Inside Jokes 最終章 

Inside Jokes: Using Humor to Reverse-Engineer the Mind (The MIT Press)

Inside Jokes: Using Humor to Reverse-Engineer the Mind (The MIT Press)


第13章 オチ


さてハーレーたちはまとめに入っている.

群盲とゾウの話のように第4章で見たようなユーモアの数々の理論はそれぞれユーモアの一面しか見ていない.だから統合する必要がある.そして自分たちの仮説はほかの仮説のそれぞれのよい面を統合したものだと主張する.

  • ユーモアは誤った信念がくつがえるときに生じる.
  • この誤りを作った人と,見つけた(そして笑う)人とは同じこともある.
  • この場合,悔しさや恥や怒りの反応でもおかしくはないのだが,実際には喜びの反応になる.
  • これらは(ちょっと前の自分を含めて)誰かより優越していると感じるからだという優越説の説明があっているところだ.そしてさらに他人の不幸やアウトグループへの侮辱がユーモアを増加させることも説明できる.
  • 不調和説は,私たちのモデルの一部に近い.不調和は間違いに気づくきっかけになるのだ.
  • 驚き説は,コミットされた信念の間違いに気づくと通常驚くことから説明できる.ゆっくり間違いに気づいた時には,コミットが先になくなるためにおかしくないのだ.
  • リリース説は,もし誤りが不安を呼ぶものであれば,それに気づけばホッとすることから説明できる.
  • そしてコメディアンは,私たちの神経システムをうまく利用しているのだ.それは音楽家,お菓子職人,ポルノ製作者,シャーマンなどと同じだ.


A 20の質問への答え


ハーレーたちは続いて自分たちの仮説が本書の第5章で提示した20の質問にどう答えるのかを並べている.



1.ユーモアは適応か.
信念の一貫性チェックシステムへの報酬は適応として生じた.多くのユーモアはそれを利用している.


2.ユーモアはどこからきたのか
動物の行動は,スキナー的なものから,メンタルモデルを1つ持つポパー的なものに,さらに複数のメンタルモデル(他者の心,フィクション)を持つグレゴリー的なものになる.
ポパー的な動物からは誤りチェックシステムがある可能性がある.

チンパンジーに心の理論があるかどうかは未だに決着がついていない.認識のヒューリスティックスは私たちのものに比べれば単純だろう.だからプロトユーモアはあっても私たちのようにユーモアは持っていないだろう.


3.なぜユーモアをコミュニケートするのか
もともと遊びで攻撃意思のないことを示すものとしてユーモアを使うコミュニケーションが始まった.さらに性淘汰信号として知性のディスプレー,共有知識と共有意見を示す道具にもあり,文化的にもそうなっていったのだろう.


4.なぜ楽しいのか?
一貫性チェックの報酬だから


5.なぜ驚きを感じるのか
コミットしていた信念が覆るから


6.なぜジャッジメントが重要な要素なのか
誤りを見つけるという要素があるから


7.なぜ侮辱や蔑みとして使われるのか
ヒトの競争上の武器としての侮辱.より知的な攻撃として知性の優秀性のディスプレーとしても使われるから


8.なぜしばしば失敗を示すのか
まさにそれを見つけるためにあるから


9.ナンセンスの役割は
背景にある黙示的な不調和,矛盾を示している.


10.不調和の役割は
誤り発見のきっかけ


11.なぜ,人や擬人化されたものが対象なのか
メンタルスペースの一貫性が問題になっているから


12.メカニカルな行動がおかしいのはなぜか
何か自然でない仮定に基づいて,繰り返し行動していることを示していて,その仮定の誤りとともに,それを繰り返すことから,その誤りに気づかないというメタ構造的な誤りも示すから


13.なぜ社会を矯正する役割を果たすことがあるのか
しばしば実社会の誤りを指摘するから


14.全てのユーモアに共通の要素は
コミットされた信念の誤りに気づくこと


15.遊びとユーモアの関係は
くすぐりや追いかけごっこなどの遊びは,期待の裏切りと新しい期待の形成という過程を持ち,プロトユーモアだから似ている


16.問題解決とユーモアの関係は
誤り発見の多くは問題解決につながる


17.なぜユーモアを求めるのか
報酬だから


18.ユーモアが特定性をもつのは
背景知識が異なると一貫性が異なってくるから


19.ユーモアの一般性は
同じ地球に住んでいる人類として多くの知識を共有しているから


20.性差はなぜあるのか
ユーモアには確かに知性のアセスメントとして使え,それは性淘汰シグナルとなる.だから性差が生じうるだろう.そして文化的社会的な影響も大きく受けているだろう.男性は女性がおかしいことを好まない.それは別の男性に対する知性ディスプレーになるからだ.だから女性がおかしなことをいうことを社会的に抑制するようになったのかもしれない.



B ユーモアのセンスを持つロボットを作れるか


最後にハーレーたちはAIとユーモアの問題を扱っている.彼等は本書の冒頭で,「ユーモアはAI完全問題だ」とそれが解決困難なことを指摘しているが,著者たちのうちハーレーはAI畑なので,このあたりは最後にもう一度コンメントしておきたかったのだろう.

ジョークを作り,さらにジョークを聞いたら笑うようなロボットに必要なスペックを考えてみよう.


まずジョークを統語論意味論で分析し,似たようなものを感知して笑うという学習プログラムを考えることができる.
しかし,もしこれが成功しても,私たちはこのロボットがユーモアを理解しているとは考えない.単に表面的に真似しているだけだ.

本当に理解するには,感情の報酬が必要だと考えられる.結局ロボットの認知能力に制限があり,予想問題に対してなんらかのショートカットを行い,そのために時に間違いを犯すリスクがあり,それを発見するための報酬メカニズムがあることが必要だろう.

そしてさらにショートカット回路が私たちと似ていて,背景知識も揃っていないと,同じようには笑えないだろう.

これがこの問題をAI完全問題と表現する理由だ.

ユーモアの分析には認知ツールの詳細が重要になるのだ.予測計算の制限,ショートカット,誤りを見つける報酬システムが必要なのだ.


エピローグ


最後にハーレーたちは自分たちの仮説の独自性についてもう一度コメントしている.それはヒトの認知のメカニズムを進化的に考察したことだというわけだ.
進化的な考察無くしては何故ユーモアがあるのかには迫れない.過去のユーモアを集めてそれを統語的意味論的に分析しても,ユーモアの本質には迫れないだろう.それは砂糖の分子的構造から甘さを理解しようとするのと同じだというわけだ.

そして自分たちの仮説を用いれば,脳をリサーチするための分析ツール,ソナー刺激として使えるだろうと見通しを述べ,今後仮説の検証が進む事を期待して本書を終えている.


本書はユーモアを進化的に考察してみようという趣旨で一冊丸ごと書かれていて面白い本だ.私としては過去のユーモアについての議論をあまり知らずに読んだわけだが,本書で提示されている仮説はなかなか説得的だと思う.読み終えた今,テレビのお笑い番組を見ていても,落語を聞いていても,このおかしさのどこに誤謬があったのかを時々考えてしまう.(そしてほとんどの場合それは見つかる)世界観をちょっと変えてくれるような本だ.


<Inside Jokes 完>