Inside Jokes 第12章 その2 

Inside Jokes: Using Humor to Reverse-Engineer the Mind (The MIT Press)

Inside Jokes: Using Humor to Reverse-Engineer the Mind (The MIT Press)


第12章 でもどうして笑うのか?(承前)


「笑い」の説明のあと,ハーレーたちは文化的な現象を取り上げる.具体的には,コメディ,癒やしのユーモアが説明されている.



C コメディの技巧


これは一種の人為的な超刺激というのがハーレーたちの説明だ.これは全ての洗練された芸術に当てはまるもので,その通りだろう.


ちょっとでもおかしいありとあらゆる刺激は探索され,より良い中身,テクニックが知られるようになっただろう.その基礎になっているメカニズムやその存在理由を知らないままどんどん洗練が進みコメディが誕生した.そしてそれは実体験から離れ,ナレーティブに,フィクションになって行く.技巧も上がり,上手に(オチを伏せて)世界を構成し,ちょうどいいタイミングでオチをつける.


ハーレーたちは洗練された技巧の例として二重三重のオチをあげている.

  • ラクダ売りがラクダを売り込んでいる.「100ドルだと普通のラクダ.150ドル払うと一回の水飲みに対して普通のラクダより50%遠くに行けるようにできるよ」客はその50ドルオプションはどんなラクダにも適用できる方法だと聞いて興味を持ち,金を払ってそれを聞く.「ラクダに水を飲ませるだろう,そのときラクダは頭を下げて後脚をこう言う具合に出している.そして飲み終わりそうなときにレンガを2つ両手にもって,ラクダのタマを挟むようにたたきつけるんだ,するとラクダは,思わす「シュルルルルルップー」ってなっていつもより50%余計に水が飲めるっていう寸法さ」(爆笑が静まるのを待って)「でもそれって痛くないかい?」「親指を引っ込めておけば大丈夫さ」


また別の具体例は従前出てきたジョークにさらに技巧を付け加えたものになっている.

  • ニューヨークからの格安バミューダチケットは実は鎖につながれてドラムに合わせてオールを漕がされる航海のものだった.カモたちはバミューダで一回解放されたものの一週間後に捕まって,またも鎖につながれてオールを漕いでニューヨークにたどり着く.ニューヨーカーは船底でようやく鎖を解かれ,隣の仲良くなったアルメニア人の男に話しかける.「いやー,未だにこんなひどいことがあるなんて,全く悪夢だよ,まあでも一つ認めるとするならあの監督官のドラムは大したもんだ(1).チップをやらなきゃならないかな(2)」「うーん,でも去年はやらなかったな(3)」


ハーレーたちはこのようなジョークは人工甘味料と似ていると指摘している.これらは報酬システムを刺激するが,その目的である利益はない.このようなジョークにおいてはジョークにかかるメンタルスペースの誤りは危険ではないのだ.



ハーレーたちは具体的な技巧の中身についてもコメントしている.コメディアンはいったいどうやっているのだろうか.彼等の説明は以下の通り.

  • まず聴衆の背景知識に合わせたジョークを選ぶ.
  • そこから先の技術は試行錯誤でつかみ取る.言い方,表情,タイミングなど
  • 優れたコメディアンは聴衆のメンタルスペースの膨らみ具合をコントロールする:一瞬の間,混乱・驚き・恥じ入りの表情,連想させる言葉を挟む.
  • 自分の役のパーソナリティにかかる背景知識を利用する
  • そしてタイミングが特に重要だ.タイミングが遅いと,メンタルスペースが膨らみすぎ,メンタルスペースの矛盾に気がついてしまう.タイミングが早いとコミットメントが成立しないからだ.

ハーレーたちはコメディアンとマジシャンの比較も行っている.

  • 何百年もの間コメディアンの手腕については,分析不能,理論なし,才能,本能の世界とされてきた.
  • ある意味メンタルスペースの誤りを利用する点でコメディアンとマジシャンは似ている.
  • 違いは二つ:(1)マジシャンは驚かそうと思っているので,種は明かさない.観衆は自分がどう間違っていたのか最後までわからない.(2)コメディアンは普通仕掛けや道具には頼らない.

D コメディの文学的分析


参照ジョー

  • ブロードウェイで物乞いが通行人につきまとう.「旦那,少しでいいから金を貸してくださいよ」通行人は見下したようにこう答えた「人は金を貸すべきでも借りるべきでも無い:ウィリアム・シェイクスピア」物乞いはこう言い返した.「ファックユー:デイヴィッド・マメット*1
  • 「公園のベンチと英文学の学士号は何が違うか」「ベンチは一家4人をサポートできる」


コメディについてはこれまで多くの本が書かれている.ハーレーたちは,様々なコメディの様相や分析について.自分たちの理論がどう当てはまるか見て行くのは大変興味深いと思われるが,それには本が一冊分以上必要なのでここではいくつか示唆をするだけにとどめたいと書いている.


<構成>
喜劇作家がどの様に構成を組み立てているのかは面白い問題だ.
誤った信念をどのように仕込んで行くのか,オチに持って行く多様なテクニック,さらに志向姿勢にかかる高度な技巧が期待できる.ナレーターの意図を観衆がどう読み,さらに作家の意図が絡むなど.このような分析には感情と認知のダイナミズムを考慮することが必要だろう


面白そうな問題をいくつかあげておこう.これらの疑問に答えるにはユーモアの分析だけでなく伝統的な文学分析が役立ち,さらにこれらを統合することが重要だろう.
・なぜある作家はおかしいと思われるのか
・喜劇のカテゴリーの本質は
・なぜ,どこで,これが喜劇とわかるのか
ジョークのときの覗き見的な視点が,どのように共感的な視点に変わるのか



H 癒しのユーモア


参照ジョー

  • 医者は先にいい方のニュースを教えてくれた.ある病気に私の名前がつけられるそうだ.


ハーレーたちは本章の最後で,「ユーモアに病気の治療効果はあるのか」という問題を取り上げている.


これがあると主張する人々もいるが,科学的には証拠はない.総説論文によれば,痛みの鎮静効果は可能性があるが,それ以外は全く証拠がないそうだ.


痛みの鎮静効果:これは感情に値があり,逆の値を持つものは打ち消すということからある程度説明できそうだ.


ハーレーたちはここでもう一つ仮説を付け加えたいとコメントしている.

  • 多くの感情は,危険と恐怖,利益と喜びのように同じ値を持つ
  • しかしユーモアは間違いの発見と喜びという形でこれが非対称になっている.
  • するとこれを感情のコントロールに利用できるだろう.(例)パイロットは最もパニックになりやすい危険な場面で冗談を言って冷静を保とうとする.
  • このほかにも「悲しい考え:鬱」のネガティブループからの脱出にユーモアが役立つだろう.


本章の後半はややとりとめのない内容になっている.いろいろと仮説を考察してきて,その外側に広がった現象や考察をここでまとめて書いておいたというところのように思われる.

*1:デイヴィッド・マメットはブロードウェイで活躍している劇作家