「The Better Angels of Our Nature」 第5章 長い平和 その3  

The Better Angels of Our Nature: Why Violence Has Declined

The Better Angels of Our Nature: Why Violence Has Declined


リチャードソンの1820から1950年の戦争の統計分析により,戦争はランダムに始まり,ランダムに終わり,その規模と頻度は冪乗則に従うことが示された.では何故そうなっているのだろうか.


ピンカーは,それには戦争の規模に関わらない何らかの基礎があるからであり,おそらく戦争を決断するヒトの心理,ゲーム理論ダイナミクスが効いているのだろうと推測している.


《仮説1》戦争の主体の分布が冪乗則に沿っている
これはある同盟体に加わるかどうかについて大きさの選好バイアスがあれば生じうる.(同じ原理で冪乗則になる有名なのものはウェブサイトの人気や本の売り上げだ)
ピンカーはこの仮説を棄却する.都市の人口は確かにおおむね冪乗則に従っている.しかしパラメーターが戦争のものと異なっている.また都市の人口は確かに冪乗則に従っているが,国家の人口はむしろ対数正規分布に近いのだ.


《仮説2》複雑系の自己組織化臨界現象
これは地滑り,地震,森林火災などで見られるもので,臨界部分のアトラクターが冪乗則現象を作る.実際に政治学者は森林火災のモデルを使って「国家は近隣と戦争し併合して大きくなる.時々の不安定化イベントで戦争が生じる」というモデルを回し,領土の大きさが冪乗則に従うという結果を得ている.
しかしピンカーはこの仮説にも懐疑的だ.戦争の大きさは領土の大きさだけで決まるわけではない.両当事者の戦争継続意思の影響が大きいのだ.


《仮説3》戦争継続意思
これがピンカーのヒトの心理とゲーム理論ダイナミクスからの説明になる.
まず基礎としてメイナード=スミスによる持久戦モデルがある.このモデルのESSは単位時間あたりの終結確率を定めてランダムに対戦時間を決めるというものだ.これだけだと分布は指数分布になる.
ここで両対戦者が何時あきらめるかのハンディキャップ型のシグナルを出すとし,そのコストがそれまでにかけたサンクコストであるなら(つまり過去のコストが高いと簡単にあきらめないという意思決定バイアスがあるなら),よりシックテイルになる.数理的には過去のコストに対し対数的にコミットメントが増えるなら,それは冪乗則分布を作る.
この仮説を補強するのは,実際にスケールが大きいほど終戦確率が小さくなっているという事実,ヒトの心理にあるサンクコストをカウントする傾向,ヒトの多くの感覚系が対数的になっていること,そして第二次世界大戦ヒトラーや日本軍の最後の振る舞いなどの実例が挙げられている.


この説明は大変興味深い.これが正しいとすると,もしヒトがより合理的であればコンコルドの誤りを犯さず,戦争の分布は指数分布でよかったということになるのだろうか.もっとも第二次世界大戦ヒトラーや日本軍の振る舞いは,サンクコストを取り戻そうというよりも戦争指導者のインセンティブ非線形になった結果のような気もする(これ以上負けてもどうせ失うものはない)



ピンカーはここまでのリチャードソンの分析をこうまとめている.

結局二つの心理が真実を見えなくしている.それはパターンをみてしまう心理と正規分布に慣れた心理だ.二つの世界大戦はあり得ない出来事で,あり得ないことが生じたのには不可避の原因があるはずだと考えてしまう.
しかし戦争はランダムに生じ,時にエスカレートするものなのだ.世界大戦は必然ではなくバッドラックなのだ.

<大国の戦争の軌跡>


リチャードソンの分析は1820〜1950年のものだ.ではより広く見るとどうなっているだろうか.
ここではジャック・レビーの1400年以降の大国の死者1000人以上の戦争のデータの分析が紹介されている.


ここでの「大国」の定義

  • 英,仏(全期間)ハプスブルグオーストリア(〜1918),オランダ,スウェーデン(〜1750),ロシア(1721〜),独(1700〜),伊(1861〜1943),オスマントルコ(〜1699)米(1898〜)日本(1905〜1945)中国(1949〜)


分析結果

  • 四半世紀のうち大国同士が戦っている年数:低下傾向
  • 対戦国のうち少なくとも片方が大国である戦争:頻度は低下,期間は宗教戦争までは上昇しその後低下,死者数は2つの世界大戦まで上昇しその後低下
  • 大国の一国あたり年あたりの死者数:2つの世界大戦まで増加しその後減少


<ヨーロッパの戦争の軌跡>


次はピーター・ブレケによる1400年以降のヨーロッパの戦争の分析(全データ数5000のコンフリクトカタログ)

  • 1年あたりの戦争数:全期間を通じて低下(例外は東欧で20世紀に上昇,これはオスマン帝国とロシアの領土で会ったバルカン半島と中東が含まれるため)
  • 死者数:1400〜1600までは安定,そこから17世紀半に一旦大きなピーク(宗教戦争)がきて,その後少し下がる,さらに19世紀はじめに盛り上がり(フランス革命とナポレオン),また下がり,20世紀前半に最大のピーク(2つの世界大戦)を持ち,その後非常に小さくなる.


このパターンは複雑だ.ピンカーはさらにこれを詳しく解説している.