: The Science Of Human Emotions (Helix Books)

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人はなぜ感じるのか?

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